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セーブ&ロードのできる宿屋の竜王とおっさん吸血鬼はGYU-DONを食べ続ける

作者: 稲荷竜

 男性が目を覚ますと、謎の真っ白い空間にいた。



「……む?」



 男性は上体を起こしてあたりを見る。

 そこはおおよそ『果て』の見えない謎の空間であり、空も天井もなく、地面も真っ白で、現実とは思われなかった。



「……夢を見ているのか? この私が……」



 男性は吸血鬼である。

 世間的には『いないもの』扱いの存在であるが、その生態の一つに『夢を見ない』というのがあった。

 実際、男性は生まれてからヒキコモリ生活五百年を挟んで六百年間、一度だって夢を見ていないのだ。



「ふむ。……まあ、夢ならば寝ていればいずれ醒めよう」



 男性はそう結論した。

 骨の髄までヒキコモリなので、『夢っぽいな。ちょっと歩いてみるか』とはならないのである。

 行動しない選択肢があるならば、積極的に選んでいく――

 それこそが男性のパーソナリティであった。


 だから男性はなぜか『ぽつん』と存在するベッドに再び横たわる。

 そうして目を閉じるのだけれど……



「フハハハハハハハ!」



 地の底から響き渡るような、謎の笑い声が、男性の眠りを妨げる。

 仕方なく再び目を開ければ――なんと、先ほどまで誰もいなかったはずの空間に、謎の存在がいるではないか!


 そいつは『骨の竜』であった。

 竜――ドラゴンというのは男性にとって途方もなく巨大なもので、そのドラゴンたちの姿と照らし合わせれば、あの骨の竜はずいぶん小さい。


 男性よりは大きいが、さりとて『山のような巨体』と表現できるわけでもない。

『部屋に入ってこられたら微妙に邪魔そうだが遠目に見たら巨大感がない』という、とても中途半端な大きさだった。



「なんだこの空間は! クククク……! なにが起こっているかわからぬ……! しかし、この闇の竜王、未知の状況にこそ心躍る性質の持ち主よ! なぜならばこの俺が司るのは闇……闇とはすなわち、ヒトの認識あたわぬ深淵であるがゆえにな!」



 ひとりごと、でっかい。

 男性は骨の竜を見ていて積極的にかかわりたくない気持ちがわきあがってきた。

『ドラゴン』そのものにろくな思い出がないという補正もかかっていただろう。


 だが、遮蔽物のない真っ白い空間である。

 骨の竜の深遠なる闇を宿せし眼窩が、ばっちりと男性を捉えていた。



「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 第一村……村ではないな! 謎の空間の民を見つけたぞ! そこの男性よ! この俺の質問に答えてもらおうか!」



 骨の竜がずんずん近付いてくる。

 男性は覚悟を決めて、ベッドのふちに腰かけた。



「……君がどのような質問を私にしようとしているかはわからないが、私に答えられるものであればいいのだがね」

「フハハハハ! なに、俺の質問は至極簡単なものよ! ――ここはどこだ? なぜ、俺はここにいる?」

「それは私も聞きたい。……気付いたらここにいてね。私も帰る方法があるならば、知りたいと思っているところなのだよ」

「しかし貴様、この状況で眠ろうとしていたではないか! その神経の図太さ、とてもこの空間に突然放り出され戸惑っている者とは思えぬ!」

「……まあ、こんなのは夢だろうからね。寝てしまえば醒めるが道理かなと。それに――寝て起きて醒めていなくとも、まあ、どうにかなるだろう。幸いにも、私は食糧や排泄の心配などはしなくていい身だ」

「ほう、貴様、脆弱なる生物ではないというわけか……この俺同様に、食事も睡眠も不要と!」

「まあ、私は吸血鬼だからね」

「吸血鬼! 吸血鬼と言ったか! フハハハハハ!」

「……君はいちいち、声が大きいねえ」

「許せ。しかし、これが笑わずにいられようか! 気付いたら謎の空間! 最初に目についた相手は吸血鬼! そして――そして! 見るがいい吸血鬼よ! どうやら新たなる登場人物が舞台に現れたようだ!」



 骨が長い首を曲げて、男性の右側を示す。

 そちらに視線を向ければ、少年の姿があった。


 ふわふわと跳ねた黒髪の、体格的にはやや小柄な印象の少年だ。

 服装、装飾品など、男性の目から見ても特に変わった点は見られない。


 ただ、一つだけ。

 左手にどんぶりを持ち、右手に箸を持っているのが、気になった。



「……俺の飯が消えた……」



 表情にぼんやりとしたところのある彼は、やたらと切なそうにつぶやいた。

 男性は声をかけるのをためらう。

 だが、骨には『ためらい』がないようだった。



「そこの人間よ! とりあえずこちらに来るがいい!」



 でっかい(でっかいというほどではない)骨の竜に胴間声で呼びかけられれば、普通、その要求に従うのをためらうと思う。


 だが、少年はためらわなかった。

 左手にどんぶり、右手に箸を持ったまま、なんの気負いもなく近付いてくる。



「来たぞ」

「フハハハハハ! 物怖じしない人間よな! この闇の竜王、てっきり恐がられるなり逃げられるなりするかと思っていた!」

「ドラゴンゾンビは見たことあるんだ。しゃべるのは初めて見たけど」

「クククク……! この俺をドラゴンゾンビとはなあ!」

「違うのか」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! この俺はそのような低級アンデッドではない……! この俺は、世を構成する六大元素のうち闇を司りし竜王! 世の混沌と、それから適宜俺が司りたい色々なものを司る存在よ……」

「そうか。すごいんだな」



 少年と骨はすっかり打ち解けていた。

 男性は苦笑しつつ、少年に語りかける。



「……私も、彼……彼? ……そこの骨の君もね、どうやら突如この空間に放り出されたようなのだよ。君もなのだろう?」

「俺は、飯の最中だった。コロッケを食べようと箸を伸ばしたら、コロッケが消えて、俺はここにいたんだ。俺のコロッケはどこだ?」

「……知らんが、持っている情報は我々と大差ないというわけだね」

「帰れなかったら俺のコロッケはどうなるんだ……」

「よくわからんが、君は我らと違って食事が必要なタイプらしいね」

「食事は好きだぞ。俺は飯のためだったらたいていなんでもするんだ」

「……ふむ。であれば急いだ方がよかろう。とはいえ、なんら『帰るための方法』は思いつかないのだが」

「飯が食えないのか?」

「そうなるね」

「困る……」

「……いや、そんな捨てられた子犬のように私を見られても」



 男性だって困っているところなのだった。

 なにせ、『まったく食事がいらない』という存在でもないのだ――男性は吸血鬼である。食はすっかり細くなってしまったが、定期的に血液を摂取せねばならない。

 タイムリミット自体はたしかに存在するのである。


 どうしたらいいのか――

 建設的な提案を誰も出せずにいると――


 さらに新たな人物が、男性の視界内に現れた。


 それはシャツにエプロンという姿の、商店にでも勤めていそうな青年であった。

 笑んでいるのか細いのかよくわからない目をしている――それだけが特徴で、それ以外には取り立てて特筆すべきところもない、どこにでもいそうな人間である。



「……なんだ? ずいぶん懐かしい空間だな」



 青年は、まるでこの空間に一度来たことがあるかのようなことをつぶやいた。

 耳ざとく反応したのは、骨である。



「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! そこの貴様! ちょっと!」

「……ええと……俺以外にいませんね。はい、なんでしょう?」

「いいから来い!」



 巨大(巨大というほどではない)な骨に呼びかけられているのだが、青年もまた、物怖じした様子は一切なかった。

 先ほどのコロッケ少年が『恐怖など知らない』という感じだったのに対し、青年は『恐怖を知っているが恐怖に値しない』というような様子――に、男性は思えた。



「人間よ! 貴様はこの空間のことを知っている様子だな! ……フハハハハ! この俺の耳にそれらしい発言が入ったのが運の尽きよ! 貴様の知ることをすべて話してもらおうか!」

「その前に、一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「名前ぐらい名乗っておこうかなと。『人間』に該当する生物が俺ともう一人いるようなので、『人間』呼びでは混同するでしょう?」

「……ふむ」



 骨は、その眼窩をちらりとベッドに腰かける男性に向けた。

 男性はうなずき、青年へ声をかける。



「君、私が――ああ、いや。私もしくは、そこの少年が『人間』ではないと判断したのかね? なにを根拠に?」

「ステータス欄にありますから」

「……なんだって?」

「失礼。俺の世界の言葉――ですね。そのあたりの話はまあ、知らなくても問題はないかと思われます。とりあえず名乗ってもよろしいでしょうか?」

「……失礼したね。どうぞ、よろしく頼むよ」

「では。……俺はアレクサンダーと申します。アレクでも、アレックスでも、お好きなように呼んでいただければ」

「アレクサンダーくんか。私も名乗り返したいところだが、諸事情あってね。こういった不可思議な状況で名乗るわけにはいかないのだよ」

「吸血鬼だからですか? 俺にはわかりませんが、そういう生物であれば、そういう生物なりの文化もあることでしょう」

「……そんな詳細に私のことがわかるのかね?」

「ええ。まあ。それなりに――でしょうか。あなたの秘めた名前までは読み取れませんが、種族ぐらいならば。そちらは……」



 アレクサンダー青年の視線が、骨を向く。

 骨は後ろ足二本で立ち上がりながら、背中の皮も肉もない翼を広げた。



「フハハハハハ! この俺がなにかわかるか、アレクサンダーよ!」

「……『不明』ですね。どうやら俺の中に、あなたの存在を表すカテゴリが存在しないようです」

「ククク……! そう、この俺は闇の竜王……! 六大竜王の一角にして、闇を司りし者よ! そして今は、この謎空間にいきなり放り出され、困惑する者でもある……」

「それはそれは……」

「ここでいつまでも無駄話を続けるというのも楽しかろうが、俺も俺で帰らねばならん場所があるのだ。そう、すなわちスローライフ! 意外と忙しきあの開拓地に戻り、住民どもにメダルを配らねばならんのだ」

「なるほど」

「わかるか!」

「いえ。なんらかの事情があるのだろうなあ、ぐらいです。……そちらの方は?」



 アレクサンダーが次に水を向けたのは、どんぶりを片手に持った少年だった。

 彼は無表情のままなぜかうなずき、



「俺も帰りたい」

「……そうではなく、名前など教えていただければと」

「名前はない。神が関係ない神の加護を得る時に剥奪されたんだ」

「では、どう呼べば?」

「『勇者』でいいぞ」

「……ちなみに、勇者さんと、闇の竜王さんは、敵対関係というわけではないのですね?」

「なんでだ?」

「……『勇者』と『竜王』なら敵同士なのかなと」

「よくわからない。別に敵じゃないぞ。今初めて会ったんだ。このいい出汁になりそうなでっかいのは、案外気さくでいいやつっぽいし、敵にはならないと思うぞ。なあ」



 初対面の相手に対する威圧効果がすさまじそうな外見をした骨――闇の竜王に「なあ」って。

 男性は横で聞いていてハラハラするも、闇の竜王は実際気さくらしい。



「フハハハハ! いい出汁! この俺を出汁と言ったか! ……今度試してみよう!」

「おう。旅暮らしの時は動物の骨髄とかを入れてわかした湯を飲んだけど、あれはいいものだったぞ。今度やってみてくれ」

「貴様、なかなか恐ろしいことを言うな! 言うにことかいて骨髄! 出すには骨折必至……クククク! 骨のみの俺を捕まえて骨を折れとは! 度胸なのかなんなのか!」

「ところで俺は飯食っていいのか? 持ってきたGYU-DONだけでも食っておきたい」

「マイペース! よかろう! この俺が許す! 好きに食らうがいい!」

「おう。好きに食らうぞ」



 勇者はGYU-DONを食べ始めた。

 闇の竜王は笑っている。

 話を進めるには自分がしっかりするしかないようだ――男性はベッドに腰かけつつそう決意した。



「あー、それで、アレクサンダーくん。君はこの空間についてなにか知っている様子だったが……」

「はい。以前、似た空間に引きこもったことがありまして」

「君もヒキコモリか」

「とはいえ、精神だけですけれどね。……あの時はまあ、色々ありましたが……脱出は可能だと思いますよ」

「どのように?」

「外からの呼びかけによって、でしょうかね」

「……呼びかけ?」

「はい。俺は――妻からの呼びかけでどうにか、この空間を脱しました。実際にはちょっと表現に語弊がないでもないですが……ともあれ、外部からの働きかけによって、ここに集った俺たちの精神は、元の肉体に戻ることができるでしょう」

「……君、結婚しているのかね?」

「みなさん意外そうにおっしゃいますが、結婚しています。そして、二児の父です」

「……社会性があるのだね、君は」

「色々ありまして、社会性を持たないままではいられなかったものですから」

「……」

「どうなさいました?」

「いや。なに。必要性から生じた社会性というのは、なんとももの悲しいと思っただけだよ」

「そうですか。よくわかりませんが……吸血鬼さんは、あなたを呼びかけてくれる『誰か』がいらっしゃらない感じですか?」

「……まあ、いないでもない」



 眷族。妖精。ミミック。そして――聖女。

 あとついでにドラゴンも。


 闇の竜王、勇者にもそれぞれ、『自分に呼びかけてくれる相手』を描けたのだろう。

 彼らの表情には安堵の色が見えた(闇の竜王の表情は骨なのでよくわからない)。


 アレクサンダーは笑顔なのか真顔なのかわからない顔で、全員を見回して――



「それにしても――二度と来るわけがないと思っていたんですがね。……みなさんも、なにか、生きていく上でどうしても避けられない壁、というか、疑問、というか……そういうものにぶつかったのですか?」


「……私には心当たりがない……ことも、ないか」


「フハハハハハ! 壁!? 疑問!? この俺にそのようなものはないわ! なぜならば俺は闇の竜王! 悩まず、悔やまず、先を見ない! 俺の行く先には無限の可能性を秘めた闇が広がるのみよ! 壁も疑問もありえぬわ!」


「俺は色々めんどくさいこともあった。特に政治関係が非常にめんどくさい。俺はうまいものを腹いっぱい食べていられたらいいだけなんだ。……大事な人たちにも、そういう暮らしをしてほしいだけ、なんだけどな」


「……色々ある、ということですかね」



 アレクサンダーは肩をすくめた。

 ほどなく、その姿がだんだん薄れていくのがわかる。



「……帰る時間のようです。それにしても、それにしても――それにしても。今回はずいぶん、おかしなことが起こったものだ。終わったはずの夢を、また見ることになるなんて」



 彼は――青年は――いつの間にか男性の記憶から名前が消えてしまった誰かの静かなつぶやきが、やけに耳の中にこだまする。


 終わったはずの夢。


 男性は吸血鬼である。

 だから、夢を見たことがない。

 だから――



「……そうか。君たちは、我らに比べればずいぶん短い人生の中で、夢を見るだけでなく、夢を終えることまでできるのか。――すさまじいエネルギーだ。やはり素敵だね、ヒトは」



 つぶやく言葉は夢うつつ。

 きっと目覚めた時にはすべて忘れているのだろう。


 でも――それが『夢』というものなのだと、男性は思った。

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