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結局、その後の流れとしては彩穂の計画通りに進んでいた。だが優介は、もう少しスクラップ帳の記述を事細かに説明させていたし、これからやる旨の作戦は成功する可能性があるのかどうかを算段はさせていた。
それは、もちろん優介が臆病であるというわけではない。
なにせ膨大な広さを持つサクラミステリーで、いろいろと噂のある場所で……。あの四、五メートルはあるそびえたつ壁を越えたとしてもそこはまだ目的地ではないし、中心部まで数百メートルはあってその間で警備の人に気づかれでもしたら大変なことになってしまう。
だからこそ、これが綿密な計画であるかをしっかりと確認して、ようやく優介は覚悟を決めたのだった。危険は百も承知であることももちろん受け入れていてだが。
そして、ここまで話し合ったところで彩穂がナップザックを取り出した。
やはり、いろいろと下準備をしていたようで、まずはトランシーバを二つ。だけど、それは子供のおもちゃみたいで、スイッチ機能と二、三の音量変化機能のみを持ち合わせた大雑把な代物ではあった。それでも、彩穂は「作戦を遂行するには必需品なのよ」と言い、どのくらいの距離で使用可能かどうかを確かめた後、実践に採用することを決定したのだった。
「こちら作戦執行本部。任務の遂行開始までの残り時間を報告せよ、雄介少佐!ザッー」
「こちらっ――えっと、ザッー」
優介は打ち合わせの時にした自分のセリフを忘れているのに愕然とする。
「バーカっ! 雰囲気が台無し」
きっと三十メートル先で口をとんがらしているだろう、と声色で判断する優介。
「思い出しなさい!」
「はっ、思い出しました彩穂大佐っ。任務の遂行にぬかりなく準備は致しました。ザッー」
軽く文句を言われてから、目の前の世界が広がった感じのように――これだ……。
そういえば昔からずっとこの調子だった。追い詰められればできる。そんな緊迫感がないと駄目な自分にはちょうどいいのかもしれないな。こんな状況が――。
「よしっ。それと、残り時間のほうこくぅー」
「はいっ。現在、行動開始時刻予定の十時五十分まで一〇五秒の開きがあります。その間までなにかありましたらなんなりと――ザッー」
ここで百五秒って言った日には、なんてデリカシーのない無線における数字のつ・か・い・か・たーと、罵声を浴びさせられるだろう。
こんなことを考えた優介は笑いがこみ上げてくる。
あー、またいろんな決めごとを作ってバカばっかりやっているぜ……。
家が隣同士でよちよちと歩きはじめたときからいつも一緒で。小さいときはお母さんが帰ってこないって泣きつかれたこともあった。あのころはイニシアチブをにぎっていたらしいのだがな。でも十二年前の話だから全然記憶にはないさ、これが……。
しかしもうそれ以降、優介にとっては彩穂の一挙一投足に振り回されることは当たり前であった。お隣さんは天真爛漫で無邪気な女の子でねぇー、うちの息子は尻に敷かれてるんだな、と言うセリフによって二人の関係性が表わされ、しかも彩穂が、その頃から提案してくることは高い割合で無理難題だった。
例えば、今でも優介が忘れないエピソードの一つに、こんなのがある。
「あやほがねっ、ゆーすけのねっ、どこがいいとおもっているかぁー、みっつあげなさぁ――――――い!!」
「えっ、自分のいいところ? みっつもー?」
まだミステリーサークルの騒ぎもなかった頃の話。古株の桜も咲き誇っていたサクラナイト、もちろんサクラミステリーという場所は存在もしていない。
「えっ、ボクのいいところ?」
「うん」
とはいえ、小学校に上がったばかりの優介には厳しすぎる難題だった。
「えー、あしがはやい」
「うん」
「おりょうり?」
「うん」
二つまでは難なく当てることができていたのだが、そこから先は何を言っても首を縦に振らない。自分で自分のことを無駄に褒めまくることになって大笑いされる優介であった。
「それならっ……わたしのいいところを三つ挙げなさいっ!! ザッー」
それだからか今でも、その時のことを思い出せようと常時こんなことを言ってくる。
「バカ。せっかくの冒険的な雰囲気が台無しだろーが。ザッー」
と、ぶつぶつと文句を言う優介。
「冒険的な雰囲気なんて……もうずいぶん乗り気じゃない! ザッー」
「ああ!」
一度決めてしまえば、乗り気になってしまうのも優介のいいところではあった。
「それよりも! 言えるもんなら言ってみなさいよー ザッー」
「ああ、言えばいいんだろー ザッー」
優介は腕を組んで大げさに考え込むふりをする。けれども、彼女の良いところというか、際立って特徴のある性格ならすぐ思い浮かぶ。
「何でも物事を自分の思い通りに動かすことができる行動力だな。ザッー」
「あったりまえでしょー」
「それと、あり得ない発想や既存の概念を打ち破るおかしな思考回路。ザッー」
「それ褒め言葉ぁー?!」
そろそろ行動開始時刻か、と考える優介。
すでにナップザックから取り出していたロージンバック。それを大事そうに握りしめる。この粉は、バイオリンの弓などにもよく使われる滑り止め対策のグッズである。その後は、身をかがめて助走の体制を整え、もう一度心の中で作戦の確認をしていた。
大丈夫、あの塀をできるだけ素早く登りきることだ。そして、中間地点のくぼみに到達したら鉤付き縄を投げる。これを内側の塀に引っ掛けて、それで……だけどな彩穂。これではまるで忍者ではないか! そのうち水遁の術とかをやれ、なんて言い出したりはしないだろうか。
「なあ、彩穂。最後の一ついいところを教えてあげようか? ザッー」
「分かっているわ、そんなの。それにもうそろそろ時間! だから宣言いくよー! ザッー」
「あー?」
「はい、宣誓! わたしこと小手川 彩穂と、青井 優介は、互いを信じあい、本日限りの忍びの精神に乗っ取り、頭脳と体力を駆使し、速やかなる任務の成功に祈りささげ――」
「なっ、なげぇーぞ」
「う、うっるさい! そして最後まで目的の遂行を諦めないことをここに宣言します! ザッー」
「ああ。俺もだ!」
「よぉーし。ならしょうがないから聞くけどさ――最後の一つのいいところはなによ? ザッー」
「――あれだよ……」
「――もっ、もしかして……相変わらず?」
「ああ、相変わらずだ……」
「天才的に?」
「天才的だ……」
「それで?」
「俺の扱い方がほんとに、呆れかえるぐらいに――――ザッー」
「なーにいってんのよー。い・ま・さ・ら。――いくよ――――っ!」
――ヴオオオーオ ワオーン ワオ――――ン ワオ――――――――ンッ――
問いを誘導させておいて突き放した彩穂の掛け声とともに、サクラミステリー周辺にけたたましく響き渡ったのは全てを切り裂くような狼の咆哮だった。そしてそれを合図とした優介は、静から動へと瞬時に切り替え、すがすがしいぐらいの俊敏な動きと華麗なジャンプでスタートを切っていたのだった。
【後書きは下に書かせていただいてます】
はい、ここまで読んだ下さった方貴重な時間を割いてくださってありがとうございます。
まずお詫びをしなければならないのは、このあとがきのことです。
結構いろんな事をざっくばらんに述べていました。
けれども、話が終わった後すぐに目に入ってしまうため不快になられた方もいらっしゃるのではないかと思います。
今の今まで気がつかなった不肖の作者です。
申し訳ございませんでした。
なので少し行間を空けて今までと同じようにやっていこうと思います。
そしてペースの方なんですが、とうとうカメ(執筆)がウサギ(更新)に追いつかれてしまいました。ですからこれからはゆったりとしたペースになると思います。週二ならばよいほうです。
では、引き続き感想のほうをお待ちしていますので、どうか一言お願いしますね。