1−6
「――あのねっ優介、決まり切ったことを言うけど、ここは有名なサクラミステリーでしょ。でも満月の真夏の夜。正確には八月十五日の今日なんだけどね」
勢いよく話しながらも、彩穂の顔がどんどんとほころんでいく。
「時計の針が十一時十一分を指し占めすその一分間の間だけ、十五歳の男の子と女の子がミステリーサークルの真ん中で手をつなぐ、輪を作る。そしてその場所で、十一文字ぴったしに収めた願い事を……そう、相手に聞こえないよう口にする。すると七十五日後の十一時十一分には、どちらか片方の願いごとがなんでも叶うの」
「あー……、ス、スクラップの話なのか? それ……」
「……うん。だからね、これから私たちがそれをやるのよ!」
どうやら彩穂は、好奇心と、探究心と、それと小さな幻想に大きな希望を抱いて、夜間のミステリーサークルを訪れたようであった。
「それでね、その無駄に高い優介の運動能力を利用して、壁を……ほら、ロッククライミングの要領でよじ登ってほしいのよ!」
こう言った彩穂は、もちろん優介の運動能力を高く評価していた。
というよりも優介には、『疾走の騎士パンサー』という誉れ高き通り名があって、校内ナンバーワンの運動神経の持ち主なのだ。
ただ、優介はそれほど上背に恵まれたとはいえないし線も細かった。けれどもしっかりとした体幹は持ち、バランスの良さを保ち、鍛練の賜物であろう鍛え上げられた筋肉はそれ相応の場所で隆起はしていた。
だからこそ、その能力を披露して欲しいの、如何なく発揮してほしいの、私のために役立てて欲しいの、と彩穂は真摯に言葉を重ねていたのである。
結局のところ、そびえたつサクラミステリーの外側の壁から侵入してもらい、中の錠を開けてもらおうという魂胆であったといえるのかもしれないが。
しかし、彩穂の長い話を全て聞き終えた優介。その反応とやらは、見事なまでにあんぐりと口を開けている状態だった。彩穂がこれ以上ないぐらい嬉しそうな表情で、「うん、やっぱり面白そうだわ!」なんて、一人合点がいったように呟いているのも視野にいれながらも――。
「――なあ、それって……マジかよ……?」
「あたり前でしょっ」
「――俺にできるの……かよ?」
「もっちろんっ」
「でも、それは……」
彩穂は諭すように言う。
「いいっ、優介ー。大事なのは一歩を踏み出すことなのよ」
「――あのさ、明らかに……」
「だ・か・らぁー、前に進むことは人間の精神で最も重要なことなのよー! まさにそれが物事を成し遂げる時の真髄!」
「はぁ……」
「あのねっ優介。かのコロンブスだって行動を起こしたからこそ成功したのよ。例え目的とは違うにしろ、アメリカ大陸にたどり着いたという成功。つまりね、どんなに困難であっても、謎に対して果敢に挑むことはとても大切なことなのよっ!」
優介はブンブン、ブンブンと手を降った。いくらなんでもそれは言いすぎだと、それはまずいと考える。
実際に、夜間にミステリーサークルへの侵入を試みた凡例はないものの――そもそも、そういう凡例がないこと自体がおかしいのだが――全く報告されていないのだ。
優介はサクラミステリーを遠目で見やりながら思い返す。
あの八年前、周囲の警備が増えていき、厳戒態勢という言葉で括るのが一般的になったあの時から……。自分たち見たいに侵入を試みた人はいなかったのだろうか……と。
ただ最近では緊張状態の続く南日本との関係により、警察という組織までもが前線の基地警備の増員に補強されていた。だから民間人が雇われた人ではないかとまことしやかに囁かれていた。これは手薄にはなっているといってもよい。
とりあえずは彩穂の腹の底の真意を探ろうと、優介はじっと見つめる。
「あぁー、うぅー」
「ん?」
「なっ、なんか勘違いしてない? その目つき! わたしはねっ……別にわたしは優介と一緒にサークルの真ん中で……、そう、童話みたいなメルヘン的な事をやりたいわけじゃないんだからねっ!」
どの口が、さっきはロマンが足りないと言ったのだろうか。その言葉を聞いた瞬間、思わず頭を抱えそうになる優介。すると彩穂は一呼吸を置いて、顔をぐーんと近付けてこう言った。
「夜、入ってはいけない所に忍び込むのが面白そうだからや・る・の! ばれても子供の悪戯ですまされるでしょ」
彩穂はこういうのだが、十五歳ならば責任能力は問われそうな年齢である。
この辺りを都合よく子供だと断言したところに、彩穂のその性格がにじみ出ている。
それは、こうこうこうなって――あるいは捕まった場合とかの口裏合わせもしないことから、都合の悪いことに対してあれこれと勘案するという概念が欠落しているということ。
ただ、もし仮にそうなった場合でも、彩穂なら事前に用意していたリスクマネージメントよりかは、アドリブで乗り切ってしまうような少女であり、実際にそれをこなしてしまう少女でもあった。だからこそこのような発言を平気でして、最悪の場面を想定しておく気配がないのである。
「だいじょうぶに決まっているでしょー。警備はさー。ここ最近の南日本との情勢とかがなんやかんやで、前線基地のほうに人をとられて少ないみたいなのよ」
「だけどな――」
「いいー、わたしがなにも考えてないわけではないのよ!」
そう言いつつも、口角だけをきゅっとあげたような、そんないたずらっ子の笑みを浮かべていた。
この魅力的な笑顔に騙されてしまう。――だけど……。もうすでにこの街からいなくなった相原なら、きっとこういうだろうだろうな。男子たるもの女子の手のひらで踊らされてなんぼのもんだと……。
ただこれをきっかけに、優介はある大事な事を思い出していた。
それは、前にも夜間のミステリーサークル侵入を思案して試みようと考えていたことで、あれはサク兄が失踪する直前の出来事だった。
その時の彩穂は、ここまで厳重な警備の謎についてを勘ぐっていた。なにか世間に発表できないような理由があるのではないだろうか。きっとトンデモな原因が隠されているかもしれない。なんであんなに多くの警備員が『サクラミステリー』の外で見張っているのかともよく言っていた。しかも夜間に限っておかしいと――。
そして彩穂はそれだけに留まらなかった。自分なりにさまざまな仮説を立て始めるのだ。
例えばその説の中には、麻薬密売といった裏物取引ルートの最終地点説。または、軍人、政界、経済界のドンと呼ばれる有力者のみが集れる地下賭博説。さらには、八年前(当時は六年前)から囁かれている宇宙人擁護説に、宇宙人捕獲観察説など。そんなのがあったりした。
だが、一番突飛で面白そうな案として挙げたのは、異世界空間交差説なんて名付けた理論であった。
それはまず、あの付近に明らかな波動の変化があるという前提をたてて、空間を乖離させるようなおかしななにか、が存在するという説。つまりは、この世界がどこか別の世界と繋がっていて、空間の置き換えを促す波動が存在するという話だった。
けれども、それこそ現実には全くそぐわないような定義でやっと成り立つ理論であり、しかもほとんどはサク兄からの受け売りだったらしかった。
ただこのこととはまるで関係なしに、人は隠されたものに対して誰しもが思うことがある。 やはり特別ななにかがあるのか。禁忌に値するなにかが……それとも他に理由が――なんて。
だったら人はそれを求めてしまうのは必然といえるのかもしれないし、今回の彩穂がこういう考えに至るのはしょうがないのかもしれない。
「で、今回はどんな説だ?」
「説もなにも、ただ面白そうだからよ!」
「根拠はないのか?!」
「ない……」
「だから本当にないのか?」
「なによ!」
「異世界の空間とかは?」
「なにそれ? ファンタジーしすぎ……」
「ファンタジー?」
「だから、異世界の空間ってなによ」
「こっちが聞きたいんだけど……」
「こっちが聞いてんの!」
月明かりの下、二人の会話は成立していなかった。
はい、ここまで目を通してくださった方、貴重な時間を割いてくださり本当にありがとうございます。
このファンタジー的展開にSFっぽさをくどくどと付け加えてしまう作者をお許しください。って大丈夫ですよね……。あの1−2あたりに比べましたら。
そしてですね。次あたりで第一章の大きな転換点がやってきます。いや、まだ書き終えていないのでやってきてほしいです……、というところでしょうか。
で話を変えますと、あらすじをだいぶ変えました。よりセカイ系な世界観がだせるようにと……、だけどまたすぐに変えそうなんですけどね。
まあ言ってしまえば、キーワードもだいぶ変わっていますから。初期にあったツンデレ(彩穂さんですよ)とか、魔法(優介君だったりも……)なんかも合わないなぁーと思いまして消しました。
そういえばツンデレというキャラクターは、女性の方にはあまり受け入れないってどこか聞きましたけどどうなんでしょうかねぇー?!
では、感想も引き続きお待ちしていますのでよろしくお願いしますね。