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あの時の空も満月がのぼっていたのだから、たぶんそうだといえるのだろう。
青井優介にとっては、幼馴染でありお隣さんでもある小手川彩穂。
彼女は今日のテンションと同じように、なんの前触れもなくモデルガンでビービー弾をパラパラと撃ちつけていた。そして、おそらく自分が思い描いたとおりであろう――そんな高らかな大宣言をする。
その姿は今回とまったく同じであって、もちろんその後は彼女特有のささいな戯言。お堅いあいさつで、炎暑の砌がどうたらこうたらとか、相手の反応を見る愉快犯のような気持ちで楽しんでいたし、しまいにはフランス人っぽい告白シチュエーション、といった、なんとも返しの難しそうなごっこ遊びを付けくわえるのも変わらない。
まるで、日常のありきたりな会話だけでは物足りず、刺激の強いスパイスを利かせるような感覚であるのだが……。その姿はいつも通りであった。
しかしながら、である。あの時、大宣言までして彼女がしたかったことは、ほんの些細なことだといっても過言ではない。
一応、面白そうで何かの考察になるという名目は付いていた。
けれどもその内容とは、夜風に当たりながら屋根の上で横になるのと、草むらの上で横になるのではどっちのほうが心地よいかというのを実際に比べてみたい、という至極簡単なことだったのだ。しかも、なぜか妹の優希までも呼び寄せて、川の字のように一緒に寝ころんで、それで日常の他愛もないことを普通にするだけ。その時の彩穂といえば、わざと緩い会話で楽しんでいたようだった。ただ、さりげなく優介が、結論はどうだったのかと聞いて、「そんなことはどうでもいいのよ!」なんて一喝されていたのはご愛敬なのだが。
とまあこういうふうに、彩穂には自分の中で会話のギャップを作り出していき、その落差も含めて楽しんでいる節もあるのだ。まったくもって気まぐれであり巧妙。しかも一か月前と二週間前とではやることも全然違う。それに彩穂の場合は、優介が望んでいないときにやってくる。
やはり自由人小手川 彩穂のスタンスは奥が深く分かりにくい。いつも突飛な発想で、無理難題で、行き過ぎて荒唐無形なところも感じられ、あまのじゃくであって――。
それでも、彼女の根底にはいつも楽しいが含まれているのは間違いのないことだった。あるいはもしかしたら、それ意外になにか深い意味を含ませているのかもしれないのか……。
「遅れることなく来てよきかな、よきかなー」
五分前行動がモットーになった優介には、彩穂から遅刻すると概念は存在しない。これも彩穂に振り回され続けた故に習得した行動パターンであって、もし仮に遅れたのならば開掌の手刀が飛んでくる。だからこの時も、指定時間よりは少し早めにやってきていた。
そして、ただぼんやりと佐倉地区に古くから伝わる切妻造りの住宅、豊穣な実りをもたらす小麦畑の森、満月と無数の星が奏でる八月十五日の空なんかを繰り返し眺めていたのだ。
「俺が遅れるわけ――んっ?!」
「だーれだっ?」
咄嗟に覆いかぶさった手のひらが、やけに冷んやりしているのに驚く優介。
「うわー目が、目がぁ……冷てぇ〜」
「氷で冷やしてきたのー」
「やー、どうしてっ!」
「えっ、驚かせようと思ってー」
彩穂がさも当然だとばかりに言い放つ。
「だが、強く押しつけすぎだー」
「えっ、もしかして、こっちのことー?」
小首を傾げながらも、自分の胸の部分に人指し指を持っていく彩穂。その拍子に優介の視界に光が入る。ちなみに、彩穂は小さくもなければ大きくもない年相応の標準サイズのバスト。だが体のラインが映えるクリーム色のTシャツ。それが見事に体のラインを際立たせていた。今は立秋を過ぎて幾分か涼しくなる残暑の季節――夜間であっても夏真っ盛りなのに変わりはないのだから、通気性に特化した薄着な服装は当然だといえてしまう。
「ねぇ……」
「うっ」とうなってしまった優介は、瞬時に思考を張り巡らせてしまう。
今の、いまのめくるめく体験を覚えてもいないのか……。そもそも押しつけられたのか? ――ていうか、彩穂の手が押し付けすぎたと言ったつもり。だけど! 押しつけてきたのか……? ――いやいや……、決してそんなことないはずだ。考えてみるとかすりもしなかった? たぶん。ああ、たぶん知らない。そもそも狂喜まではいかないけど、驚喜はするはずだ。っておい、プ二―ってつぶしてみるな。わざとらしく……。
ただ、何が目的なんだろうか、なんて詮無いことを考えるのは既に止めていた。そもそも彩穂の行動に意味も求めること自体がナンセンスであるからだ。ここは華麗にスルーをするに限る。――のだが、理性というものは肝心な時にはいつも正常に働かない。
「このぉーへんたいっ!」
からかい口調とは正反対な真顔でこう言った後、にっこりと笑う彩穂。きっとおちょくっているのだろう。これもまたいつものことだ。それに悪い気はさらさらしない。そう気を持ちなおす優介。
そこで、だ。彩穂に聞くのは野暮なことだとは考えるのだが、やはり疑問に思ってしまうのが道理。自分たちはこれからどこへ行くのかを尋ねてみた。
しかし、そんな思惑なんて届かない。彩穂はにんまりと叫んで、「それは、着いてからのおったのしみ――――っ!!」なんて言うのだ。
「さてと……」
急にくるりんと回れ右をして軽くウインクをする彩穂。これまで優介は気がつかなかったのだが、その後ろ姿には大きなナップザックが見受けられた。
「あ、彩穂、それは?」
「ああ、これ? これはね、お・く・の・て」
そう言った彩穂は優介の手首をむんずと掴みにかかる。さらりとしたその手は、脅威の引力を生み出し冒険の始まりを告げていたのだ。
優介は、手が冷たい人はホントに心が優しい人、こんな文句が思い浮かんで慌てて打ち消していた。めっそうもないことだ。彩穂は優しいとは違う。まあ面白いのだ。少なくとも自分にはそうだろう? 彩穂……。
「さぁー、行くからね、優介!」
いったいどこへ行くのかは教えてくれない。どうせ離す気もさらさらないのだろう。
「時は一刻を争う! これからの有事に備えて万全の下準備を整えるべしっ!」
それが出発の号令であって、時は十時きっかりを刻んでいた。
「おいっ、あやほっ?!」
彩穂は手首をがっちりとロックさせて、勢いよく前へと進みだす。もう、優介がつんのめってしまうほどに。
やはり彩穂は好き勝手なんだよ。そう再確認してしまう。だけど、このことは今までに何度となく繰り返されてきて、やってきたこと。いまさら反芻することでもないかもな。
「ほらー、はやくしなさいっ!」
ここで彩穂がもう一度強く手を引く。きりりとした精悍な表情。だけど、その表情はすぐに緩んでしまった。それは優介も、とてつもなくテンポの悪い早足のスピードに合わせようと、懸命に歩を進めていたのだから。
はい、ここまで読んでくださった方貴重な時間を割いてくださりありがとうございます。
やっと物語が動きはじめたんですけど……今回も本文が少し硬いですかね……。
で突然あれなんですが、このありがたくも場所を提供してくださっている「小説家になろう」さんの後書き、あまり書いている人が少ないですよね。
僭越ながら、勝手ながらの義務感で(ここまで目を通している人がいらっしゃるのかも分からないんですが)後書きの充実を図ろうかなんて考えていたりもしまして……。
ちなみにセカイ系作品は書くにあたって参考にする作品あるんですよ。それはもちろんあの新世紀が付くあれです。それ以降で似た系統の作品は「ポストエヴァ」なんて呼ばれていますので……。
ただたぶんなんですが、この小説はそんな展開にはならないと思います(おそらく)
しかし根底には常にあの世界観があるんですよね。
では、引き続き感想のほうをお待ちしています。作者の糧になりますのでどうか一言お願いしますね。