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折しもその頃、小手川 彩穂はサークル中心部から遠く離れた場所にはじき出されていた。あの鋭い閃光を浴びてから、まるでなにかの結界が張られていて、その近くには踏み込ませないような感覚があったのだ。
たしかに中心部近くまで来たはずなのに、今はもうそことは程遠い場所。ここは鍵を開けて入ってから少し歩いてきた地点だろう。そこまで戻されている。彩穂は腑に落ちない表情であたりを見回し、うつぶせの状態でそっと息を吐いた。すると生暖かい風が、それを空気へと溶かし草とともに消えていく。
「どっ、どうしてー? 優介は? わたし……」
必死に考え込む彩穂。だがもちろん理由など分かるはずもなく、ただ呆然とその場に突っ伏したまま。時計を見て時間を確認しようとも思ったが、手を動かすのですら億劫だった。
あー。今度は自力で遠吠えでもしてやろうか、とやけっぱちで考えてみる。
「――エリアのC8――」
すると、突然の人の声がした。彩穂は耳をそば立てて声のした方へと意識を集中させる。
「――ロストエリアでの問題発生。懐疑論は――ザッー」
基地の人? それとも宇宙人なんてことは? 彩穂は、昔よく第三種接近遭遇ごっこたるものをやっていたのを思い出す。
あれっ? それもこんなに近く。目と鼻の先に人がいるとは。
この場所は夜間になると、軍のシュミレーション機密基地になるという噂。あれは本当なのだろうか。それともあるいは……。これは何か確証が得られるのかもしれない。あのストラップに記してあった法則について――。
彩穂は自分が立てていた予想の範疇をはるかに上回る出来事に歓喜していた。最悪の仮定を立てれば、ただ事では済まされないのかもしれない。だが、それでもこの緊張感のある展開にほくそ笑んでいたのである。
――こんなときだってのに……、今は笑いが止まらない。でも、身動きがとれない……。
「――無事通過できたか……。陰謀? とりあえず報告できる範囲でなし。ああ、了解。ダイタランシー液体注入――ザッー」
確実に人の声だ。無線だろうか。軍機密に近い会話が聞こえる。とりあえず見た目では宇宙人ではない? まだ可能性は捨てきれないけど。無線の人と女の人、二人の男の人で計四人。無線の人はやはり指令的な役割を果たしている人? 小声で話しているつもりか、両手で無線を抱え込んでいるんだけど……。でもそんなの関係なしにがなりあっている。もっ、もしかして緊急事態なの? ひっきりなしに応答しあっているし、両手で抱え込んでいるのは焦りの表れ?
「――ヒニュートン流体は?」
さっきから盛んに無線で信号を送っている男。彼はさして特徴のない顔だった。賢さとか頑固さとかを示す格別な雰囲気があるわけではなく、ごくありきたりで平凡な顔。
でも、草影に隠れていた彩穂にとってはその男から大きな威圧感を感じとっていた。それは男の声が物凄く威厳に満ちていたからである。
しかし、臆せずに少し自由が利くようになった体でじりじりと擦り寄っていく。寝ころんでいた体勢から匍匐前進の要領で進む。そう、彩穂は無線の男とその近くにいる人物の正体を懸命に明かそうとしていたのだった。
「――懸案事項だったやつ……そう、融解起動の基準値は……。なにっ! 無事通過できたか。ザッー」
「藤川さん。もう少し声を抑えてください。先ほど、狼を真似た子猫が侵入したかもしれないとの報告がありました」
「そうか?」
「はい。南京錠を開けられたとの報告のみありました」
「そうか……」
「ですから……」
「ならば心配ないだろう? 秋月ちゃん。内側の鍵は開けられないだろ。それに、ここは通常と違う場所だ。やすやすと侵入できない。いままでだってそうだろ。いろんな意味でな――――」
「はっ、はい」
「だったら、もっと派手にいこうじゃないか」
ただ、藤川と呼ばれた男がそう言う割には四人全員の服装は人目につきにくい闇装束であった。上下ともに黒いスーツのような格好、黒い帽子、黒い靴。そのいでたちは異様にうつってしまう。
「心配することはなにもないんだよ」
藤川は不気味な声でぴしゃりと言い放つ。そして、また無線との応答へと意識を集中していく。
「――で、件の書類のチェックはできたか? そうか。えっ、メイクライ戦法?
乱射乱撃雨霰だが……いいのか? エネルギーを充填するのには――そうか、問題はないのだな。ならばピースを導入――」
さらにもう一度、大きくて力強い声が闇にこだましていった。
はい、久しぶりの投稿です申し訳ありません。不肖な作者の都合で、もう一つの小説のほうにプライオリティーを置いている状態です。ものすごく緩やかな更新となりますがご了承くださいませ。