1−12
一瞬にして闇に光が降り注いだ。それは黒から白へのコントラスト。その場所の世界が変わっていく。幻想的な空間に変わっていく。
そこの場所はまるで、神さびるという表現が相応しいぐらいに光り輝く。
そしてそれが、なにか優しいオーブに包まれていくように明るくなっていき、現実世界とは違う異空間が現われだす。大気中にはプラズマのような単円、二重円が浮遊していて、さまざまな形をした光の図形が燦然と輝く。まるで陽炎のように――とでもいうのだろうか。不自然に屈折しあって遊んでいるのだ。光そのものが。さらには小さな乱気流みたいな――マイクロバーストなるものも風向、風速をかき回し、空中でもやのような煙を作り出す。
すると、やっと周囲の異常に気がついた優介であったが、絶対的におかしな事があった。
それは彩穂がいないということ――。
しかし、彩穂の姿が見えないことに優介は気がつかないのだ。それだけでなく、彩穂と一緒にここへ来たことですら頭の片隅にも引っ掛からない。
なぜなら優介は、自分がここにいるわけが分からなくなっていたからであった。どのようにしてここにきてそれまでに何をしていたかも分からない。したがって彩穂の無理もないのかもしれない。
ただ、自分がここにいることは偶然ではなく必然であるような――そんな感覚に陥っていた。それもミステリーサークルにいることが自らの強い意志に基づいてきたような感覚があった。
「あれっ、俺はなんで――」
途中で言葉を詰まらせる優介。それは生まれてこの方、一度も聞いたことないような不思議な音色が聞こえてきたからである。
オルガンの音のようにも聞こえるけれど、なにか決定的に違いがある音。どこか悲しげな音だった。
正確には、悲しさというよりも儚さといった部分を強調している音なのかもしれない。メロディーを奏でているというよりも、単調なリズムでポン、ポン、ポンっと紡ぎだされるようで、そこには旋律も感じられない。しかし、その音には心に訴えかけてくるようななにかがあるのに優介は気がつく。
「なんの、おとだろう……」
やがてメロディーは、唄を乗せてここまで運んできたようだった。
はーざくら ひらりひーらり ふきあれる
ひいらーぎ ひりりひりりと ふとささる
ふ、ふくろー ほろほろろー ふーらふら
ひいらーぎ ひりりひりりと ふとささる
はーざくら ひらりひーらり ふきあれる
こんな歌が聞こえてきた。
ここで、あの時からずっとうつぶせの姿勢で動けなかったのだが、やっとの思いで仰向けになる。もう長らく――といっても二、三分の間であったが、あの鋭い閃光を浴びてから金縛りみたいな現象にあっていたのである。
ふいに空気がわさわさとざわめく。夜風がそよいでいるとはにわかにも言い難く、明らかに不自然な風が吹くのだ。そのうねりのような空間は優介の目の前で左、右、左、右とふらふら動く。
「だれか、いるのか?」
優介はそこに奇妙な気配を感じていたため、いつのまにか問いかけていたのだ。
「――!」
「……」
「だっ、だれかいるの?」
質問はトンボ返しで帰ってきた。
そこに誰もいないはずなのに。だけど唄が聞こえてきて、さらには問いかけが聞こえてくる。明らかに様子が変であった。
しかし、それでも優介は冷静だった。やはり虚視感みたいなものを感じていたからである。彼自身がなんだか遠い昔――あるいは、こことは違う世界でそんなことがあったような気がしていたのだ。深く説明はできないのだがそんな思いがしていた。
「――あっ、うん」
「――あの、わ、わたしが、視えるの?」
「――いいや、あっ、でも、だんだんと星が見えなくなってきた」
優介がこう述べたのは、なにも見えない状態から少しずつ――それは原子とか分子とかいったレベルの細かな粒子から、体の中心部分へときめ細やかに構成していくように――ぼんやりとその存在を表わしはじめていたからだった。つまり、目の前の少女の体を透かして見えていた星空が、少しずつ消えていく状態。
やがてはっきりと確認できるようになり、その少女の白いフレアスカートのようなものを身に纏った格好を映し出す。それはまるでフェアリーテールを思わせるようなたたずまいで、体の四分の三以上はある長く美しい髪があった。二本触覚のようにはねている髪の毛は意思を持っているかのように頻繁に動き回っていた。そしてその少女の瞳の色は無垢で可憐なエメラルドだった。
そんな姿をぼんやりと見つめる優介だったが、少女がまた唄い始める。
空気に乗せて、いや想いを乗せて、
ふ〜きのしたにて、コロポッポ、
泣いてた泣いてたコ〜ロポッポ、コロポッポ
し〜ずくこぼれる、コロポッポ、
笑って笑ってコ〜ロポッポ、コロポッポ
コロンポ、コロンポ、コ〜ロポッポ
優介は思う。
なんだこの安心感は……。浅いまどろみの中、電車の音を聞きながらゆられている感覚だ。それとも、川のせせらぎや小鳥のさえずりなんかを、ただぼんやりと聞いているような――。牧歌的とでもいうのだろうか。
それに……、目の前に現れた少女はどう考えても不自然だ。だけど、そんなことすら吹き飛んでしまうしぐらいの幸福感。そして、なんともいえない安堵感――。
なんだかすべてを包み込んでくれそうな雰囲気。エメラルドの瞳。
しかしその瞳はマリンブルーに変わっていく。
「ねぇ、なんで、あなたはおどろかないの?」
「なんで……、だろう?」
優介はそのまま寝ころんだ姿勢で彼女と向きあいながら、ふわふわと浮かんでいる少女に聞いてみる。
どうやら、少女の輪郭が整ってきていたようであった。優介の視界からは無数に瞬いていた星が少しずつ見えなくなっていく。
「あっ、その羽みたいので飛んでるの?」
そう聞かれた少女はくるりと身を翻そうとして自分の背中を見ようとした。しかしなかなか上手くはいかない。まるでイヌが自分のしっぽを探してくるくると回っているみたいな光景だ。
もちろん優介はその様子を見て驚いてしまう。
もしかして、自分の背中に羽が生えているのを、いまの今まで知らなかったのだろうか?
「――わたし、は、はね……羽が生えていたんだ」
手をひらひらとぱたつかせて、蝶のように舞いふんわりとしたしぐさを見せる。そんな少女から優介は目が離せない。その瞳に、そのしぐさに、ひきつけられるように吸い込まれていく。
「そうだよ」
「――そう、なんだ……」
「あのさ……、それを使えば自由に飛べるの?」
優介は思わず聞いていた。
それは自分が常々思っている気持ち、この閉塞感から抜け出して大空を飛び回りたいという心境からだろうか。気づけばそのような心情を吐露していたのだ。
「空を飛んでどこまでもいけるの?」
再度言葉を重ねる優介。
「――えっ?!」
少女の顔がたんだんと歪みつつ怪訝な表情になりつつあるのに、優介という少年は自分の大事な――あのライト兄弟にも似た、純粋なまでに空を飛んでみたいという小さかった頃の想いで熱に浮かれてしまっていた。だからそのことには気がつかない。
「羽のことだよ」
「――こ、これっ……」
「そう」
「――よくわからないの……」
「えっ?」
「……」
「なんで……」
少女は涙を流しながらも、「――じ……じゆうはないの」といって空中で静止した。
その姿は生き場を失った彷徨える子羊みたいで、頬を伝う涙は“しくしく”と……。
ぽろぽろとかえんえん、わんわんではなく、しくしくと泣いていたのだった。
はい、ここまで目を通してくださった方本当にありがとうございます。
実はですね……もう一人のヒロインをどう演出しようかに苦心していましたのです。そこで幼馴染を飛ばしちゃいました。(笑)
しかもまた謎を入れてしまいましたよー。
こんな作者ですが、どうかこれからもお付き合い願いますね。
もう一つの作品『幼馴染との付き合い方』もよろしくお願いいたします。