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 十一時ジャスト。

 再びおとずれた静寂な闇夜と、不思議な空間であるサクラミステリー。

 その中にて青井 優介と小手川 彩穂は、胸を張って、満面の笑みを浮かべて、それでも周囲を警戒しながら闊歩していた。また時間的な余裕も少しはあるのかゆっくりと慎重に歩を進める。

 そして二人はこう願うのだ。


 青井 優介は、どうせなら大空を飛んでみたいと――。

 小手川 彩穂は、あの願いをこの空に羽ばたかせたいと――。





「もう、ホントに遅すぎるんだから――――っ! こんなスリルは味わいたくないのよ……」

 

 とりあえずどうしていいか分からないから憮然とした表情で言い放ってやる、みたいな様子の彩穂。

 入口付近から距離を取った二人の緊張の糸は、ほぐれにほぐれたようでだいぶゆとりのある行進をしていた。


「なんとか言ってよー」


「だってな、いや……」


 さっきまで泣きそうな顔していたはずなのに、いや……涙がホロリと見えた気がしないでもない。だけど、こうやってすぐわーわーと罵詈雑言の嵐。

 それに、こういうスリルを求めたんじゃあーないのか? 

 たがこんなことを心に押しとどめながらも、やはり作戦が成功したことに対して純粋な喜びを感じずにはいられない優介。自然と顔がほころび、よく見れば目の前の女の子もそう怒っているわけではない。

 だからこそ、ここはおおらかな気持ちだと構え直すのだった。


「あっ、あたしに、なんか言うことはないの?」


 すると、その思いに便乗したかのごとく彩穂がつっけんどんに言い放つ。


「あー……」


 そして優介は、あの場面は後一歩遅ければ駄目だった、ホントに紙一重、間一髪の差だった、と思い返し、「うん、遅くなってごめんな」と、とりあえずは平謝りをする。

 しかし、ではある。

 実際にここに来るまでの優介は様々な苦労したといってもいい。

 まず思いのほかに壁の傾斜が強くてファーストコンタクトに手こずったこと、次に中間地点での足場固めががなかなか上手くいかなかったこと、極めつけは鉤付き縄を投げてもなかなか上手く引っ掛からなかったことであった。

 付け加えておけば、常人の運動神経では絶対に無理であることも、少々体力自慢であっても完璧に上手くいく可能性が皆無に近いことも、ここで言っておかなくてはならない。


「でもな、なかなか上手くこなせなかったんだぜ」


「――だと思ったのよ。遅すぎるし」


 相変わらずそう言いつつも、苦虫をかみつぶしたような表情をしたいのにそれを隠しきれない、というような嬉しさが顔を覗かせていた。


「まあ、いいだろ? どうやら運よく成功は……したし、後はあそこに行くだけだ」


「運じゃないの! 偶然っぽい言い方なんて嫌い。成功することは必然だったんだから!」


「――まあ、それでもオッケーだな」


「あったりまえでしょ――っ!」


「で、そっちはどうだったんだ? 警備は……」


「む、そんなの完璧に決まっているじゃない! ついでによつばのクローバをあげてきたんだから」


 彩穂はしてやったりといった調子で話す。が、それを聞いた優介は腰に括りつけていた懐中電灯にひょいと手を伸ばし、スイッチを入れてから彩穂に差し向けた。


「おいっ、あれはいつだったかは忘れたけど、俺が二時間もかけて探したやつじゃないのか?」


「あー……」


 上手い言い訳が見つからずに空気の漏れたような笑いをする彩穂に、優介はただ「はぁー」とため息をつくばかりだった。






 十一時五分、半径三百メートルの道のりを歩く二人はもうすぐ目的地である。


「な〜に言っているのよ! 気の弱い男はいたとしても、気の弱い女の子なんてこの世の中にはいないのよ!」

 

 どうやら軽妙な会話はまだ続いていたようだ。

 それも彩穂が警備の男に対して、どういう方法を取ったかについてを聞いていたらしい。


「あー、てか、なんで狼にしたんだ?」


「えっ、それは……ま、まあ、警備の人が獣耳萌えだったらしいからとか……」


 どこからか借りてきて、それを取って付けたような言い方をする彩穂。


「えっ? なんで……、疑問系なんだよ?」


「――いやぁー……」


「いやっ?」


「そっちの嫌、じゃない」


「あー……」


「じゃあさ逆に聞くけど、どうしてそんなこと言うのよ?」


「――」


「なにさ」


「まあ……、なんとなくなんだけどな」


「ふーん」


「う〜ん」


 優介は首を傾げる。何か言いたそうにしているのだが上手く言葉が紡げない。


「なーに? もしかしてホントはネコの方が良かったの? 気が弱い女の子風に……なーんて」

 

 そう言いながら、招き猫のようなポーズをとってみる。


「……んなのどっちでもいいけどな」


 ここでポツリと会話が途切れた。

 それは優介が何を言い出すのかが気になっていたし、後もう少しで着くであろうサークル中心部の存在もおぼろげながら視界に入ってきたことでもあった。おのずと体中を駆け巡る緊張感にさいなまれてしまうのだ。

 だが、静寂を縫うように入り込んできた次の話題は、

「相原の創作文章の話は覚えていたのか?」というすっ飛んだ内容だった。


「えっ?」


「あ、ほら、一年前ぐらいで国語の授業のやつ……」


「あぁあー。なんかオオカミの嘘がどうなったって話のやつ?」


 ヒントを与えてもらってすんなりと答えることができた彩穂。

 だが、「ああ、それもそうなんだけどもう一つの方さ」と優介は改めさせていた。


「え、あ……」


「ほら、あれだよ、大神、ホロ……、ホロなんだっけ?」


「あー、それ、優介、狼ホロケウに手を加えたやつでしょー」


「お、そんな感じかー?」


「ちょっと、この街の伝承ぐらい覚えておきなさいよー」


 そう、この街の伝承とは、アイヌの言葉にまつわる狼ホロケウが大神として崇められていることだった。ここでは初秋の季節、佐倉中学の文化祭とほぼ同じ時期に行われる街の豊穣祭のメイン行事でもあったのだ。だから、佐倉地区に居を構える人間であればしっかりと覚えていなくてはいけない。


「あー……そうだよ。だからさ……あれはまずいんじゃないか?」


 もちろん優介が言いたいのは、いまさらになって狼の遠吠えをしたことが大神を冒涜したのではないかという意味であった。


「いや、違うの……。狼の遠吠えにしたホントの理由は困った時の神頼みという解釈を利用したわけであってけっしてそんな横暴なこと考えていたんじゃなくて――」


 その言葉を聞くまえからくつくつと笑っていた優介。彩穂が必死になって弁解するもんだから冗談にしてしまおうと思ったらしい。藪から棒にこんなことを言いだしたのだ。


「いやー……。満月に遠吠え、不思議な場所に、隣には女の子。俺には狼男になる条件が見事に揃って――」

 

 しかし、その心使いも裏目に出たとすぐに勘づくのは蔑すむような視線を感じたからだ。


「あのさ、自分から話し振っといてうやむやにしようとする優介に、あたしはこのうえもなくあんたを警備の人につきだしたいんだけど……」

 

 そう言いつつ拳を握りしめる女の子がここに一人いた。


「あ、え、いや……じょう、だんだ、って」


「う……」


 彩穂はぷいっとそっぽを向いたのだった。


「……」


 やがて二人がそんなやりとりしているうちに、気づけばもうサークルの中心部の位置まで二、三十メートルの距離といったところまで迫っていたようだった。

 まだ時間も、規定時刻から二、三分前といったところだ。

 すると今度は、彩穂の方が脈絡もない話題を切り出し始めた。


「あ、あのさ……、今日って、何の日だか知ってる?」


 なんだか急にトーンが下がったようである。


「えっ、今日? ん……十五日だからあれか? 戦争の終戦記念日か……。今年でちょうど七十年目だったしな」

 

 すると彩穂は冴えない表情で「それもそうなんだけど……」と言った。

 そして意を決したような、両手こぶしを握りしめながらも肩に力が入る格好で、


「今日はね、かぐや姫が月に帰った日なのよ」と続けたのだ。


「……」

  

 だがそれを聞いて優介が返答をしなかったのは、彩穂の突拍子もない発言に気を取られていたわけではない。

 まさにその時であった。

 小手川 彩穂という人物がそのことを言い終わったかどうかはまだ定かではないその時、サークルの中心部から人の叡智では到底作り出せないような光輝くフラッシュが、二人を襲おうとしていたせいで言葉を紡げなかったのだった。













































はい、貴重な時間を割いて読んでくださった方ありがとうございます。

ですが……。

第一章がこんなに長くなってしまうとは当初から考えると予定外もいいところなんです。しかもこの感じが三、四話続きます。(あくまでも予定ですが)

なんかとんでもない長編になりそうな予感がしてまいりましたが、どうか気長にお付き合いを願いますね。

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