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1−1 サクラミステリー

 




 ――パチパチパチ――。

 一定で規則的なリズム。

 それはプラスチックをはじくような音。

 不自然とも滑稽ともいえる鳴りものの正体は、部屋の窓から響く。

 しかし――。

 そんな不可解な音が部屋の住人である青井(あおい) 優介ゆうすけにとっては好都合であったのだ。なぜなら、さして寝心地がいいといえない机の上で、首から先を変な角度にもたげて突っ伏していたのだから。つまりは、怠惰で陰鬱な睡眠をむさぼっていたわけで、いちはやく解放されるにこしたことはないということであった。



「はうっわ?!」


 ようやく目を覚ました優介は意味不明な奇声を発して直立不動をしてしまい、それによって散見された机の上は物で溢れていた。

 例えば、夏休みの宿題らしき資料がざっくばらんに置いてあったり、プリントが散乱していたり、文庫本や辞書なんかが積み重なっていたりと……。そして端っこに置いてあったノートには幼児が書くような奇怪な線が記してあったし、まるでミミズが張ったような字は睡魔に負けまいとして懸命にこらえていた証なのだろうと推測できた。

 さらには、父がたびたび無断で置いていく理論書や哲学書など、そういった類の本も見受けられていた。まあ、それに手を付けた後はないのだが。

 要するにそこは、一人の人物がよくぞここで覆いかぶさって寝られるもんだと言えてしまうカオスな状況であったのだ。

 と、そんな机にしばらく手をついていた優介だったが、凝り固まった体をほぐすように伸びをする。その拍子に、サイドにあった消しゴムがころころと滑り落ちていく。

 ああ、空耳だろうか……。おはよう、と優しげな声だ。そして、早く目を覚ませ、と罵声に近い声も。なんだか交互に聞こえてくる。よく聞き知ったソプラノの声が。

 すると今度は首をブランブランとして、寝ボケまなこの状態から意識を覚醒させようとする優介。今の状況を飲み込んだのか、いくらか落ち着いた調子でつぶやいた。


「彩穂のやつだな? こんな時間に……」


 まず時計を見て、夜の九時過ぎであることを確認。それから窓の方へと向かう。ついでに勢いよく白い布地のカーテンを開ける。するとそこには……、優介にとってのお隣さんであり幼馴染でもある美少女――小手川こてがわ 彩穂あやほが、いまかいまかと待ちわびていた。

 いや、待ちわびていた? 

 こんな幼馴染チックな表現は適当ではない。もしかしたら獲物をとらえるような視線――とでもいったほうがいいだろうか。

 そのやたらと印象に残る大きな瞳、ちょこんとした鼻、アヒルっぽい口、艶やかでミディアムな黒髪、つまりは小手川 彩穂という人物が人を引き付ける魅力に溢れていたのだ。だからこそ、二階から射撃の構えを見せるスナイパーの仕草であっても、宵の満月に照らされた姿はさまになっていた。


「ああ、やっぱり……」


 そういった優介は真正面を見据える。

 でもな、彩穂。

 宿題ならまだ終わってないぜ。夏休みも後五日で終わりだから、どうせあれだろう。貸しなさいとでもくるのだろう……。 はっきりいって成績は雲泥の差なのにな。

 それともあれか? 

 マンガ本か小説か、あるいは量子重力論、空想論理学の本を貸しなさい、とでもくるのだろうか――。

 優介は、彼女の「今すぐここを開ける。さもないと――」的な強い視線を感じつつ、目をこすりながらも窓を全開にした。


「なに?」


 一番簡潔な疑問文。しかし、優介の予想に反した答えが返ってくる。


「こらぁ――――、優介! なんて寝ぼけた顔なのっ!」


「えっ……」 


「いいっ?!」


「あの……」


「いいから聞きなさい!」


「だから……」


「いいからっ!!」


「はい!」


「優介ーいいっ、今から一時間後の十時にわたしの家の前に集合だからね」


「んなっ?!」


「いい? ありっ――――――――たけの誠意でこのわたしに付き合いなさいっ!」


 いつの間にか、手にしていたモデル銃は後ろに放り投げていた。





 手を腰に当てて人指し指で人を指さすポーズ。あるいは自由の女神を真似ているようなポーズ。なんにせよ絶対的な自信と堂々とした貫録を表わしているそのポーズ。

 そして、ペラペラと優介が付き合わなければいけない理由を列挙する彩穂。これを聞いている相手は、まったくもって二の句が継げないでいるのだが、そんなことはお構いなし。


「ねっ、とっても大事な用事な・の・っ! 一分たりとも遅れたら許さないんだからっ!」


 すると今度は、窓のサッシの部分に肘を当てて可愛くポーズを決め込む。その頬杖をついて見つめてくるしぐさは天真爛漫な笑顔。なのに優介にとっては、小悪魔な微笑みの部類に入るんだろう。


「あのさ、だからなにを――」


「バーン」


 ふいに、彩穂の指先から空砲の雷光が放たれる。今までの散弾からたった一発の凶弾。確実にしとめられる至近距離で撃ちのめす意思のある砲弾。ただ、これは撃たれた方が自由自在に対応ができる弾であった。

 ああ、また始まったか。優介はいとまもなく考える。

 受けて立ってやるよ。ここは生きるべき死ぬべきなのか……。ハムレットはあの時どうした? ここは躊躇することなく判断しなくてはならないよな。素早く、そして正しいほうにだ。答えはいつだって二者択一だ。どちらかを選ぶべきなんだ。

 優介が凝り固まっている間、彩穂はしびれきらしたようで、「そうねっ、どんなに生きたくても生きることができないという設定よっ!」と、上から目線でのたまった。

 そうか、死んでしまうほうだったか。危うく超人的な技で生き残るほうを選択しそうになっていた、と胸をなでおろす。


「さあ、どうするのー」


 彩穂は相変わらずに高みの見物模様。この後、どう展開するのかを眺めているのだ。そして撃ち放ったばかりのピストル指を、所在なさげにくるくると回していたのも変わりはない。


「ほらー、この世にはこびる――そうねぇ〜……、現実にはどうしようもできない不条理に直面して……。とても、とても悔しいんだけど。このじくじたる思いなんて捨て去って、そう死ぬ間際の最後! その最後に、かけがえのない何かを伝えなければならないとか……。こんな設定でどうだっ!」


 彩穂は元気良く言い放った――のだが、このように突然始まったやりとりをみれば、いったい何をしているのだろうかと誰しもが思うかもしれない。だけど、彩穂は昔からよくこんなごっこ遊びをよくする女の子であって、それがいまでも続いていたのだ。

 そしてこの遊びは、彼女の斜め上をいく発想、または琴線に触れるような切り返しできたならば合格、意にそぐわない展開や強引な超展開ならば不合格。

 もちろん彩穂の裁量によって全てが判断されることは言うまでもない。

 これは長年幼馴染として過ごしてきた優介であっても、なかなかフィーリングを合わせるのは大変だった。


「――それで、今日の場合のテーマはなんだ?」


 アドリブでの言い返しが思いつかなかった優介はぼそっと聞いてみる。彼は彩穂のごっこ遊びを少々とっつきにくさを感じながらも、結局はそれなりに楽しんでいた。


「う〜んとっ……」


「あー?」


「そうだっ!」


 何か閃いたのか、彩穂の眉がぴくっと動いた後、「そのさっきの状況で、あえて笑いをとりなさぁいっ!」なんて言った。


「まあ、待て。俺は起きぬけなんだから、とりあえず五分のレイトを要求する」


 そう言うと優介は、一目散にトイレへと駆け込んでいった。






 小手川 彩穂は今か今かと待ちわびていた。

 五分も遅らせたんだから、すごいことをしてくれるはずだよね。

 さて、優介は何をしてくれるのかな。どんな切り返しをみせてくれるのかな、と。

 ハッキリ言って今日のテーマは難しい。だって、シリアスな展開の最中に無秩序に放り込まれたギャグなんだから。こんなの水に油を注ぐとか、トムソーヤの物語でつまらなそうにペンキを塗るぐらいの違和感。もう浮きまくったシュールな場面しか想像できない。でも、それが楽しみなんだけどね。


「あっ……」


 ここで、ようやく優介が姿を見せた。それもずいぶんと猛々しい顔つきである。

 しかし彩穂をちらっと一瞥すると、その表情が一瞬だけ柔らいだ。だがまた気合を入れるようにピーンと張りつめた表情になったのだ。

 さあ、舞台は整った。少年よ、対死を見せろ!

 彩穂にも優介にも緊張感がほと走る。

 二人にとってきっと今は、砂埃が舞って、乾いた風が吹いて、馬のひずめの蹄鉄の音がパッカパッカと鳴って、それらがぱたりと止まる。そんなカウーボーイのワンシーンを連想しているのだろう。この距離感、そしてこの緊張感で――。


「バーン、バーン」


 カウボーイハットを抑えるしぐさをしながら、彩穂が咄嗟に身を翻してピストルを撃ち放った。今度は二発だ。頭と心臓。確実に命を断ってきた。

 すると発砲が起こなわれてすぐ、大仰なふるまいで胸を抑えてしゃがみ込む優介。

 しかし――いつからいるのだろうか。たけやさおだけなんていいそうな近所のおじさんが、楽しそうにそれを見つめている。


「この世に、生を、授かった、とき、から、我は、思って、いた……。――ぼく、どざえも〜〜〜〜〜〜〜〜ん」


「うわっ!」と、悲鳴に近い声を挙げる彩穂。


「ど、どうだ?!」


 ネコ型ロボットの声真似はいいとして――。てんでシナリオ無視の一発勝負。超展開の力技なんて、と思う。


「さぁいて――――いっ!」


 口を開けばこんな言い方。無理な設定を作り出したのは自分なのにね――。


「ならば!」


 すかさず気合いの入った声が響く。どうやら優介はひるまなかったようだ。そして第二弾を用意していたみたいで、もう一発撃ってこいよ、と挑発した視線を投げかけている。やはり彩穂は人指し銃口を向け、呼吸を整えて


「バーン」と。


 本日四発目。またもや人指し指の先から強烈な轟音とともに鋭い雷光が放たれた。

 にこっと笑った彩穂の――おそらくこれが最後であろう狙い場所は股間?!


「うわっあぁぁぁあ――――!!」


 断末魔の叫びに近い声。苦しんでいるのか悶えているのかすらわからない。


「おっ、おれは……」


 二、三十秒もの時間をめいっぱい使った後、優介がおもむろに口を開く。

 あの撃たれてのたうちまわっていた姿勢から、体を少し起こしてノーガード戦法のような虚ろいだ状態でふらふらと……。すると突然、自分の頬をめいいっぱいにつぶしはじめたのだ。


「ファ、ファ、ファンタジーの――せかいに、たび、だち、だか、っだぁ……。ああ、しゅよ……」


 声は裏声。表情はムンクの叫びそのもの。


「しゅよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ここに腫瘍できちゃったぁ♪」


 ムンクの表情をしながらも、撃たれたであろうところをぎこちない動作で――両足の大腿部をすりすりする形で股間付近をもぞもぞとさする。

 これを見た彩穂は、渾身の作品であろうムンクのことなんかとうに忘れてしまい、ちらりと一瞥しただけでくねくねした動きにソッポをむいてしまった。


「セ、セリフが長いからダメなんだからねっ」


 彩穂は辛辣に切り捨てたのだが、顔がほころんでしまうのを必死に堪えて窓を閉めていた。そして、自分から超展開を作りだしてしまったと自省する。


「あーいてぇ――――よ!」


 なんだか、優介の部屋から、あいてぇーなんてありえない種類の言葉のたぐいが聞こえる。これから会うのに……なんて思う彩穂。


「そっ、そんなこと言ったって、ダメなんだから……」と、笑いをかみ殺しながら、ポツリ呟くのであった。











































はい、ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

でも、それなんて演劇部?と思われましたよね、きっと。

たぶんこれから先もキャラクター重視のライトな小説になりそうですし、それ明らかにありえないなんてことも書くかもしれません。漫画みたいな感覚で、ですね。

ただ最終的にはセカイ系的な雰囲気にしていかないと、とは思ってはいます。それにファンタジーと銘打ちましたがサイエンスファンタジーだと思います。

これから変更する可能性はありますが。

そして後は、この小説の誤字、脱字、語句の使い方がおかしければ知らせてくださると助かります。感想のほうもをお待ちしていますので、どうか一言お願いしますね。

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