その3
終末少女症候群。
厨二病オーラバリバリな奇妙な病名を担当の医師から告げられたのは、私が小学二年生の時だった。
幼少時に『櫻の園』の異変と遭遇して以来、それまで健康優良児として表彰されるくらいに元気な子供だったのが病欠はもちろんのこと長期療養するのもしばしば、三度のご飯よりお薬のほうが多い上そのお薬さえ満足に喉を通らない有り様。
絶えることのない頭痛、吐き気、震え、眩暈。
そんな苦痛に満ちた毎日から唯一安寧を得られたのが睡眠時間。
が、それも完全に苦痛から解放されたとは言い難いものだった。なぜなら、あの日以来私が眠りにつくと決まって見る夢が鏡の向こう側の世界を舞台にしたおぞましさ感満載のなにもない世界だったから。
永遠の静謐。
永久の静寂。
永劫の静止。
そこでの私は、一体の人形にすぎなかった。
【終末少女】。
終末世界という無貌の対象を淡々と観察記録するだけの憐れな自動人形。
それが私に課せられた役目。
願いの対価として与えられた代償。
私を召喚した先の【終末少女】は、私にこう囁いた。
――貴女は私になるのよ。
「真宵?」
「ひゃぅっ!?」
回想の【終末少女】が深雪のドアップに突如変貌、思わずのけぞってしまう。
「あ、ごめんなさい」
「いや、別にいいんだけど……」
何でもない風を装って、私はPC画面から謝罪する親友のほうに視線を移す。
夕方の視聴覚教室。
高校一年生にして会計部のエースを務める深雪は、放課後は会計理論だの原価計算だの文系資格でも最難関クラスといわれる会計士試験の勉学に勤しんでいる。
したがって高校一年生にして帰宅部のエースを務める私が、件の作品『終末少女黙示録』と作者の兎吊木うさぎを「桃源郷」で検索していままで集中的に読み込んできた。
その結果―――。
「どうだった?」
「微妙」
「微妙?」
期待外れの私の回答を彼女は訝しげに返し、私たち以外室内に誰もいないのを確認すると眼鏡をくぃっ、と端正に押し上げて隣の席に座る。
「確かに【終末少女】が終末世界を観測して終末ノートに記録することと、その代わりに何でも願い事をかなえてくれる、という設定は合っている。でもそれだけ」
「それだけって……それだけ合っていたら、その作者が終末少女症候群について知っている可能性があるんじゃ」
「創作が現実と設定かぶるなんてよくあることでしょ。【終末少女】で検索しただけでその手の作品がいくつヒットすると思う?」
「それは、そうかもしれないけど……」
私の塩対応にナメクジのようにみるみるうちにしょんぼりしてしまう深雪。
無理もない。
終末少女症候群といういまだ謎の多い難病の全てを解き明かし、確固たる治療方法を確立することを誰よりも待ち望んでいるのは、当事者の私でなくこの深雪なのだから。
しかし、【終末少女】というキーワードが出てくるだけで、ネット上の創作物にまで目の色を変えてしまうのはどうかと思う。それだけでこの難病の手掛かりが見つかる訳もないのに。
かといってその旨をストレートに伝えたら余計に落ち込むだけだ。
どうしたものか。
小考していつものアレで落ち着かせることにする。
「深雪」
「なに真宵……?」
きゅっ、と園児サイズのもみじのような手で彼女の両手をやさしく包みこむ(包みきれてないけど)。
反射的に後ずさりそうになる彼女を雰囲気で制止。
最後にとっておきの笑顔と魔法の呪文で締め。
「大丈夫だって。私はもう平気だから」
「!」
とくん、と深雪の心臓が跳ね上がるのを両手越しに確認。
ふっ、勝ったな。
深雪のことより真宵のことを優先する人間には、これが一番。
念のためにいうと、一応嘘ではない。
小学二年生の病名告知と同時にあの栄養ゼリーを服用するようになって以来、身体的な不調も不気味な終末世界の夢を見ることもない。
だから大丈夫。
多分。
「本当に、本当なの?」
おや。
いつもなら「そう」とか言ってそのままクールに流すところなのに、めずらしく食いついてきた。心なしか絡んでくる指が熱い。
「本当に、本当だって」
「だったら……」
カーテン越しに茜色の陽光が被っているせいか、深雪の頬が朱く染まっているようにも見える。私の小さな両手を握り返し、深雪にしてはめずらしくくぐもった口調で、
「わ、わ、わたしと……」
「わたしと?」
ばーん!(勢いよく扉を開く音)
「私と勝負しろ、桜庭深雪ぃ~~~!!!」
「「…………」」
闖入者登場。
その見覚えのある顔は――柚木薫子とかいったっけ(うろ覚え)。
深雪の会計部の後輩で中学三年生(桜庭女子は中高一貫なので部活も一緒)。
事あるごとに簿記試験で勝負を挑んでは深雪という天才の壁に跳ね返されそれでもめげずにまた挑戦するという、ギャグと熱血は紙一重ということをその身をもって証明してくれるおいしいキャラ。
その後ろから「またやっちゃったの~?」とでも言いたげに小さくため息をついて現れたのは、薫子と同学年で幼なじみ(だったと思う)の白菊早苗。
簿記の勉強を始めたのが中学二年からという早苗は、前回の試験で簿記三級に受かったばかりで、今度二級合格目指して勉強中。
前門の百合、後門の白菊。
二つの花を落ち着かない様子できょろきょろ見まわすと、女子中学生としては規格外の肺活量で大絶叫。うるせえ。
「あれあれあれ?何何この空気私ってばまさかまたやらかしちゃったの嘘でしょ嘘だといってよバーニィ!!」
「絶対嘘じゃないと思うよ、柚ちゃん♪」
にこっ、と笑顔で容赦なく退路を断つ早苗。
漫才コンビ志望といっても通用しそうな明るく楽しい後輩二人組を、深雪は――
「………………………………………………………………………………………………………」
――クトゥグアでも宿していそうな外宇宙の虚無の眼でまばたき一つせずに見据えている。
こわいこわいこわい。
なんなんだよこの展開。
もう。