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病葉真宵の観察ノート  作者: 黒砂糖
2/3

その2


 『櫻の園』。

 桜庭女子大学附属病院およびそれらを抱擁するかのような広大な敷地にそびえ立つ数々の桜並木の華やかな光景は、桜庭一門の聖地の象徴として、憧憬と畏敬の念を込めてそう呼ばれている。

 それは私と桜庭美雪が十五年前のひな祭りの日に生まれた場所だ。

 どちらも未熟児で、特に私のほうは無事出産できたのが奇跡に近いほどの難産であったらしい。

以前から私と深雪の両親たちは親交があったそうだが、同じ日に互いの娘が無事に生まれたという僥倖も重なって、その絆はさらに深まったという。

 もっともその翌年、彼女たちはその奇跡の代償であるかのように宝くじ一等当選よりもさらに確率が低いという生存者ゼロの飛行機事故に遭遇してしまい、四人仲良くこの世から旅立ってしまうこととなる。

 以後、私たちは桜庭女子大学の創設者で深雪の祖母でもある桜庭美晴の庇護下で娘たちの忘れ形見としてこの上なく大切に育てられた。桜庭女子大学の付属教育施設すなわち幼稚園、小学校、中学校、高校を順調にエスカレーター方式に上っていくことになったのも、その証左といえよう。

 乳母日傘で大切に育てられたお嬢様といえば聞こえがいいが、それは娘を失った祖母の深い悲しみの裏返しでもあった。孫娘とその幼なじみには娘のようにその辺の路傍の石に偶然躓いて取り返しのつかない不運と踊ってほしくなかったのだろう、私たちの行く先々には常に祖母の配下の者たちの手による空き缶一個小石一つ落ちていない整備と清掃が完全に施された安全かつ安心な道がいつまでもどこまでも広がっていた。


 しかし、あえていおう。

 どんなに愛しい者を守るために万全のセキュリティ・システムを配備していようとも、運命という人に非ざる超越論的なプログラムに書き込まれた不合理にして不条理な遭遇イヴェントからは何人たりとも逃れられないのだ、と。






「ふわわ~……♪」


 ご満悦という言葉をキラキラ輝く顔いっぱいに表現するわんこ天使。

 彼女の向かい側には右隣の私にだけ見えるよう親指立てて無言でドヤ顔する深雪。

 名付けて「天使の餌づけ作戦」が見事に功を奏したようだ。

 お昼休み中私をもふもふする権利と引き換えに、深雪お手製のだし巻き卵の贈呈を打診された桃はしばしの長考の後その提案を受諾し、究極の和食が織りなす至高の美味のハーモニーに陥落したという次第である。


「やっぱり委員長のおたまは絶品やわ~♪ここまで作るのに相当年期入っているんちゃう?」


「ありがとう。でも、皇樹さんのお弁当のほうがおいしいと思うけど」


 そういって微笑む深雪の目先には、高校生のお弁当と呼ぶには桁外れに趣向を凝らした数々の日本料理が豪華な重箱に丁重に敷き詰められていた。

 皇樹家お抱えの花板さんが腕によりをかけて作った国宝級の逸品揃いだから当然といえば当然だけど、そんな国宝級の味に慣れ親しんだ天使の舌をも唸らせるだし巻き卵とは一体。

 桜庭家秘伝のレシピでもあるのだろうか今度聞いてみようかな、と簡易栄養ゼリーのチューブからちゅるちゅると私専用の栄養ゼリーを吸い出していると、天使はぷくぅ、と頬を膨らませていた。

 なぜに。


「……なあ委員長」


「なあに皇樹さん?」


「その『皇樹さん』いうのやめてもらってもいい?」


「え?」


「ウチら知り合ってもうずいぶん経つやろ。いつまでもさん付けはおかしいて」


「え?え?」


 なにその友達から恋人へのステップアップみたいな台詞。

 さすがの深雪も動揺を隠せない模様。


「えっと、じゃあなんて呼べば」


「桃でええよ。ウチも深雪呼びでええやろ?」


「え、ええ」


「それじゃ深雪、お近づきのしるし」


 そういって、お重からだし巻き卵ならぬだて巻きを大切そうに箸でつまむと、そのまま満面の笑顔で、


「あ~ん♪」


「え、えっと……」


 ちら、と私のほうを振り向き、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。

 なぜに。

 二の句が継げない深雪に、それまで無言でリンゴをかじっていた柏木紅葉がぶっきら棒に二の句を継げる。


「深雪はダイエット中だから甘いものは控えているそうだけど」


「え、そうなん?」


「え、ええ!そう、そうなの!だから申し訳ないけど」


「ならしゃーないなあ」


 ほっ。

 他人事ながらなぜか肩の荷が下りた思いで安心する。

しかし、当然のことながらその矛先はまた別の人に向けられる訳で。


「真宵、あ~ん♪」


 なぜ私。


「私もダイエット中――」


「嘘はあかんで。ていうか、そんなちんまい体でダイエットなんかしたら身体こわすわ」


 うぐっ。

 二の句の継げない私に、いったんだて巻きをお重に戻した深雪はジト目で二の句を継げる。


「前から思ってたけど、真宵の食事ってゼリーだのジュースだの流動食ばっかで入院患者みたいやん。しかも少量やし」


「えっと、そんなことは、ないような気がしなくもないこともなくもあらずで……」


「あ・る・の!!」


 ぐりぐりぐり、と可愛い人差し指でほっぺを容赦なく突っつく。


「成長期なんやから偏食してたらあかんで。花の女子高生もたまにはお腹がはじけ飛ぶくらい食いまくらんと」


 お説ごもっとも。

 しかし、私がゼリー等しか食さないのは幼少期に遭遇したとある事情と理由があるためであって、出会ってまだ一月足らずのクラスメイトにそこまで詳しい話を打ち明ける訳にもいかない。どうしたものか。

 そんな悩める幼なじみを見かねてか、あわてて救急艇を出動させる深雪。


「あ、あのね、皇樹さん――」


「も・も!!」


「あ、ごめんなさい。あのね、桃。真宵は幼少期に大病を患ってしまって、それが原因でお医者様に指示された食事以外摂取しないよう指導されているの」


「体質?アレルギーとか?」


「ええ、そんなところ。そうよね?」


「はい」


 お昼のニュースで相槌を求められたコメンテーターのようなコンクリ能面で頷くと、桃は大きく嘆息一つしてだて巻きを自分の口に放り込んでもぐもぐ。おいしそう。


「ほんなら真宵は深雪のおたまの味も知らんの?」


「ううん。お医者様が成分を調べて異常がなかったら許可してくれるから。とはいえ、少量だし食べられないものも多いけどね」


「ふ~ん……」


 納得したのかしないのか微妙な相槌を潮に、しばし少女たち黙食中。

 私もゼリーを摂取しつつしばし物思いに耽る。

 まだ私が園児だった頃。

 まだ私が子供として生きていられた時代。

 アレに遭遇したのが春だったか夏だったか、秋なのか冬なのか、季節も日時も覚えていない。

ただ幼い深雪の手を引いていたことと、二人がたどり着いた場所だけは記憶している。

 『櫻の園』。

 あの聖地で「僕」は――。





「【終末少女】やったら真宵の病気も治せるんかなあ」


 ぶふっ!

 唐突な発言にゼリーが思いっきり気道を直撃、激しく咳き込む。


「ちょ、真宵大丈夫!?」


「ま、真宵!?どないしたん!?」


「い゛、い゛や゛、だい゛じょう゛ぶだがら゛、ぐべぇ゛ぇ゛ぇ゛」


 意識がまさに終末の彼方へブラックアウト。これやばいやばいあばばばば。


「それ全然大丈夫じゃないやつやん!?」


「真宵、はいお水」


 げほごほがほぐほ、と最悪の咳き込み方で涅槃をさまよいかけた私に、最高の嫁が最高のタイミングで命を繋ぐ水を渡してくれる。

 し、死ぬかと思った……。

 深雪は一息ついた私を視認すると、桃たちになぜか険しい表情で問い詰める。


「ねえ桃、【終末少女】って?」


「え?」


「いま言ったでしょう?【終末少女】って?」


「あ、うん。投稿作品で」


「小説投稿サイト『桃源郷』の兎吊木うさぎ作品「終末少女黙示録」の主人公」


 舌足らずな天使に代わって心足らずな死神が返答。


「そうそう、それや」


 そういってうれしそうにスマホをぬるぬる操作すると、お目当てのサイトのお目当ての作品を導き出す。

 深雪は険しい表情を解かないまま画面に目線。


「ほら。前からウチのお気に入りやったんやけど、なぜか今週に入って急に人気に火がついたみたい。おすすめランキング一位や♪」


 喜ぶ桃につられるように、私も差し出されたスマホ画面に見入る。

…………なんだろう、この萌え可愛さ臨界点まで濃縮した眼球が溶解しそうなキラキラデザイン。ナビ役らしい天使の輪と羽がついたデフォルメ調の天使キャラは微笑ましいけど、絶対どこかで見たような。具体的には目の前の人とか。


「……真宵」


「ん?」


 深雪の怒りにも似た声色に、私はなんでもなさそうに相槌。

 けど、心は震えていた。

 彼女が指差す先のあらすじと題された文章。




 それは――――。


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