1-1 出会い
光に包まれた五人の戦士が地上に降り立った。
「愛を見つめる、まっすぐな瞳っ! ピュアハート!」
「相棒の笑顔を守り抜く! ピュアガード!」
「知性の青き空! ピュアスカイ!」
「一騎当千 死山血河 ピュアブラッド!」
「恋する乙女は無敵の印! ピュアハート!」
「「五つの心が愛の架け橋となる 届け! レスキュープリピュア!」」
じりりりり! と鳴り響く目覚ましに少女の手が重なる。騒音が鳴りやむと少女は目をこする。
『プリピュア5』と書かれた女児向けアニメのパジャマを着た少女はしばらくぼーっとしていたが、ぱちりと目を見開いた。
「はっ!? 夢でした!」
◇◇◇
春の早朝。駆ける少女の靴音が鳴りひびく。ショートの髪の毛先は首周りを往復している。透き通るような青空は、少女を祝福するように日差しをそそいでいた。
通学路を歩く少年少女たち新入生は、高校生活の始まりに期待を膨らませている。そんな生徒たちの一人。満面の笑みを浮かべる少女――相眞愛は、通学鞄を片手にセーラー服と頭に結んだ鉢巻きをなびかせて、歩く生徒たちの間を春風のごとく走り抜けていた。
「おはようですっ!」
「おはよー」
既に入学式で仲良くなっていた女子生徒たちは気さくに挨拶を返す。
「おはようでっす!」
「お、おはよう」
まだ知り合ったばかりの異性に慣れない男子生徒たちは、可憐な少女に声をかけられてとまどいつつも丁寧に挨拶を返す。
「おはようですーっ!」
「あ?」
どこからどう見ても不良にしか見えない、髪の襟足が黒くくすんでいる人工的な金髪の生徒は、さも当然のように挨拶を返さなかった。
目つきの悪い少年は、きょとんとしている同年代の少女を細い目でにらみつける。やがて少し目を見開いた。
「お前は――」
「あれ、聞こえませんでした? おはようでっす!」
左手を腰に、右手をピースサインにして目にかざすと、右目でウインクをする。もう一度金髪の少年に挨拶をした。
「……なめてんのか、てめえ」
「だめですよ、人と人とのつながりは大事にするべきですっ! 反抗期も程々にしましょうっ! 挨拶一つで人はつながり合うことが出来るのですからっ!」
不良は歯ぎしりをすると、どすのきいた声で脅す。
「ちびのくせに説教たれてんじゃねえ。ぶっ飛ばすぞ」
愛はむっとした表情を浮かべると、頬を膨らませた。
「君と私は同じ高校一年生なのですっ! 対等なのですっ!」
「ちびのくせに生意気言ってんじゃねえって言ってんだよ」
しつこく挨拶をせがむ目の前の少女に嫌気がさした不良は、腕を振り上げた。それを見た周りの女子生徒たちは軽い悲鳴を上げる。男子生徒たちはうろたえる。
少女は平然とした表情で、拳を額で受けとめていた。少年は一歩も退かぬ愛を見て目を見開く。拳を額に張り付けたまま愛は語る。
「いい拳なのです。でも、道を外れた拳は心に響かないのです。次は私の番ですねっ」
すっ、と拳を腰に構える。
「口で言ってもわからないのなら――」
にっ、と笑って拳を額に受けながら前に踏み込む。その力強さから、強烈な一撃が来ると予想した不良は後退りをして拳を防ごうと腕を振り上げ――られなかった。
「拳でわからせるまでですっ!」
「ッ!?」
もろに〈愛の拳〉の直撃を顔面に受け、鼻血を出した不良は地面に仰向けに倒れていく。その最中、不良は考えていた。
(どういう事だよ……今のは、速さも重さもないただの拳だった。なのに――)
どさっ、と不良は力尽きて地に仰向けに気絶した。愛は慌て出した。
「あわわわ、やりすぎましたーっ! ごめんなさいーっ!」
鼻にやっちゃ駄目だったーっ! と慌てふためく愛は不良を背負い上げると、両手に二つの鞄を持ち学校の保健室へと向かって駆け出していった。
◇◇◇
朝の教室で1年1組の生徒たちの自己紹介が始まる。出番が回ってきた愛は壇上に躍り出ると、白い鉢巻きを窓から流れる風になびかせた。
ショートの黒髪は、少女の魅力的な笑顔をまんべんなくさらけ出している。
左手を腰に添え、右手のピースサインを目にかざして右目のウインクをパチリと決める。
「相眞愛と申しますっ! 好きなことは人と仲良くなることでっ」
愛は白いチョークを軽やかに手に持つと、躍動感あふれる文字で黒板に『鉄拳制裁』と書きだす。
「座右の銘は鉄拳制裁。夢は、愛で世界中の人々をつなぐことなのですっ!」
少女は右拳を突き出すと、左拳を左肩の前に添えて大きな瞳を見開いて言った。
やたら活発に動き回る身長142cmの少女を、教室の生徒たちはちっちゃくて可愛いなあと眺めている。入学式の時から既にこういう少女だということは、積極的に周りの生徒たちに話しかけていたことから知られていたので、クラスの生徒たちはごくすんなりと笑って受け入れて拍手を送っている。
ただし一人だけは違った。やがて自己紹介も終盤に進み、鼻にガーゼを当てた金髪の不良が壇上に上がると生徒たちは静まり返った。
「……真壁相吾だ」
少年の発言はそれのみで。目を伏せて壇上を降りようとすると愛がとっさに立ち上がった。
「今朝のことは、誠に申し訳ありませんでしたっ!」
深々と頭を下げる。〈愛の拳〉で鼻に傷を負っただけでなく、『小さな女の子に背負われる不良』として学校中に広まってしまったのだ。
「〈愛の拳〉で鼻血を出させてしまったあげく、相吾くんの評判まで落としてしまい、誠にすみませんでしたっ!」
もう一度深く頭を下げた後に、愛は相吾に駆け寄った。頭を差し出してぎゅっと目をつぶる。
「どうぞ、気の済むまで私を殴って下さいっ!」
生徒たちは心配そうに、ちらちらと二人の間を盗み見ている。相吾は愛を一瞥すると、額に手を伸ばしてでこぴんをした。
「っ! ……えっ?」
「気にしてねえ」
それだけ言うと元の席に着く。愛はしばらくそっぽをむく相吾を眺めていたが納得したように手を叩くとにこっと笑った。
「お優しいんですねっ!」
「うるせえぶん殴るぞ」
「遠慮なくどうぞっ!」
「……ちっ」
険悪というより、むしろ友好的になっていた二人を見て、生徒たちは微笑ましそうに笑っていた。