武道家は赤子を拾う
今年で三十になる武道家が山へ修行に来ていた。舗装されていない、けわしい獣道をざくざくと音を立てて登っていく。
ふと、立ち止まる。鼓膜をうつのは赤ん坊の泣き声。草木をかき分け、たどり着いた先には木箱が。布に包まれるのは生後三か月ほどの赤ん坊。木箱の前面には『拾ってあげて下さい』と毛筆による墨で書かれている。
舗装された道路からこの獣道まで流されてきたのか。強風か、動物か、なにかによって。このまま放置するわけにもいかない。木箱を抱きかかえると赤ん坊はぴたりと泣きやんだ。身体を身じろぎさせ、口をぱくぱくと開閉させて何かを伝えようとしていた。何事かと赤ん坊を顔のそばに寄せる。
「――ぬっ」
「うー」
小さな拳が武道家の頬に当たった。腕を伸ばして木箱を身体から離す。赤ん坊はうなりながら拳を突き出して、ぶんぶんと上下左右に振っている。武道家は目を細めた。
「受け入れろ……か?」
赤ん坊は拳を降ろすと、その無垢な瞳で見つめ続けた。ふっ、とひとりでに武道家は笑うと納得したようだった。胸に木箱をかかえて山を降りていく。
「おまえの名前は『愛』だ。おれの名字と合わせて『相眞愛』だ。おれの代わりに最強の武道家になってくれ」
赤ん坊は「うー」と答えた。