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      事情聴取  弐

 そんな事を考えながら横で話を聞いていた私に、いきなり声が掛かった。


「ところで、お話に拠るとあなたも第一発見者の一人のようですが、あなたは何者なのですか? 一体何の目的でこの家の見学をしていたのでしょうか」


 刑事は探るような視線を送ってきた。


「えっ、ああ、私ですか、私ですよね…… えーと、私は金田美紀と申しまして、東京で小説家をしております……」


 私は急に質問がきたので、緊張気味に答えた。


「名前は金田美紀さんで、小説家さんなのですね」


 刑事が手帳に書き込んでいく。


「それで、何をしにこちらの家へ?」


「えっと、私、忍者屋敷を舞台にした小説を書こうと、伊賀まで来たのですが、上野城の伊賀流忍者博物館が改修中だと云う事や、参考になる忍者屋敷のような物がないので、武家屋敷を見学して、それを忍者屋敷に見立てようと考えて、こちらのお屋敷の取材をさせてもらっていたのです」


 説明を聞いた刑事は、怪しげな視線で私を見る。


「忍者屋敷を舞台に小説ですか…… それで、どんな感じの小説を書かれる予定だったのですか? 時代小説か何かですか?」


 私は一瞬、躊躇った。


 こんな状況の中、推理小説を書いているなどと云ったら疑われる事この上ない。しかし名を名乗った以上、一冊しか売れていないながらに、私が推理小説を書いていることは調べればすぐに解るはずである。下手に嘘を付くのは余計不味い気がした。


「え、えーと、推理小説…… で、です」


 私がそう呟くと、百合子を始めとした藤林家の人間の視線が集中した。やや批判的に感じるのはこんな状況だからであろうか……。


「ほう、推理小説ですか、なんだか奇遇な感じですね」


 刑事は新しい情報に興味を持ったようだ。


 そして更に質問を重ねてくる。


「ところで推理小説を書いているとの事でしたが、あなたのその格好は何ですか? 推理小説に因んだ探偵のコスプレか何かなのでしょうか?」


 その刑事は失礼にも私の格好について言及してきた。


「ち、違いますよ。普段着です」


 私は余計な追求に憮然として答える。


「しかし、随分、探偵のような装いでありますし、金田一耕助に似ているというか、金田一耕助風と云うか……」


 何なんだこの刑事は! 私の格好なんてどうだっていいでしょう!


「ち、違います。金田一耕助にも似ていませんし、金田一耕助風でもありません。ごく普通の格好です」


 私は出来るだけ怒りを抑えながら言葉を返した。


「でも雰囲気はかなり金田一耕助風に見受けられますけどね……」


 余計なお世話だ!


 刑事がしつこく云ってきたので、私は強く睨みつける。


 その視線に気が付いたのか刑事はコホンと咳払いをしてから話を続ける。


「……まあ、服装の件は置いて於いて、東京からということは、ご旅行中なのですね、どちらに宿泊されているのですか?」


「わ、私の実家が山向こうの芸濃町にありまして、実家に泊まりました。現在帰省中といった状況です」


「ほほう、あなたも三重の方なのですね」


「ええ、まあ」


 まだ他の藤林家の人間に対しては、発見時の様子しか聞いていないのに、私に対しては、訪問の目的だけでなく身元の質問や職業の追求などがなされた。怪しまれているようで、どうにも気に入らない。


「あ、あの、どうしてこんなに私に対してだけ、こんなに細かく聞くのですか? 私はこの家の人間ではないのですよ、私は偶々この家に取材に訪れただけなんです。私は殺された正冶郎さんという方に会ったこともありません。いえ、正冶郎さんだけではなく、この家の方々に会うのは今が初めてなのです。私には正冶郎さんを殺しても何の得る物がないのです。正直、私は全くこの事件には関係ないんです。亡くなられたことは残念に思いますが、出来れば帰して頂きたい位なのですが……」


 私は思わず、自分の希望を含めて言い放ってしまった。


「……申し訳ありませんが、あなたも第一発見者の一人になります。ある程度状況が落ち着くまでは、ここに居て頂かないと困ります。そして、おなじ三重出身ですから、古くに家と家の確執があったりする場合も考えられます。まだ今の時点では関係がないとは云い切れないのです。あなたも推理小説を書かれているなら、まだあなたを帰せない事はお分かり頂きたかったですが……」


 刑事は冷静な声で私に説明した。しかし最後の一言には明らかに皮肉が込められていた。


 私はそれ以上何も云えなくなり、少し憮然としながら口を閉ざした。


 すっと広間の襖戸が引き開けられた。


「只今戻りました」


 それは母親と、長谷川刑事だった。


「御主人様は特に問題なく、奥座敷で寝ていました」


 長谷川刑事が報告し、その横で母親は頷いている。


「お母さま、本当に、お父様は特に何もなかったの?」


「ええ、変わりはなかったわ、容態も安定していたわ」


「よかったわ」


 百合子はホッとした声を上げた。


「しかしながら、長男の正一郎さんと、外出されている使用人の方々は、まだお戻りにならないのですね」


 上野刑事が時計を見た。


 今時計は二時半を指している。


 そんな折、俄かに玄関の方が賑わしくなった。百合子がハッとした顔をする。


「もしかしたら兄が帰ってきたのかもしれません」


「それでは、事情を話さなければいけませんので、私も行きます。ご一緒に玄関までお願い出来ますか?」


「え、ええ」


 百合子と、上野刑事は玄関に向って行った。

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