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      伊賀へ  参

「あっ、そうだ、まだお名前をお伺いしていなかったですね。差し支えなければお名前をお伺いしても?」


「ああ、申し遅れました。私は藤林百合子と申します。この藤林家の長女です」


「百合子さんですか、ご長女様なのですね、宜しくお願いします」


 その百合子は見た目から想像するに二十代半ぐらいと思われる。だが実家にいる所をみると、まだ結婚していないようでもある。はたまた落ち着いて見えるが、実はまだ十代なんて事もあるかもしれない。色々思案してみるも、その質問をするのは失礼になる恐れもあるので、それ以上は聞かないようにしてみた。


「それでは、中を説明していきますわね、どうぞ」


 門の中に入ると、横側に長屋風な建物が壁にへばり付いているのが見えた。


「この長屋の部分は、昔、家臣が住む場所だったらしいのですが、現在は当家の使用人が寝泊りする場所となっています」


 僅かに開いた戸口からは畳が見え、普通に生活が出来そうな様子が伺えた。


「そして、こちら側が母屋となる屋敷部分になります」


 百合子が説明してくれた本屋敷部分は寺のように屋根の高い大きな平屋作りになっていた。壁は塀と同じ黒漆喰で塗り固められ、四方には太い欅の木かなにかの柱が聳え立っている。かなり重厚な作りだ。


 よく見る障子や襖が多い書院作りとは異なり、どちらかと言うと城郭に近い作りになっている。さすがに昭和五十年代にもなると、防犯上、庭との境が障子だけでは難しいのだろう。


「この屋敷部は、昭和初期、戦争時に焼夷弾による火災予防の為、かなりの増改築をしています。外壁は漆喰で塗り固め、縁側にある廊下の先に厚いガラス扉を設けたり、襖、障子を部屋壁にしたり、扉を付けたりしています……」


 百合子はそこまで説明した後、ふと何かを思い出したような顔で僅かに物思いに耽った。


 そしてボソっと独り言を呟く。


「……そういえば、その頃からですかね、この屋敷に住んでいたあかしゃぐま様がいなくなってしまったと言われ始めたのは……」


 そのまま暗い顔で俯いてしまった。


 私はその独り言が妙に気になった。


「な、なんですか、そのあかしゃぐまというのは?」


 百合子ははっと気が付いたような表情で云った。


「あ、ああ、ごめんなさい、変なことを言って、この家に古くからある言い伝えなのですよ、東北地方に伝わる座敷童子のようなもので、この家には幸福を齎すあかしゃぐま様が住んでいるから、それが去ってしまわぬようにしなければならないという言い伝えがあったようなのです。ただ戦争という予期せぬものが起こってしまって、家が燃えるよりは改築した方が良いだろうと周囲を壁で囲い、漆喰で塀を塗り固めた結果、いつのまにかあかしゃぐま様がいなくなってしまったようなのです。確かにその辺りから、この家にも良くないことが多くなったと云われていますが……」


「そんな言い伝えが……」


「まあ随分古い話ですよ」


 気持ちを入れ替えたのか、顔を上に向け、百合子は玄関に向って歩を進める。


「ささ、どうぞ」


 大きな間口の玄関から中へ案内される。


 仲の口と呼ばれる玄関先の床は板張りだった。基本的に木造建築ながらゆったりとした作りになっている。しかし外壁を土と漆喰で塗り固めているせいなのか、中に入ると外の音があまり聞こえず、まるで倉庫の中にいるような印象を受けた。


「母屋でお見せできる部分は限られていまして、書院、茶室ぐらいしかございませんけど、宜しいですか?」


「いえいえ、そこまで拝見させていただければ有難いですよ」


 私はそう答え、頭を掻きながら長めの廊下を百合子の後ろに付き従う。


 確かに昔は土間で料理をしていたはずだが、現在ではガスコンロ、換気扇、冷蔵庫などがあり、それを使うのが当たり前になっている。まさか今時竈なんかは使ってはいないはずだ。きっと土間だった場所には床が設けられ、台所として大きく様変わりしていることだろう。


「ここが書院です」


 片開きの襖を開け中に入ると、そこには立派な掛け軸が飾られた床の間があった。天袋や地袋のある本格的な書院作りだ。床柱には檜か何かが使われているようだ。


 よくある書院は、障子などで仕切られ、開け放つと庭が見える場所にあったりするのだが、此処の窓は京格子のような格子が設けられている一ヶ所以外にはなく、他の面は砂壁で作られていた。天井から竹を編んで作った提灯型の照明下がり、明かりを取っているが、どうにも薄暗く、閉鎖的に見えてならない。


「ここも昔はもっと開放的な部屋だったようですが、他の部分と同様、外壁は漆喰、内壁は砂壁で塗り固められてしまったと聞きます」


 説明を聞いたとおり、確かに日本家屋の特徴である風通しの良い部屋ではなくなってしまっていた。


「いえいえ、ご立派なお部屋ですよ、欄間や、襖絵も素晴らしいです」


 私は、敢えてその改装された部分には触れず、残った良い部分を賞賛した。


「では、次は茶室へご案内致しますね」


 百合子は、再び廊下へ出てヒタヒタと進んでいく。


 私はその後に続いた。



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