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終章

 ……こうして、私の忍者屋敷を見てみたいという好奇心から、偶然、巻き込まれてしまった奇妙な事件は解決をみた。


 見学を快く引き受けてくれた百合子も、まさか自宅でこんな事件が起こるとも、はたまた、偶然立ち寄った私が、この事件を解決する事になろうとは夢にも思っていなかったであろう。


 ただ、今回の事件は、藤林家としては当主の死、長男の死、双子の次男の逮捕と大きな傷跡が残ってしまうのではないかと思われた。


「……ゆ、百合子さん、こんな事になってしまって、お悔やみ申し上げます。まさかこのような事になるなんて……」


 私は申し訳なさそうな顔で声を掛ける。


「い、いえ、こ、此方こそ、とんだ所をお見せしてしまい……」


 百合子は、そこまで云い掛けるも、それ以上の言葉は出てこなかった。


 そして母親を気遣うようにしゃがみこんだ。


 肩が小刻み震えている。嗚咽の音が微かに鳴り続く。


 それ以上は何も話すことは出来なさそうなので、私は軽く頭を下げ、屋敷の見学に応じてくれたお礼の意を示す。


 事件はようやく解決した。


 しかし、私はそれからどうしたら良いのか解らず、周囲を見回す。すると二階堂警部が手招きして私を呼んでいた。


 私は軽く頭を下げ、おずおずと警部に近づいた。


「金田一さん、お疲れ様でした。ちょっと表でお話しても宜しいでしょうか? ちょっと一服もしたい所なので」


 二階堂警部は煙草を持つ手の形を見せながら云った。


「ええ、まあ私は構いませんけれど」


 そうして、私と、二階堂警部は長屋と母屋の間にある中庭へと赴いた。

 外はもう夕方になっていて、空は夕日が雲に当たり、紫と赤が相まった幻想的な色合いだ。綺麗というべきか、薄気味悪いというべきか、なんとも複雑な色をしていた。


「改めて金田一さん、ご協力有難うございました」


 二階堂警部はちょっと恥かしそうにしながらも、深く丁寧なお辞儀をしてくれた。


「しかしながら、よくあの密室と入れ替わりが解りましたね、私が考えていたら、一生解らなかったかもしれませんよ」


 二階堂警部は頭を掻いた。


「いえいえ、私が小説を書くときに使う法則に則してみただけですよ、それと、この町が伊賀の町、忍者の町というのを少し意識していたのが良かったのかもしれませんね」


 私は怪しげな空を見上げながら答えた。


「伊賀と忍者ですか?」


「ええ、子供染みているかもしれませんが、忍法変わり身の術と、忍者屋敷というのを頭に置いて考えてみたんです」


 私も恥かしそうに頭を掻いてみた。


 そして事件を思いかえしながら口を開く。


「……しかしながら、難しい入れ替わりでした。双子の陰で別人を使って入れ替わりをしていたので解り辛かったですよ、あの通路は、法則で考えられないなら、もうその方法しかないだろうと…… 床下や、掛け軸の裏の通路も考えましたが、あの屋根を見て、上しかないだろうと考えました。あと、あかしゃぐま様の話も参考になりましたね」


 私がそう呟くと、二階堂警部は思い出したように聞いてきた。


「そういえば、あの屋根裏の白骨とあかしゃぐまの関係は一体何だったんですか?」


 私は改まって口を開いた。


「確かあかしゃぐま様は、百合子さんの話に因ると四国の民族伝承で残っている妖怪の類だと仰っていましたよね、東北の座敷童子にように、その家に住みついてくれている間は家は栄えるが、いなくなると家が不幸になるという云い伝えだと」


「ええ」


 二階堂警部は煙草に火をつけながら答える。


「確か、私が以前調べた所では、座敷童子の起源というのは、間引かれたり、家の中に埋葬された子供の霊だと聞いた事があります。石臼の下敷きにして殺し、墓ではなく土間に埋める風習があったと……。恐らく、この家にも嘗てあったのでしょう、間引かれる為に殺された子供というのが……。そして土間に埋めたのではなく、天井裏に祀られた。それが赤赤熊になったのではないでしょうか?」


「なるほど、その子供が、あそこに祀られていたという事ですか」


「それが正しいかどうかは解りませんよ、ですが可能性は高いのではないかと思います」


 私は呟いた。


「……しかしながら、間引かれる可能性の高い双子の事件と赤赤熊の伝説が絡んでいるのは何かの因果を感じずにはいられませんけどね……」


 二階堂警部が眉根を寄せながら聞いてきた。


「いえ、そこまでは思いませんが、そうだとしたら怖いなとは思いますけど……」


 そう答えながらも、主人である啓次郎の病気やその啓次郎の弟の不慮の事故、そして今回の啓次郎殺人、正一郎殺人を鑑みると、藤林家には余りに死が多く不幸が積み重なってしまっているように感じずにはいられない。


 赤赤熊は居る間はその家に幸を齎してくれ、去ってしまうとその家が不幸になってしまうという云い伝えだが、その赤赤熊を放置し、祀る事を止めてしまっていた事は確かである。その事が若しかしたら本当に不幸を引き寄せてしまった可能性があるののではないか? という気持ちが僅かながら浮かんでくる。


 私は二階堂警部が煙草の煙を大きく吐き出すのを見届けると質問してみた。


「……さてと、そろそろ、私を解放して頂いても宜しいですか?」


 二階堂警部は頷いて答えた。


「本当に有難うございました。金田一さんがいなかったらこの事件は解けなかったと思います。もうお好きにして頂いて結構です。もしよければパトカーで芸濃町までお送り致しましょうか?」


 私は顔を横に振る。


「いえ、なんだか一人で帰りたい気分なので結構です」


「そうですか…… ではお気を付けてお帰りになって下さい。そして、金田一先生、本当にご協力有難うございました」


 警部は改まり深く頭を下げる。


「警部…… 何度も訂正していますが私は金田です。間違えないようにお願いします」


「ああ、これは失礼。金田先生でしたな、興奮していた為かずっと間違えていましたな…… 改めて金田先生有難うございました。それと一言。あまり地味な色使いではなく明るい色使いをした方が良いと忠告しておきます。そのままではまた金田一さんと呼ばれかねないですからね」


「解りましたよ」


 私は苦笑を浮かべながら云った。


「ではご協力感謝致します」


 警部は私に対して敬礼してくれた。


 私はその姿をみて、軽く微笑んだ。


 そうして、私の、奇妙な体験は終った。


 私は静かに黒い漆喰壁で塗り固められた奇妙で不思議な武家屋敷の門を潜る。

 振り返ると、相変わらず暗澹とした一種異様な感覚が身に感じられた。私はそれを背に、実家のある芸濃町へと帰っていった。





                                        了

お読み頂きましてありがとうございました。


私は二歳の双子の父親なので、自分の子供達にこのような事が起こらないように公平に処さなければいけないという気持ちでも書きました。

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