事件解説 肆
屋根裏の殆どの場所は埃が凄く、梁と梁の間には蜘蛛の巣があったりしたが、主人啓次郎の部屋の上から正一郎の部屋の上までの一直線は、埃などなく綺麗に掃除がなされていた。
「あっ、警部、これを見て下さい」
先導する私は、革製の黒い小型の鞄を拾い上げた。そして中を確認する。
「ありましたよ、眼鏡と鬘のような物が入っています」
「おおっ、では、これが証拠の品となる訳ですな」
私は頷いた。
正一郎の部屋の上辺りに至ると格天井の裏側らしく升目状になっている。
「部屋の配置と床の間の位置からすると、この升が床柱の上にくると思われますね…… 開けてみましょう」
私は先程と同じ要領で天板を僅かにずらし上側に持ち上げてみた。すると下には藤林家の人々、使用人、そして刑事達が待っているのが見えた。
そして床柱に視線を送ると、上の方には良い具合に出節や樹洞があった。
私と二階堂警部はゆっくり床柱を下り、ある程度の高さからは二人とも飛び降り着地した。
「ただ今戻りました。それで、どうでしたか? 下で、どすどす我々が天井を移動する音などは聞こえましたでしょうか?」
私の質問に皆は首を横に振る。
「い、いえ、ほとんど音は聞こえませんでしたよ……」
上野刑事が改まって答えた。
「天井の天板はかなり丈夫に作られていました。そのお蔭で音がしなかったのでしょう」
私は呟いた。
「さて、天井裏でこんな物を発見しました」
私は、革製の黒い小型の鞄を持ち上げた。
正一郎は、俯いたままながら、苦々しい顔をしている。
「この中からはこのように、鬘と眼鏡が出てきました。家に戻った将太さんがどこかのタイミングで正一郎さんに渡し、正一郎さんが屋根裏に入り込んだ際に隠した物だと思われます。そして正一郎さんは天井裏を伝い、父慶次郎さんの部屋に下り、殺害。そして、天井裏を伝い再び部屋に戻ったのではないかと思います。この殺人方法は第一の事件の際にも使うことが出来ますが、第一の事件で使用してしまうと第二の事件の真相までがばれてしまう恐れもありますし、通常では不可能に近い密室なので、第一の殺人の際に使うと慶次郎さんや、家に留まっていた人間に罪を着せにくい状態になってしまいます。最終的には慶次郎さんに罪を着せ、慶次郎さんの自殺という結論に至ること想定していた犯人にとっては、第二の事件の密室こそが絶対侵入及び脱出不可能な密室である必要があったからに他ありません」
「な、なるほどです……」
二階堂警部は真剣な眼差しで何度も何度も頷いた。
私の仮説は、変装用の鬘と眼鏡が見つかった時点で、最早、仮説ではなくなっていた。正一郎からは言い抗う気配は感じられない。
「あ、あの、き、金田一さん、第一の事件の密室、そしてどうやって現場不在証明を作り上げたか、また第二の事件の密室、お蔭さんで、大凡どんなことが行われていたかが解りました。ですが、どうしてこんな事件を起こさなければいけなかったというのが、よく解りませんが?」
二階堂警部が聞いてきた。
「それは、正一郎さんに聞いてみないと解らない事です」
私は正一郎を見た。
正一郎は真っ赤に充血した目で私を睨み付けていた。口を開く様子は見受けられない。
私はそのまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「……えーと、あくまでも私の推測ですが、今回の事件の切っ掛けには、恐らく藤林家の後継という問題に端を発しているのではないかと思います。細かいことは、よく解りませんが、正一郎さんの縁談、その結果、正冶郎さん、百合子さんに財産を分与して家を出て行って貰うという部分です。そこに絡まった色々な思惑が、この事件を引き起こしたのでしょう」
私は大きく息を吐いた。
「しかしながら、私は今回の事件を調べている間に、一つの大きな疑問に当たりました。正一郎さんの現場不在証明です。今回正一郎さん一人で行ったのであれば、現場不在証明はもっとあやふやなものになり、粗が見えやすかったのではないかと思います。ですがここに確固たる現場不在証明がありました。それは将太さんという協力者の存在があればこそ可能でした。ですが、将太さんはなぜ協力したのでしょうか? いくら家の主人の子供からとはいえ、家の主人を殺す計画に安々と加担するとは思えません。私が将太さんの立場であれば断ると思います。それでも尚、将太さんが協力したということは、それなりの理由があったと推測されます」
「将太が正一郎に協力した理由ですか?」
二階堂警部が聞いてきた。
「ええ、どうして将太さんは正一郎さんに協力したのでしょうか? どうして、将太さんの協力を得てしてまで正治郎さんやご主人を殺害する必要があったのでしょうか?」
私は正一郎の顔を覗き見た。
「ねえ、あなたは本当に正一郎さんなのでしょうか?」
瞬間、正一郎の表情が固まった。
周囲に居た刑事、そして母親、百合子、富子、徳次郎が唖然とした顔で正一郎の顔を仰ぎ見た。
正一郎は顔を伏せる。
「あなたは本当は正冶郎さんなのではないですか?」
正一郎の肩がわなわな震えだす。
「えっ、お、お前、本当は正治郎なのかい?」
母、美津が震える声で問い正す。だが正一郎はがぶりを振って答えない。
「もしあなたが正治郎さんだとすると全ての説明が上手くいきます。まず私が思うに、将太さんの妹さんである真奈美さんと、正冶郎さんは以前からお付き合いをしていたのではないでしょうか? そんな状況に転機がやってきてしまった。ご主人の寿命に伴う相続の問題がです。ご主人は自分の体の事もあり、正一郎の縁談をすすめ藤林家を引き継がせようと考えた。当然正治郎さんと百合子さんは家を出なければならなくなる。家を出ていきたくない正治郎さんは正一郎さん殺害を考えた。正一郎さんが死ねば自分が後継者になれるからです。しかし、単純にそれを行えば真っ先に自分が疑われる事になる。そう考えた正治郎さんは正一郎さんに摩り替わり、正治郎さん自身が殺された事にしたのではないかと思うのです……」
正一郎は俯き目を剥いたまま動かない。
「もし将太さんが協力をすれば、正治郎さんは、正一郎さんとして、縁談の話を破断させ真奈美さんと結婚するという約束をしていたのではないかと推測したのです。無論、将太さんにも相応のお礼は別に用意されていたと思いますが……」
真奈美は肩を震わせながらも黙って話を聞いている。
「真奈美さんにしてみれば藤林家の後継者である正一郎さんの妻になれるのであれば、藤林家の財産の半分を手にしたも同然です。しかし仮に正冶郎のまま一緒に家を出ていくことにでもなれば、真奈美さんにとっても得るものは少なくなり、正冶郎さんとの結婚も口約束程度だったとするならば、二人がいつ別れてもおかしくありません。将太さんは自分と自分の妹の為に正治郎さんに協力をすることを決めたのではないかと思います」
将太は、項垂れたまま大きな動きは見せない。
「実は私は大村神社まで行ってきました。そこで真奈美さんがお札以外に結婚成就のお守りを買い、絵馬に結婚祈願を書かれたのを発見して、私の中のその考えが強まりました」
一緒に大村神社まで行った長谷川刑事は成程という顔をしていた。
「そのような色々な思惑が絡み合い、今回の事件は複雑で、難解な事件になっていったのでしょう……」