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      第二の殺人  参

 そうして、二階堂警部に促がされ、私は第一の事件現場である正冶郎の部屋へと赴いた。


 正冶郎の部屋の前には刑事が待機していたが、特に捜査が進展している様子は見受けられなかった。


「では、どうぞお入り下さい」


 二階堂警部が手袋を嵌め、電気のスイッチを入れる。


 部屋に明かりが灯り、以前覗いた時は薄暗い中に遺体しか見えなかったが、細かな部屋の様相が見えてくる。


 部屋は窓のない部屋だ。畳敷きの奥行きのある六畳間で、部屋の真中には赤黒い血のシミが付いた布団が敷かれていた。掛け布団は横によけてあったが、その中央にも赤黒いシミがあった。


 部屋の奥の右側には床の間があり、節くれ立った槙の木の床柱を挟んで左側には、押し入れや備え付けの箪笥が見える。その箪笥の前には脱ぎ捨てられた服が無造作に置かれてあり、部屋の両側面は砂壁になっていた。


 押入れの手前にテレビ台とテレビが置かれていて、印象としては個人の部屋というよりは旅館の部屋に近い感じだ。


「さあ、それでは、お聞かせいただいても宜しいですかな?」


 早速、二階堂警部が聞いてきた。


 それまでの部屋の状態や、今までに捜査上で掴んだことなどの説明は一切ない。なにか試されているような感覚を受ける。


「少し時間を下さい。それと部屋の状態は遺体発見時から変わっていませんね?」


「ええ、掛け布団が掛けられた上で、日本刀を突き立てられていた遺体があったこと以外は何も変わっていませんよ」


 部屋の入口の場所は、右手前の端にあり、左手前の砂壁前には本棚があった。開いた時襖戸が収納される戸袋部分と本棚の間には、背の低い木製の勉強机が置いてあり、その前には座布団が置かれてある。


 その背の低い勉強机の上にも小さな本棚が載っており、そこには文庫本のような小さな本が並べてあった。


 さすがに、その部屋で生活をしているだけあって、部屋の隅には脱ぎ散らかした靴下が丸めてあったり、雑誌が積み重ねられていたり、机の上もペンが出ていたり、メモ帳が置かれていたり、輪ゴムで纏められた古そうな年賀状があったり、箱が無くなってしまったのか適当に積み重ねられた古そうな花札があったり、ペン立てには無造作にペンが突き立てられていたりした。机付近は特に雑然としている。正冶郎は結構だらしが無い性格だったのかもしれない。


 私は部屋の戸に近づいて鍵の形状を確認した。


 鍵は襖の引き戸の下にあり、襖のイメージを壊さないように、彫刻が施され真鍮色をした趣のある作りだった。


 ただ基本的にはツマミを捻るタイプのサムターン形状の鍵である。縦が開く横が鍵が掛かる形状だ。戸が収納される戸袋の後方には、屑入れが置かれ、その先に先程の勉強机があった。


「さあ、どうでしょう解りましたか?」


 二階堂警部は再び急かすように聞いてくる。


 私はその屑入れ辺りをもう一度見た。


 屑入れには紙を丸めた物が幾つか突っ込まれていた。机と屑入れの間には、机から落ちたのか、短い鉛筆や花札が数枚落ちていた。


 私は必死に考える。


 ……ん? あれは!


 私はあるものを見付けてハッとした。


 瞬間的に、私の頭の中に、どうやって密室を作ったのかが映像として浮かんできたのだ。


「わ、解りました! 解りましたよ警部さん」


 私は嬉々とした顔を上げた。


「わ、解ったって、どう解ったんですか?」


 私は密室が解けた事が嬉しく、顔が自然と綻んでしまう。


 私は大きく息を吐いて、呼吸を少し整えた。


「警部さん、ここにあるものに手を触れたり、取ったりしても平気ですか?」


 本当に解けたか半信半疑の警部は躊躇した。


「いや、動かしたり触られるのは困りますな」


 二階堂警部は頭を掻きながら答えた。


「それでは警部さん、私が似たような物で、それを実演してみますから、堅いボール紙とセロハンテープ、鋏、釣り糸を持ってきて頂けますか? それとこの部屋と同じ鍵の付いた部屋はありませんかね」


「な、何? ボール紙とセロハンテープ、鋏、釣り糸だって? それに部屋を移って実演してくれるというのですか?」


「ええ、そうです」


 二階堂警部は訝しげな顔で私を見る。


「わ、解りました、至急用意させましょう」


 二階堂警部は傍にいた刑事に声を掛けて、それらを持ってくるように指示をした。


 数分後、私達は初めてこの家に来た時に案内された書院に移動した。そこへ刑事が私の頼んだ物を持って戻って来た。


 そして監視の任に付いていない刑事も一緒に話を聞きに来ている。


「じゃあ、説明してもらえますかな?」


 二階堂警部が急かすように聞いてきた。


 刑事達も好奇の視線を送ってくる。


 私は、受け取った道具を広げ、手元で準備をしながら説明をした。


「えーとですね、実は、サムターンを回して、外側から内側の鍵を掛ける事は、準備さえ出来ていればそれほど難しくはありません。こういう物があれば良いのです」


 私は堅いボール紙を鋏で十センチメートル×三,五センチメートルに切って、その切った堅い短冊のような物を刑事たちに見せた。


「ほう、そ、それがですか?」


「はい、これです」


 私は笑顔で答えた。


 そして、私はその三,五センチメートル×十センチメートルの堅いボール紙を二つ折にして端をセロハンテープで止めた。


 そして、さらに面の下辺部分一センチメートル程にセロハンテープをぐるぐると巻き付け、二つ折の厚紙片がパカパカ開かないように工夫する。


「一応これが完成形です。さて、この二つ折にした紙の隙間に釣り糸を通します」


 私は先程の小さな厚紙片に三メートル程の長さの釣り糸を通し、その釣り糸を輪の様に結んだ。


 二つ折りの厚紙片と、その隙間に釣り糸が輪状に引っかけられた物の完成だ。


「戸は開閉をするので、完全に閉鎖されている訳ではありません。戸と壁の間に僅かに隙間があります。その隙間が広ければ広いほど作業がやりやすくなっていきます。特に屋内の襖戸はその隙間が大きいとも云えます……」


 私は釣り糸が上側にくるように気を付けながら三,五センチメートル×五センチメートルの厚紙片をサムターンの抓みの上に突き刺した。


 そして、そこから出ている輪状にした事により長さが半分の一,五メートルに減じた二重の釣り糸を束ねて持ち、部屋の中の戸の隙間に差し込み、廊下に回りこみ、その飛び出た釣り糸を廊下側に引き出した。


「これで準備は完了です。じゃあ、やってみますよ」


 刑事たちは廊下側に出た。二階堂警部は部屋の中で見ていた。


 戸を閉じると、私は身を低く構えながら、隙間から出た釣り糸を引っ張りだした。


 釣り糸が緊張して上の辺に結び付けられた釣り糸が水平からやや斜め下に引かれてサムターンを縦から横へと変える。


 ガチャという音が鳴った。


 鍵が掛かった音だ。


 刑事たちは固唾を飲んでその様子を見ている。


 横向きになったサムターンとそれを覆う厚紙片。


 私は急がず、ゆっくり釣り糸を引いた。


 横向きになった抓みに引っ掛かっていた厚紙片が横に引かれる力で滑りスポッと抜ける。


 その感覚を引き手で感じながら、更に釣り糸を更に手繰り寄せていく。そして厚紙片が戸と隙間に引っ掛かりそれ以上引けなくなった。


 そこで私は徐に鋏を取り出し輪状になっている釣り糸の一部を切断した。


 その上で輪ではなく一本の紐になった釣り糸を手繰り寄せていく。完全に釣り糸を巻き上げそれをポケットに入れてから立ち上がった。


「どうでしょうか?」


 一人の刑事は驚いた顔をして私を見て、別の刑事は少し首を捻っている。


 中からガチャという音が聞こえてから襖戸が開き中から二階堂警部が憮然とした顔で出てきた。


「た、たしかに、鍵はしまったが、この厚紙片が残ってしまっているじゃないか、こんな物が残っていたら一目瞭然だよ、それに、こんなものは戸の前には落ちていなかったぞ……」


「警部、その厚紙片は触れてはいけないと言われたので私が作った物です。その厚紙片をよく見てください。現場にあった何かに似ていると思いませんか?」


 二階堂警部は渋い顔をしながら厚紙片に目をやった。


 次の瞬間、二階堂警部がハッとした顔をする。


「は、花札か?」


「その通りです」


 私は笑顔で答えた。


「恐らくあそこにあった花札は、全て一度洗ったかなにかで、わざとボロボロにした物だと思います。そして側面側の縁取りもわざと剥がしたり、厚紙の側面をわざと切り開いたり、糖分が多いコーヒーを上から掛けたりした後に乾かしたり、とカモフラージュが色々されていると思います。ですが恐らくあの屑籠近くに落ちていた内の一つには、側面がカッターか何かで面に対して平行に切り裂かれ、その上下は簡単に剥がれないように糊かなにかでしっかり固められた。この厚紙片と同じ働きをするようになっている物があるはずです。私は先ほどそれらしい一品を目撃しました」


 すぐさま刑事たちが、花札を確認する為に正冶郎の部屋に駆け込んだ。


 しばらくすると刑事が驚いた顔をしながら戻って来た。


「警部、確かにその状態になった花札がありました……」


「そ、そうか……」


 二階堂警部は頷いた。


 そして何度も頷いた後、私の方へ顔を向けた。何か言いたげな顔をして、躊躇してを繰り返した挙句、搾り出すように声を発する。

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