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      事情聴取  肆

 家族や家の使用人に関しての質問に行き詰ってきたのか、二階堂警部がゆっくり私を見た。


「さてと、それでは唯一の部外者である小説家の先生に、お話をお伺いしたいと思うのですが宜しいでしょうか?」


「は、はい」


 私は緊張気味に応える。


「上野の方からある程度の事は聞いているので、伊賀上野に到着してから、遺体を発見した時までのお話を聞かせて頂けますでしょうか?」


「わ、わかりました」


 私は静かに話し始めた。


「まず私は、朝八時頃に芸濃町の実家を出て、タクシーで伊賀上野までやってきました。最初に伊賀上野城に入って見学し、その後は伊賀流忍者博物館を見ようとしたのですが休館で入れませんでした。城の南側の城下町のあった辺りに移動して、松尾芭蕉の生家を見学して、武家屋敷を二つ程外から見学して、歴史ある寺院などの史跡を見ながら色々歩き回った末、こちらの屋敷に辿り着いたのです」


 私は上野城の入場券を財布から出しながら説明をした。


「なるほど」


「その後、百合子さんにご案内頂いてお屋敷の中へ……」


 私の説明を二階堂警部は納得気味に頷いて聞いていた。


「……そうですか、まあ、あなたは、ほぼ関係ないと思いますが、万一、何かあるかもしれませんので、あなたとこちらの家の関係者との関係や、あなたの家と藤林家の関係などは一応調べさせて頂きます。申し訳ないですがご了承願います」


 二階堂警部が真摯な態度を見せてくれたので、私の肩の力が少し抜けた気がした。


 そんな折、玄関の方から、「ひゃあああ!」という変な声が聞こえてきた。と思ったら、一人の刑事が血相を変えて広間に駆け込んできた。


「だ、大変です警部。ひ、被害者が、蘇って化けて出ました!」


 その後ろからスタスタ誰かが追って来ている。


 そして、その誰かは戸の隙間から姿を現した。


「お、おい、な、なんで、ひ、被害者が、立って歩いているんだ!」


 二階堂警部も目をひん剥いて身を後方へ反らしている。


 その男は白いシャツ姿で、茶色っぽいスラックスを履いていた。人相は聡明そうな顔立ちで、丸い眼鏡を掛けている。好男子然としてはいるが、唯一の欠点としては顎が手前に突き出ており、俗に言う受け口であった。その欠点がなければ相当の好男子だと思われる。


 しかしながら私は遺体の顔を見ていないので、警部達が言うように、それが正冶郎という人物なのかどうか判断が付かなかった。


「百合子、母さん、一体何があったのです? この人達は誰ですか?」


「ああ、正一郎、今帰ったのですか、実は大変な事が起こってしまって……」


「えっ? 正一郎だって?」


 この部屋に来る前に遺体を確認していたと思われる二階堂警部は、その声を聞き、何度も振り返り顔を確認する。


「申し訳ありません説明が遅れました。長男の正一郎です。一応、弟の正冶郎とは双子なのです」


 それを聞いた二階堂警部は、大きく息を吐いた。


「ど、どうりで…… 瓜二つな訳だ……」


「百合子、母さん、一体何があったのです?」


 再度の質問に、母親が重々しく口を開いた。


「……正一郎。心して聞いて下さい…… しょ、正冶郎が死にました……」


「えっ?」


 状況が読み込めないらしい正一郎は困惑した表情を浮かべている。


「……しょ、正冶郎が死にました…… 正冶郎が死んだのです。部屋で刺されて殺されていたのですよ!」


 母親は感情が高ぶったのか、語尾の方は叫ぶように言い放った。


「そ、そんな、嘘でしょ」


 驚愕の表情を浮かべ正一郎が聞き返す。


「嘘ではありません。本当の事です。ここにいる方々は刑事さん達です。正冶郎の殺害の調査にいらしているのです」


 正一郎は拳を強く握り僅かに唇を噛んだ後、いきなり部屋を出た。


 部屋の外からはタタタタという歩く音が聞こえてくる。恐らく正冶郎の部屋に行ったのだろう。


 五分程すると、正一郎は蒼白な顔で戻って来た。その肩がわなわな震えている。


「一体、だ、だれが、あんな事をしたのですか!」


 正一郎は部屋にいる全ての人に、怒りの視線向けながら質問する。


 それに二階堂警部がやんわりと答えた。


「まだ解りません…… 今それを調べている所なのです……」


 正一郎は棒立ちのまま動かない。


「まあ、お怒り、憤りは解ります。ですが、少し落ち着いて下さい。お座りになられてはいかがでしょうか?」


 二階堂警部に促がされ、正一郎は警部の隣りに半ば強引に座らされた。


「それで、今、ご家族の方々に色々お話を伺っていた所なのです……」


 そして、警部は少し躊躇いがちに続けた……。


「……その、なんと申しますか大変恐縮なのですが、えーっ…… 正一郎さんの朝から今までどのような行動を取られていたかを、少々お聞かせ願いたいのですが……」


 正一郎の顔色が変わった。予想外の質問がきたせいかもしれない。


 私も先程経験したが、疑われていると思うと、熱くなっていたものが急に冷やされ、妙に身構えてしまうのだ。


「ま、まさか私を疑っているのですか?」


 怒りと驚きの入り混じった震える声で正一郎が聞く。


「いえいえ、正一郎さんがいらっしゃる前に、他の方にも同じような質問をさせて頂いていたので、一応お伺いさせて頂こうかと、警察の調書を作る際の形式的なものと思って頂ければ幸いです」


 二階堂警部は目尻を下げ、頭を掻きながら申し訳無さそうな笑顔を向ける。

 さすがに長年やっているようで聞き込みの際に話を引き出すツボを心得ているようだ。


「……私にはやましい事などないですから、別に良いですよ話します、それよりちゃんと犯人を捕まえて下さいね」


 正一郎は納得がいかない様子ながら説明し始めた。


「私は、朝八時頃いつものように家を出て、佐那具駅から列車に乗り、伊賀上野駅で伊賀線に乗り換えて上野市駅まで行きました。そして、いつも行っている上野城傍にある。喫茶メルシーで朝食を食べてから、図書館に入り、閲覧室で色々な本を読みふけっていました。そしていつもどおりの時間で切り上げ、ここへ帰って来たのです。只それだけですよ」


 横で上野刑事が手帳に詳細を書き込んでいく。後で確認に行くのだろう。


「……なるほど、先程お母様にもお伺い致しましたが、ほぼ毎日の日課的になっているという事ですね」


「ええ、そんな感じです」


 正一郎は多くを語らず返事をする。自分の話などより、事件の本筋の話を進めて欲しいといった感じだった。

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