第7話 〈黄金剛腕〉とD級冒険者。
都市テファス冒険者ギルドの奥から、突如として現れたスキンヘッドのギルドマスター。
なぜか、ギルドに来たときにちらりと見かけた三つ編みツインテールで眼鏡をかけた小柄な少女のような女性職員が、その屈強な太い脚にひしとすがりついている。
その人間離れした3メートルを誇る巨躯とギルド中を震わせた怒号。
そして怒りに血走った緑の瞳に、俺が思わず圧倒される中。
「ぐおおお! ガキぃぃっっ! コケにしやがっでえぇぇっ! 殺スうぅっ!」
俺の背後でもう一つ。ギルドマスターよりは一まわり小さな巨躯が立ち上がる気配に、俺は慌てて振り返る。
狂気に血走った目。その手には、大人の身の丈ほどもある大剣が握られていた。
「はぁ!? ギガスっ!? もう復活かよっ!? まさか体がデカい分、体力もあるから回復も早いってことなのか!? くっ!」
咄嗟に右手を前にかざし、逡巡する。
ーーどうする? 腕輪の電撃の出力をもう一段階上げるか?
けど、これ以上は下手すれば、相手に後遺症が残る怪我をーー
俺が躊躇。プリアデが腰の剣の柄に手を、シルキアが前傾姿勢をとる中。
「「いいっ加減にしろやぁっ! このクズがっ! ギガスっ! ううらああぁぁっ!」」
「お、おでの大事な、げげ剣がっ!? ぎ、ぎぎゃあああぁぁぁっっ!?」
背後から一足で俺を追い抜き、怒号とともに吹いた剛風。
振り抜かれた巨大な右の鉄拳が、大剣を砕き、ギガスの巨体を吹き飛ばし、入り口の頑丈な扉に叩きつける。
地響きのような轟音。
いつのまにか固唾を飲んで見守っていた多数のギルド職員たちが小さく悲鳴を上げる。
黄金色の鉄甲をまとった巨腕。
3メートルの巨人がふしゅうぅ……! と荒々しく息を吐く。
「「おい。クズ冒険者くずれども。お帰りはあちらだ。そこのデカくて邪魔な荷物を持って……! 俺のギルドから、さっさとっ! 出ていけえぇっ!」」
「「ひひひゃ、ひゃあああいいぃぃぃぁぁぁっっ!?」」
蜘蛛の子を散らすように、さっき俺たちに絡んでいた不良冒険者たちがまとめて逃げ出した。
ちゃんと気絶したギガスの巨体を協力して引きずっていくあたり、どうやらあれで仲間意識はちゃんとあるらしい。
……ブチ切れたギルドマスターに逆らうのが怖いだけの可能性もあるけど。
……俺だって怖えよ。
「さっすがギルマスぅっ! 強ぉい! カッコいいぃっ! 都市テファスが誇る二つ名持ちの大・英・雄ぅっ!
元A級冒険者〈黄金剛腕〉っ! ゴルドガルド・カッツェぇっ!」
後方で、他のギルド職員がドン引きする中。
屈強な脚にすがりついていた少女のような眼鏡の小柄な女性職員が三つ編みツインテールを振り乱して、ぴょんぴょんと嬉しそうに元気よく飛び跳ねる。
……んん? いま一瞬ミニスカへそだしノースリーブでポンポン振りながらぴょんぴょんしてる姿を幻視したが、俺の目の錯覚だよな?
それにしてもこの女性職員、本当に成人か?
まあ俺と同じ成人したての15歳なら、ほとんど子どもみたいなもんだけど。
はい、今日からいきなり大人ね。なんてなれねえし。
つーか、あんたさっきからマジでギルマス好きすぎねえ? 大ファンなの?
そうこうしている間にも、三つ編みツインテールで眼鏡の女性職員……もう三つ編みツインテ眼鏡っ娘でいいや。は再び、ひしとギルマスの太い脚にすがりついた。
はあ、とそんな三つ編みツインテ眼鏡っ娘を一瞥し、深々とため息をついたギルマス。
……なんか、日頃からすっげえ振り回されてそうだな。
ギルマスは今度は、太ももを露出しながらひざを抱えて座ったままのサキュアをギロリと睨みつける。
「てめえもだ、サキュア! いつまで現実から目を逸らしてやがる!
いい加減、てめえが駆け出しの頃に将来を誓いあった男に手ひどく捨てられた過去なんざ引きずって! 関係のない奴らに妙な復讐してねえで、前を向け!
なんなら、俺がいまのおまえの歳に見合ったいい男を紹介してやる!」
「……そうね。それもいいかもね」
泣き晴らして化粧のすべて落ちたサキュアが憑きものの落ちたような表情で立ち上がった。
「お願いするわ、ゴルドガルドさん。でも今日はもう、帰るわね。ぶ厚く塗った仮面も、こうして見事に人前で剥がれ落ちちゃったことだし」
告げるサキュアが儚げに微笑む。
塗りすぎた化粧の下にあった素顔は、やや地味ではあるが優しげな印象を受ける、十分に綺麗な顔立ちの女性だった。
素顔の地味美人サキュアはストールで大きく開けた胸元を恥ずかしそうに頬を染めて隠し、しずしずとした足取りでギルドを去っていく。
……えええ。マジでギャップがすっっげえんだけど。
しかも間違いなく、いまのほうがモテそうだし。
黙ってその背中を見送っていたギルマス。
もはや子どもそのもの。頬を膨らませて屈強な太い脚をつねる三つ編みツイン眼鏡っ娘には目をやることなく。
──その鋭い眼光は、今度は俺たちを睨みつけた。
「「てめえら……! ギルドでサキュアやギガス相手に派手に大暴れする元気があるなら、スタンピードにいますぐ参加してこいやぁっ!」」
さっきサキュアを諭すときに意図的に抑えていた声とはまるで違う、まさしく怒号。
敵意をもって直接向けられたそれは、ビリビリと至近距離で内臓にまで響く。
ありえないとはわかっているが、それだけで外套の防御障壁が作動する気すらした。
ーーギガスとは違う。デカいだけじゃない。本物の強者の本気の威圧。
「っ……!?」
声が、出ない。口の中が渇く。けたたましく鼓動が、早鐘を打つ。
ーーいや、だめだ。落ちつけ。深呼吸しろ。あまり心を乱しすぎると、また俺の魔力が。
思わず俺が激しく発光しだした胸の赤いペンダントを強く握りしめた、そのとき。
「何よ! こっちが黙ってたら、さっきから言いたい放題言ってくれるわね!」
プリアデがかばうように、ずいと俺の前に一歩出た。
聳え立つ巨人。本物の強者の威圧にも屈さず、腰に手をあててその怒りに血走ったギルドマスターの緑の瞳をまっすぐな青い瞳で睨み上げる。
「……はっ! 言うじゃねえか! スタンピードから逃げ出した腰抜けにしては! なら、言いたいことがあるなら、言ってみろや! ああ!」
「ええ! いいわよ! でもその前に──ギルドのあんたたち全員まとめて、これを見なさい!」
プリアデが軽鎧の懐からじゃらりと何かを、宙に放り投げた。
腰の剣に手が伸び、一瞬ギルドマスターが目を細め──、一閃。
斬り裂かれた袋から、百を軽く超える青い輝きがあふれ、ギルド中に降り注いだ。
「こ、これ……! ま、魔石ですぅっ! ギルマスぅっ! そ、それも、まだ残余魔力で淡く光ってるから、きょ、今日とったばかりの、これは……お、オークの魔石ですぅっ!?」
「こ、これ全部が、なの……!?」
「な、なら、まさか、彼らは逃げ出したんじゃなくて、もしかして……!?」
「お、おい! 何してる! 急いで全員で手分けして拾い集めるぞ!」
床にひざをついて拾い上げた輝く魔石を三つ編みツインテ眼鏡っ娘が緑の瞳を丸くしながら、掲げる。
さっきまで傍観し続けていたギルド職員たちが同じく慌ててひざをついて懸命に拾い始めた。
「ふふ。では、あらためまして。マスター・ゴルドガルド。D級冒険者、プリアデ・ペディントンとその一行。見事スタンピードの依頼を達成して、ただいま帰還したわ」
唖然と口を開けて、驚愕するスキンヘッドのギルドマスター。
「あ、そうそう。あたしがぶちまけた魔石を拾わせる手間は、いまかけられた謂れのない誤解の分から、さっ引いてあげる!」
プリアデは茶目っけたっぷりに片目をつぶって、上目遣いにそう微笑んだ。
……ん、あれ? いま俺たち、ナチュラルに一行扱いされた?




