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第5話 夕焼けと【家】と、重なる夢。

 招かれていた【家】の2階。


 お風呂上がりにしっかりと髪を結って気合いを入れ直したあたしはいま、この上なく――リラックスしていた。


「んっ〜〜!」


 スプーンを運んだあたしの口の中いっぱいに溶け広がる冷たさと、柑橘の爽やかな酸味と甘み。


 思わず、笑みくずれるのが止まらない。


「へへっ! な、プリアデ! 風呂上がりのシルキア特製アイスは最っ高だろ!」


 同じテーブルを囲む、自らもアイスを食べたスプーンを突き出し、いかにもな得意満面な(ドヤ)顔で言うヒキールの言葉。

 なのにあたしは少しも反発を覚えることもなく、頬を綻ばせたまま、こくこくとうなずいた。


 火照った体に沁みる冷たさと甘酸っぱさがたまらない。そう、まさしく最っ高だった。


 ロケーションも最高だ。

 陽が少しずつ傾き始めた空を、ゆっくりと雲が流れるのをぽう、と見上げる。


 障壁で風から守られた【家】の2階四方にあるバルコニーの一つ。

 そこに、そばに控え微笑むシルキアが用意した白い簡易テーブルセットで。お風呂上がりのあたしは家主のヒキールと向かいあい、こうしてまったりとお茶を楽しんでいた。


 いまが街の外。それも移動中だなんて、とても信じられない。


 本来ならいまごろあたしは、スタンピードでの激戦に疲れ果てた体で、帰り道を重い足を引きずって。


 お腹が空いても喉が乾いても、齧れるのは干し肉かパサパサの硬い携帯食。

 飲めるのは、水筒の生温い水くらいで。


 それを思えば、まさに夢のよう。


 ――でも、どこかやはり、こうも思ってしまう。


 これは、冒険、だろうか。


 こんな安全な場所で、快適で。


 ただ揺りかごのように揺られて旅することが、あたしの敬愛するお母さまが愛した冒険と――


「おおっ! 見ろよ、プリアデ! シルキア! すっげえ……! 綺麗だ……!」


 ヒキールの声に、あたしは目を見張る。


 雄大な山々に、目の覚めるような夕焼け。


 燃えるように世界を染め上げる光景が、青い瞳に焼きつく。


 とくん、と胸が自然に高鳴っていた。


 ――わかる。


 きっと、自分の足でも、馬車で旅をしても、同じこの景色は、観られない。


 ――【家】だから。


 心からくつろぎ、安らげる【家】だからこそ。

 こうして、ただ目の覚めるほどに美しい景色にただただ見惚れて、感嘆の息をつくことができるのだ。


 不意にあたしの胸に、まだ幼い頃のあたしを抱きしめるお母さまの言葉が蘇った。


『プリアデ。あなたも冒険者になりたいの? 

 そうね。あなたならきっと、私にたどりつけなかった場所――あの未踏領域にだって、たどりつけるわ。

 そして、そこにしかないものを観て、そこでしかできないことを体験するの。きっとできるわ。

 だってプリアデ。あなたは、私の宝物。ただ一人の大切な愛する娘だもの』


 ――はい。お母さま。


「……プリアデ。俺さ、生まれつき魔力量が人並み外れて多いんだ。けど、そのくせ魔法とか身体強化とか魔力を放出する才能がまるでなくて。幼い頃は、いつも自分の魔力に苦しめられてた」


「え……!? そ、それって、魔力の自家中毒症状……!? で、でもヒキール、あんたいまピンピンしてるじゃない!」


 叫ぶあたしに、ヒキールの傍らで首を振るシルキアが補足する。

 紫水晶のような瞳は、憂いを帯びていた。


「この【家】の中にいるからです。プリアデさま。偉大なる先々代、ヒキールさまのお祖父さまがヒキールさまのためにつくり上げた特殊な魔導機構により、ヒキールさまの膨大で過剰な魔力を吸い上げています。だから、です」


 夕焼け空の下。


 ヒキールは、バルコニーの手すりにもたれかかりながら、苦笑する。


「でも、それじゃ、本当にどこにも行けないだろ? まあ俺は、基本的には【家】で研究さえしてれば、満足なんだけどさ。

 ……じいちゃんの機構を解析して、外に出るとき用の発明もしてはみた。それで多少マシにはなったけど、やっぱり長くはもたないしな」


 と、首から提げていた赤いペンダントを握りしめていたヒキールが、暮れる夕陽を背に、あたしに振り返った。


「だから、俺はこの【家】を造った。どこまでも、往くために。

 秘境、魔境、海も、空も、そして家族を捨ててまであのクソ親父が夢中になってのめり込んだ未到領域も、すべて俺が制覇する。

 見たことない景色を見て、未知の素材を手に入れる。できるなら、共に同じ夢を追える家族なかまたちと一緒に。 ……それが、俺の夢だ」


 まっすぐにあたしを見つめるヒキールのその赤い瞳は、間違いなく挑み、そして夢見る冒険者のものだった。


 ――ああ、そうか。この【家】はヒキールにとって、あたしの。


 ゴゥン……!


 ストンと答えが胸に落ち、あたしが口を開きかけた瞬間。


 ――【家】が重々しい音を立てて、停止する。


「名残惜しいですが、ヒキールさま。プリアデさま。どうやらテファスの街の近くまで到着したようです。

 ヒキールさまが言われるには、これ以上近づくと魔導迷彩機構を使用しても、街で何か違和感を覚えるかもしれないということでしたので、ここからは徒歩で向かいましょう」


「ああ、わかった。……外に出るなら、万が一に備えねえとな」と言い、ヒキールは外に出る準備を始めた。


 シルキアが用意したやけにゴテゴテとした外套を羽織り、1階への階段を降りていく。


 その間際、ヒキールがふと振り返った。


「あれ? そういえばプリアデ。いま何か言いかけてなかったっけ?」


「ううん、なんでもないわ。早く行きましょ」


 すっきりした笑顔で首を振って、あたしも後に続いた。


 ――予感がある。


 いまじゃなくてもいい。まだあたしの抱える事情すらも話せてはいない。


 ──でも、あたしと2人の夢と道は、きっと重なるって。


「では、行きましょう。ヒキールさま。プリアデさま」


「おう、シルキア!」


「ええ!」


 【家】の外へ向かい、テファスの街道へと続く扉を3人でくぐる。


 この街できっと、何かが始まる。


 冒険者としてのあたしの勘が、なぜだかそうささやいていた。


 ──大好きなお母さま譲りの、あたしの勘が。

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