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第4話 少女剣士、おもてなしを満喫する。

 ――実は、冒険者にとって依頼というものは、地味に帰りが辛い。


 行きは、装備も体調も万全。依頼達成に向けて、やる気も熱意も満ち溢れている。


 でも、帰りは。


 ──疲労困憊。過酷な戦いに装備も、時には身体も傷んで。


 それでも、成功したならまだ希望はある。


 少しだけ温かくなった懐で、自分へのささやかなご褒美に、いつもは節約してつけないデザートをつけてみたりだとか。 


 けれど、思うような結果を出せなかった日は。


 駆け出しもいいところで、苦労を分かち合える仲間もいないあたしは、一人。


 足取りも重く、辛く。

 時には悔しさに涙ぐみながら、土や血で薄汚れた体を引きずって。


 今朝、急遽冒険者がかき集められた過酷な依頼。

 あのスタンピードでの激戦を終えた後の都市テファスへの帰り道。


「ふぁ〜〜」


 ――あたし、プリアデ・ペディントンは広々としたお風呂に浸かり。


 すっかりリラックスしきった、だらしない息を吐いていた。



 ***



 ――いまから数十分前。


『プリアデさま。お疲れでしょう。どうぞ、まずはこちらの冷たい果実水を。それから、お風呂の用意ができております。どうぞ、過酷な戦いの汗と疲れを癒してください』


 飛び込んだ2階のバルコニー。


 あたしをバケモノ【家】に招き入れた、あのスタンピードで共に戦った敏腕メイドのシルキアの、そのあまりにも魅力的で抗いがたい素敵なお誘いに。


 あたしは「ちゅ〜」とストローで美味しい果実水で喉を潤しながら、ほとんど反射的にこくこくとうなずき、その甘い言葉に甘えるしかなかった。


 ――ぱしゃっ。


「ふ〜〜! 一時はどうなることかと思ったけど。終わってみれば、スタンピードの依頼は大っ成功ね!

 これであの家から、お父さまから自由になる日が一歩近づいたわ!」


 心地よい達成感に一人こぶしを強く握りしめ、あたしはあらためて視線を巡らせる。


「それにしても、まさか本当にこんな街への移動中にお風呂に入れるなんて。湯船もとんでもなく広いし。

 こんな何人も一度に脚をおもいっきり伸ばして入れそうなお風呂なんて、きっと高級宿でもなかなかないわよ。

 まあ、高級宿とか、あたしはお金ないし泊まったことないけど……」


 すっかりすべすべつるつるになった腕をなんとなくさすりながら、ひとりごちる。


 ありがたく使わせてもらった芳しい果実の香りのする洗髪剤シャンプー洗体液ボディーソープに、ほどよく温かいお湯。


 すっかり心は蕩けて、リラックスしきっている。

 こうして浸かっていると、まるで日々の過酷な冒険の疲れがお湯の中にすべて溶け出していくようだ。


『ふふ。どうぞ、過酷な戦いの汗と疲れを癒してください』


 シルキアの言うとおりに、まさしくあたしはいま、とてもとてもとても──癒されている。


「本当に、このバケモノい……正式名称は、移動要塞【俺の家】だったわね。ヒキールがちょっと訊いただけで飛びついて、散々あたしに自慢してくれたけど。

 ふふ。でも、【家】について話してるとき、あんなきらきらした子どもみたいな目しちゃって。こんな【家】をつくるなんて、どんなとんでもない奴かと思ったけど、拍子抜けよ。

 ふふ。それにしても、よっぽど魔導技術の研究が好きなのね」


 ぱしゃっ。


 温かな湯船に浸かったまま、近づき、窓の外を見る。


 この【家】を支える8本の頑丈な魔法金属脚は、いまもガシャガシャと軋みを上げ、都市テファスに向けて、忙しなく動いていた。


 深々とあたしは、息を吐く。


「でも、本当にそれだけのことはあるのよね。いまも高速移動してるはずなのに、まったく感じないくらいに振動はこないし。

 まだシルキアに案内された場所しか体験できてないけど、空調で快適な温度に家中保たれてるし。

 このお風呂だって、水循環機構と不純物分解機構で24時間いつでも好きなときに温かいお風呂に入れるなんて画期的だわ。

 ……うん。と言っても、自慢げにヒキールが話してくれたこの2つの機構の理屈は、詳しくないあたしには、さっぱりわかんないんだけど。

 でも、いつでも好きなときに温かいお風呂に入れるのは、最高だわ!」


 ちなみに、いまあたしが外を覗いている窓ガラスも、外からは中が見えないように特殊な加工がされているそうなので、一安心だ。


 ぱしゃっ!


「――よし!」


 すっかり癒され、英気は養った。


 浸かっていた湯船から立ち上がる。ぽたぽたと雫を玉の肌ではじきながら、あたしは一人こぶしを握り、気合いを入れる。


 まだヒキールたちからも何も話は聞けていないし。あたしも、何もあたしの抱える事情を話してはいない。


 ――けど、もし。


 もしもヒキールたちの夢と、あたしの夢が、ほんの少しでも重なることがあったら。


 ――青い瞳で、脱衣場の鏡を見つめる。


 軽鎧の下に着ていた服を着直すと。艶めく金の髪を決意とともにポニーテールに結い直した。


 着直した服はすでに洗濯されていて、なんだかいいにおいがした。

 さらに軽鎧も、なんとピカピカの新品みたいに磨かれている。


 …………シルキアのおもてなし力ってば、ちょっと本気ですごすぎない?



 ──そして、あたしは知る。


 この【家】の誇る初めての客へのおもてなしは、まだまだこれからだったのだと。

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