第37話 武天"幼女"─二人、お風呂ではしゃぐ。
【家】の中の、ほどよく湯気が立つ温かに保たれた浴場。
──シャアァァァッ!
「ぬ、うわわぷっ!? な、なんじゃこれはっ!? と、止まらぬうっ!?」
「ちょっ、あーもう! 何やってるのよ! ほら、こっちに貸しなさい!」
勢いよく大量のお湯を浴びて小さな体をびしょ濡れにした小さな手から受け取ると。
あたし、プリアデ・ペディントンは魔導散水器を、ほどよい出力に調整しなおす。
それから、もう一度「はい」と、手渡そうとしたら。
「の、のう? また同じことになったら怖いし……、おぬしが洗ってくれんかのう?」
濡れた桃髪。上目遣いに、いまは愛らしさしか感じない表情で"幼女"。
──S級冒険者【武天】アマシュ・ヘイヴンズは、あたしにそう訴えたのだった。
「ふわぁ〜! 超気っ持ちいいのぅ〜! まさか、こんな冒険先で風呂に入れるとはのぅ〜! こうしてゆっくり手足を伸ばして入れる広い湯船は最高じゃあ〜!
しかもこうして二人でもまだまだ余裕たっぷり! のう? プリアデ」
「ふふ。ええ、そうね。アマシュ」
アマシュは言葉とは裏腹に。湯船を広く使うのではなく、なぜかあたしの前で背をもたれ、ぴったりと寄り添っていた。
すぐ後ろから洗いたての桃色の長い髪にあたしが指をそっと絡めると、気持ちよさそうに目を細める。
──なんというか、すっかり懐かれていた。
あのあと。洗髪液でもこもこになった泡を「おぉう〜! ふわもこじゃあ〜!」
ときゃっきゃと喜ぶアマシュの頭をあたしは洗い、そのまま甘えられてせがまれるままに背中も流してあげた。
……さすがに、前だけは自分で洗ってもらったけど。
『もし、おぬしらが勝った場合の報酬じゃが──なぁに。ここから生かして帰してやっても、よいぞ?』
「ふわぁ〜! それにしても、この洗体液とやらはすっごいのぅ〜!
わしの愛らしピチピチニューボディーの玉のお肌がさらにつるっつるじゃあ〜!」
そう言って湯船の中、無邪気に腕をさする。
こうして幼い姿から受ける印象そのままにはしゃいでいるのを見ていると。
さっきまで遺構の空の下、あたしたちに理不尽な賭けを挑んで、ああして大暴れしていたのがまるで嘘のようだ。
……正直、最初はあたしも思うところがなかったでもないけど、いまとなってはすっかり毒気は抜かれてしまっている。
もしあたしたち家族三人の誰か一人でも傷つけられていたなら、さすがにそうはいかないだろうけど。
そもそもその場合は、ヒキールもシルキアも絶対に【家】に招き入れていないだろうし。
でも、あたしたちがされたのは、全力で遊ばれただけ。
そう。アマシュにとっては、あの程度は所詮"遊び"なのだ。
そして、すっごい目上の、もっといえば天上人のような存在なんだけど、いまさらあらたまった態度をとる気にはなれない。
……だって、正直言って懐いてくれるアマシュはすっごくかわいいし。
一人っ子のあたしにとって、初めてできた妹……は、さすがにちょっとまだ言い過ぎか。
そう。まるで姪っ子ちゃんみたいな気さえしてくる。
『ゴルガルおじちゃんとの結婚式の日取りが決まったら、お知らせするですぅ!』
メイジー? あれはあれでちゃんとかわいいとは思うわよ。本当に。
それにしても、今年で齢百二十とか言っていたけど……いまもそうだけど、はっきり言って言動含めて、いろいろと見た目相応にしか見えない。
もちろん、いまさら本物じゃないとかなんとか疑ってはいない。
──あのとき感じた"圧"。
あたしたち家族三人を手玉にとる圧倒的な実力。
絶技としか言いようのない、あたしたちとは隔絶した技と剣の冴え。
どれをとっても、まさしく伝説のS級冒険者【武天】の名を冠するにふさわしいものだ。
これで全盛期でないとは、とても信じられない。
「ふっふふ〜〜ん、じゃ♪」
ただ、それはそれとして、いまあたしの胸にぽふんとやわらかく頭を乗せながら、気持ちよさそうに鼻唄を口ずさむ姿は。
どんなに高く見積もっても、十一、二歳くらいだろうか、やっぱり年相応の"幼女"にしか見えない。
正直そんなことが起こりえるのかと、いまだ半信半疑ではあるんだけど……。
よくわからないが若返ったと言っていたから、もしかしたら精神もそれに引きずられて幼くなっていたりするのかもしれない。
『わしは、アマシュ! あの【武天】アマシュ・ヘィブンズじゃ! 今年で齢120を数える現役バリバリピッチピチ! 世界にその人ありと指に数えられし、伝説のS級冒険者!』
あの高らかに胸を張ってなされた、ツッコミどころ満載……どころか、ツッコミどころしかない自己紹介のときから、ずっとずぅっと気にはなっていたけど。
こうして甘えてくれる姪っ子ちゃんのように仲よくなったと思えるいまなら、詳しく教えてくれるかもしれない。
「ねえ。アマシュ。訊いていい? あなた、さっき若返ったって言ってたわよね? それって、いったいどうやって?」
「ぬ? おお! 知りたいのかのう? うむ、よいぞ! プリアデ! さっきのシャワーの礼じゃ! おぬしになら教えてやろう!」
くりくりとした真紅の瞳が胸の中であたしを見上げ、蕾がほころぶように口もとが愛らしく微笑んだ。
かわいい。
……アマシュが話してくれた事情を整理する。
一、歳を重ねるごとに衰えを実感していたアマシュは、少しでも長生きし衰えを遅らせるため、様々な、それこそ常軌を逸したような手法をとった。
「うむ! 具体的に言うと、生命力と魔力の高い魔物の、あえて生肉を喰らってみたり、生き血を啜ってみたり! じゃな! 効果があったのかは、わからぬ!」
にぱっといい笑顔で言うアマシュ。
二、そこまでしていても、百二十歳を迎えついに老衰でほぼ動けなく。寝たきりになったアマシュのところに、ある日突然前触れなく、ある男がやってきた。
「ものっすっっごく怪しい年齢不詳の眼鏡の男、名前は、えっと……」
「うむ! "ディザ"じゃ!」
三、そのディザという技師か研究者かという怪しい風貌の白衣の男は、アマシュにある提案をする。
『ふーん。キミがS級冒険者 《武天》アマシュ・ヘイヴンズ? いま百二十歳って聞いてたけど、んー、見た感じなんかもうすぐ死にそうだね?
ねえ、その前に僕のつくった画期的発明、人類の夢……まあ人類なんて心の底からどうでもいいんだけど、僕の夢のこの新しい秘薬を試してよ。
本当は永遠の生命が欲しかったんだけど……いくら僕が超天才でも、いまはまだ無理そうだからね。だから、ひとまず妥協したんだ。若返りなら、理論上はこれでイケるはず。あとは、治験がうまくいけば。
そこでキミさ。衰えたとはいえ、キミほどの魔力と肉体強度があれば、たぶん耐えられると思うよ。ほら、うまくいけば、『まだ生きたい』ってキミの願いも叶うからさ。はは。大丈夫。失敗しても死ぬだけだよ』
四、そ、それって、安全かどうかまったく保証されてない、めちゃくちゃ怪しい超激ヤバ薬の実験た……!
「──で、いまに至る! と、いうわけじゃな! そしてディザのおかげで、無理やり肉体をつくり変えられる文字どおり死ぬほど痛い思いをしながらも、わしは死を待つ老体の身から見事若返りに成功! この愛らしピチピチニューボディーを手にいれたのじゃ!
まあ調子に乗って服用しすぎて全盛期を少ぅし過ぎてしまったが……まああとの楽しみと愉しみが増えただけじゃ! 仮に成長せんとしても、それはそれでよし!
とにかくいまは、この愛らしかわいいわしを存分に楽しまんとのう! さて、では体もピカピカにあたたまったし、そろそろ上がろうぞ! わしはもうお腹ペッコペコじゃ!」
ざぱっと立ち上がり、なだらかなお腹をなでながら満面の笑みを浮かべるアマシュ。
──あたしは言いかけた言葉を飲み込んだ。
いまここにいるのは、再び取り戻したいまの生を全力で謳歌するアマシュ・ヘイヴンズという一人の幼女。
──そうあらためてあたしは、心に留めた。
遅れてざぱっと、玉と雫をはじきながら、あたしも立ち上がる。
「ふふ、そうね。シルキアのつくる食事はいつもとっても美味しいから、すっごく期待していいわよ」
「おおぅ! それは本当に楽しみじゃな! ……ところで、のう? プリアデ」
「ん、なに? アマシュ」
「──もしいまの未熟なおぬしでも自身を削らず、竜に通じる一太刀を放てる方法があると言ったら、どうする?」
「…………え?」
「くかか! なぁに、ほんの気紛れじゃ! 久方ぶりの人のぬくもり、風呂でいろいろと甘えさせてくれたから、少しだけ、のう!
そうじゃな! さらにヒントが知りたければ、これからわしの髪と体を拭いて乾かして──まだまだ思う存分に甘やかしてくれるが、よいぞ!」
S級冒険者【武天】アマシュ・ヘイヴンズ。
──という名の甘えたがりの幼女は、玉の肌に雫をはじき、くるりと振り返りながら、いたずらっぽくあたしに楽しそうに微笑んだ。




