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第36話 武天"幼女"─世界を裂く斬撃と、賭けの決着。

 ──人相手だとは、思わない。


 竜。いや、それ以上。


「魔導収束重砲! 〈烈風弾〉!」


 同期した【俺の家】の前面砲塔が唸りを上げ、


 ──【武天】アマシュ・ヘイヴンズ。


 プリアデの全身全霊の剣をたやすく弾き、無数の残像を使うシルキアを下した"幼女"の姿をした勝利の高笑いを上げる災厄へと、俺はその膨大で巨大な魔力の塊を撃ち放った。


「くかか! おっきいのう! とてもこの華奢な童女わらはめの手では受け止めきれぬ大きさじゃ、が」


 〈空蹴〉。


 そう呼ぶ技術で、無防備に背中を見せていたアマシュがふわりと体勢を立て直す。


「──確かに攻撃はせぬがなぁ、迎撃はせぬとは、言うておらんぞ?」


 重砲との衝突の刹那。

 恐ろしいまでに濃密に圧縮された魔力で、アマシュの左手が輝いた。


 そして。


「〈世斬よぎり・手〉!」


 音すら置き去りにした、一閃。

 一瞬のち、轟音と爆風が辺りに撒き散らされる。

 斬り裂いた余波に押され、空中でわずかに吹き飛ぶ"幼女"の体。


 それが、左手で裂かれた重砲が、竜にさえとどいた俺の切り札が【武天】アマシュにもたらしたわずかな成果だった。


 ──それが、どうした!


「くかかかか! いまのが最後の頼みの綱か? 惜しかった、いや少しも惜しくはないかのう? じゃが、これで──!?」


「弾種選択、誘導弾! 左右両面、後方、再度前方! 連続収束! 重砲〈烈風弾〉連続斉射ぁっ! さあ根比べといこうぜっ! アマシュ・ヘイヴンズっ! いっくぜえぇぇっ!」


「ぬうぅっ!?」


 再び空を裂く、裂く、裂く膨大な魔力の塊と、輝く左手。

 轟音。爆風、爆風、爆風。


 ──その度に"幼女"アマシュの小さな体は吹き飛ばされ、徐々にその衝撃にブカブカの衣装が傷んでいく。


「ぐぬっ、無駄な足掻きを……! じゃが、それほどの大技! いかに強力な魔導兵器であろうと魔力が長くは続くまい! そろそろ撃ち止めであろっ……!?」


「はっ! 撃ち止め? いったい何のことだよ! まだまだいくぜっ! そらよっ! 〈烈風弾〉超! 連射ぁっ!」


 再び空を裂く、裂く、裂く、裂く、裂く、裂く、裂く──。


 【家】の魔力だけではない。完全に波長を合わせた遺構の魔力。

 吸い上げ尽くし、古代魔導文明の遺構を機能停止させかねない、【家】の砲塔が焼きつく勢いで、撃ち続ける。


 ──あたれば、勝ちだ!


 いままでどんな攻撃にも余裕たっぷりだったアマシュが、受けずに捌かずに斬るというのは、つまりそういうこと!


「ぐっ、ぬぬぬぬぬっ……!」


 その証拠に、焦れたように空中で輝く左手を振るうアマシュの衣装が重砲を斬り飛ばした余波だけで擦り切れたようにぼろになっていく。


 そして、何よりも──


「ふう、待たせたわね。いまなら、いけるわ!」


「よし! 合わせてくれ、プリアデ! こっちもとっておきでいくぜ! 前面、左右両面、収束同期、そしてさらに再同期!」


「ええ! はああぁぁぁっ! 〈斬! 天〉!」


「魔導収束重砲──三重トリプル! 名づけて! 〈超・烈風弾〉っ! いっけえぇぇっ!」


 ──いま、もう一枚の切り札が、そろった。


 輝く左手で重砲を切り裂き、爆風に吹き飛ばされた直後のアマシュを。


 左右から同時に、


 休み回復し、跳ぶ、プリアデの全身全霊の竜にとどいた魔力刃が。


 最大威力の俺の三連重砲が呑み込み──


「いぃぃっかげんにぃっ! せぬかぁぁっ! 〈世斬〉っ!!」


 ──刹那。腰から抜き放たれた目の醒めるような美しい真紅の刀の一閃が、そのすべてを、世界そのものを斬り裂く。


「っ!? 魔力障壁っ! 限界を超えて超最大出力っ! 一瞬でいい! 保たせろぉぉぉっ!」


 悲鳴のような軋みを上げる【俺の家】の障壁。

 深く遺構の床を刻んだ裂け目からは水が浸み出した。

 湖を割り、彼方までとどいただろう斬撃は、後方でまるで大津波に似た轟音を立てる。


 そして、ひび割れながらもギリギリ保たれた障壁の中。

 再び激しく消耗。着地し、荒く息を吐くプリアデを俺の体に寄り掛からせ。


 俺自身も激しく鳴る動悸を抑えながら──まっすぐに指を差す。


「アマシュ・ヘイヴンズ……! 賭けは、俺たちの……勝ちだ……!」


「ぐ、ぬ、ぬぅ……!」


 右《使わないはずの》手に持った、真紅《使わないはずの》の刀。


 空中に立ち、思わず怒りと衝動にまかせて抜き放ったのだろうアマシュの顔が歪む。


 ──《《左手以外は使わない》》。


 本人には傷一つなく、余力は十分。


 それでも、S級冒険者、【武天】の矜持にかけ、自ら定めた賭けの条件を破るわけにはいかない、と。

 ならこの苛立ちとモヤモヤは、いったいどうすればいいのか。と。

 一度振り上げかけたこぶしの下ろし方がわからずに唇を震わせる"幼女"。


 ──そこに近づく存在が見つめる紫水晶のまっすぐな瞳に、こくりと俺がうなずいた直後、空中で声がかけられる。


「アマシュさま」


「ぬ、おぬし……」


 一度は力まかせに彼方まで飛ばされた。


 だが、アマシュとの激しい戦いの中、〈空蹴〉と呼ばれる技術を完全に会得。

 空中に立つシルキアがメイド服のスカートの裾をつまみ、恭しく頭を下げた。


「この度の賭け、その始まりの是非はともかく。結果的には、ハンデつきとはいえS級冒険者との戦闘という得るものの多い望んでも得難い貴重な機会をありがとうございました。

 いかがでしょう。お召しものも大変汚れ、傷んでおられます。我が主人も望んでおいでです。どうぞ、私たちの【家】でぜひゆっくり羽を休めていってください。

 ……美味しいお食事や、甘いお菓子もご用意いたしますよ?」


 くうぅ〜〜。


 返事の代わりに、かわいらしい音が鳴り、ぼろぼろの服を着た"幼女"が、空中で、ぼっと頬を赤らめる。


「ふ、ふん! よ、よかろう! 存分にもてなされてやろう! おぬしの言うとおり、馳走と、それから服も用意せい! このような薄汚れた姿では、S級冒険者として格好がつかぬのでな!

 そ、それから……う、ぬ、ぬぅう……! ええぃっ! おのが定めたルールは破らんっ! 賭けは、おぬしらの勝ちで、よいっ!」


 ──S級冒険者【武天】アマシュ・ヘイヴンズ。


 真水竜をやっとのことで倒したあとに突如として降って湧いた、俺たちの生殺与奪を握る理不尽の権化。


 人の姿をした災厄は、そう言い放った。


 そっぽを向き、少し不貞腐れた素直でない──子どもそのものの表情で。


「ふふ、はい。もちろんです。お風呂も用意してありますよ」


「おおっ! そ、それは、本当かっ!?」


 ──はは。さっすがシルキア。最後は俺なんかより、よっぽどうまくまとめてくれたなぁ。


 これで、もういまこれ以上、気紛れを起こすこともないだろう。


 美味しいごはんに、甘いお菓子に、温かなお風呂に、綺麗な服。


 きらきらと子どもそのものに真紅の瞳を輝かせるアマシュを見て。


 ──俺は、ようやく生きた心地がして、ゆっくりと息を吐いたのだった。

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