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第35話 武天"幼女"─千手を賭ける。

 一瞬の隙を狙い、刃が閃く。


「シルキア・ハースメイド、まいります」


 唯一使える左手《盾》を大きく外に広げさせられたアマシュ。


 ──〈地摺り・弧〉。


 プリアデの全身全霊の斬撃は、このほんの一瞬の間、地より天を斜めに斬り上げる巨大な致死の"一線"となり、アマシュに左手を戻すことを許さない。


「──これが狙いか! やるのう、おぬしら!」


 ブカブカのキモノの裾がひらりと翻り、


 そして。


「くかかかか! よいぞ! 思ったよりも、ずっとずっと愉しめそうじゃ!」


 左手を戻すのではなく、致死の"一線"を体ごと跳び越え一回転。

 空中で上下逆さとなったアマシュの左手がシルキアの刃を受け止めた。


「お褒めにあずかり光栄です。ではどうか、このままお付き合いを──千手ほど」


「くかかか! 千とは! また大きく出たものじゃ! よかろう! 来い!」


「言われずとも、はあああぁぁっ!」


 疾風怒涛の連撃。左右二刀。鋭い蹴りと、両足先の仕込み刃。


 右手斬り、左手、右手、右蹴り、左脚仕込み。

 回転し、連動し、メイド服を翻し、隙をなくし、息もつかせぬ速さのそれを、アマシュは左手一本で受け続ける。


 空中を自在に泳ぐように回転し、高笑いをしながら捌き、いなす。

 そしてシルキアも、それに追従していた。

 ──何もない空中を、蹴って。


「くかかかか! よい! よいぞ! おぬしのその動き! まさかこのわしにここまでついてこれるとは! なかなかよい〈空蹴〉じゃ!」


「では、ヒキールさまのおかげですね。あのときは障壁でしたが、空を蹴り足場にするのは初めてではありませんので。おかげで、慣れました」


「ぬうっ!?」


 直後、シルキアの動きが変化する。


 〈空蹴〉。おそらくは、足下から放出した魔力を極小固形化。

 障壁を足場にしたときのように空中でそれをすばやく蹴り、左右上下背後。縦横無尽。全方位から攻め立て続ける。


 より速さを、回転を、そして連動を増したシルキアのそれは、もはや残像の檻だった。


「ぐっ、ぬうううぅっ!」


 全方位無数のシルキアに囲まれ間断なくアマシュが襲撃される。

 寸でのところで左手でそれを受け続けながらも、まるで空中に縫い留められたように、すでに一歩も動くことができていなかった。


 ──【俺の家】全砲塔魔力充填、並びに各砲塔同期行程、完了度九十九パーセントで発動待機状態を常時維持。


 遠隔操作でいまできる準備を終え、俺は再び戦場の空を見上げる。


「く、ぬ、く、かかかっ! その速さ、鋭さ! 実に将来有望な才ある娘じゃ! うーむ! このままでは、わしもさすがにきついのう!」


 あと一歩。

 残像の檻をさらに徐々に狭め、俺の目からもそう見えたそのとき。


「じゃが、惜しむらくはなぁ。おぬしの攻撃は……あまりにも軽すぎる」


 檻の中心。そう言って嘲笑うように、受け続ける左手の《《指》》を、アマシュが開いた。



 ──状況は変わらず、そして同時に一変していた。


「嘘……でしょ……?」


【俺の家】の下に立つ、俺のすぐ近く。


 全身全霊の一撃を放ち、激しく消耗したプリアデがひざをつき、荒く息を吐く。見上げ、小さく唇を震わせた。


「指一本、で……!?」


「くかかかかっ! まあ、こんなものじゃ。いかに速く鋭かろうと──」


「くっ…………!?」


 アマシュは変わらず左手しか使っていない。


「──所詮、わしの指一本で止められる程度の力では、のう?」


 開いた五指。

 親、人差し、中、薬、小指。


 恐ろしいほどの魔力が凝縮されたその指一本ずつそれぞれで、シルキアの全力の一撃を受け、弾き、そして体ごと振り回す。


 いまやシルキアの〈空蹴〉は、膨大な魔力を込めた強固なアマシュのたてに弾き飛ばされた自らの体を立て直すのに使われ、すでにどちらが攻めているのかすらわからない。


「まだ、ですっ! はあああぁぁぁっ!」


 アマシュを囲むように、シルキアが空中で縦横無尽に跳ねる。

 無数の残像を伴う激しい撹乱。


 フェイントを混ぜ、そのタイミングで、と完全に虚を突く一撃が。


「さん」

 右手の斬撃、親指と人差し指。


「くっ!」

「にぃ」

 左手、人指し指と中指。

 そこから始まる連撃が。


「いち」

 右脚仕込み刃、突き、中指と薬指。


「くっ、はあああぁぁっ!」

 渾身の魔力を込めた左脚仕込み刃の斬撃。


「ぜぇろ。……くかか! これで千、じゃな?」

 ──薬指と小指。


「くうううぅぅあああぁぁぁっ!?」


 そのしなやかな四肢を五指で挟み、空中で完全に捕らえ縫い留めたシルキアを左手一本でアマシュはそのまま彼方へと投げ飛ばす。


「も、もうしわけありません……! ヒキールさま……!」


 悔しさに目を閉じ、美貌を苦渋に歪めるシルキア。


「くかか! 才ある若人を見るのは確かに楽しいが……! こうやって潰すのは、もっともぉっと愉しいのう! くかかかかかかかかっ!」


 アマシュの幼気な顔が老獪に、恍惚に歪み──シルキアの目が、開く。


「あとは、お願いします……!」


「ああ、まかせろ! 魔法選択、風! 前面砲塔一から八番、魔導収束重砲──〈烈風弾〉! さあ、受けられるものなら受けてみやがれっ! アマシュ・ヘイヴンズっ!」


「くか?」


「俺の名は、ヒキール! 天才魔導技師、コーモリック現当主! ヒキール・コーモリックだっ!」


 ──その瞬間。


 空中。勝利に緩んだアマシュに向かって。


 遺構の空に響く高笑いを、轟音とともに膨大な魔力の光が切り裂いた。

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