第3話 バケモノ【家】と少女剣士。
「はぁっ、はぁっ……! ひゃく、にじゅうっ!」
【俺の家】の2階リビング。俺が見つめる空中に投影したモニターの中。
全身からほのかに青い魔力の光を放つ金髪のポニーテールをなびかせた少女剣士が、また一体手負いのオークを斬り殺した。
あの青い光は、使い捨ての魔法石を砕いて発動した継続回復魔法だ。
細かな傷はそれで無理やりに治して、冒険者の集団から一人飛び出した少女剣士は、休むことなく果敢にその討伐数を伸ばし続けている。
だが。
「グオオォッ!」
「はぁっ、はぁっ……くっ!」
独り戦い続け蓄積した疲労からか、殺し損ねたオークが一瞬の隙をついて、背中から――
「――させません」
煌めく銀の三つ編みとメイド服のスカートが翻る。
振りかぶった斧がとどく前にシルキアは愛用の2本の短剣で瞬く間にオークを斬り裂いた。
「はぁ、はぁっ……! あ、ありがとう……! で、でも、あなた、誰? メイド服なんて、集まった冒険者の中には、確かいなかったわよね……?」
「はい。お見込みのとおりです。私はシルキアと申します。主人ヒキールさまの命により、馳せ参じました」
「あ、あたしはプリアデよ。よろしく、シルキア。でも、主人、ヒキール……って!? も、もしかして、あのバケモノ【家】からっ!?」
「バケモノ【家】……ふふっ。はい。ですが、いまは話はあとにして、この戦場に集中しましょう。背中は任せてください。何か、お金がいる事情がおありなのでしょう?」
「……助かるわ! そうよ! あたしには、お金が、功績がいるのよ! あの家から、お父さまから自由になるために……! だから、この絶好のチャンスは逃せない……!
あんたたちについてはすっごく気になるけど、いまはあとにするわ! だから、背中はまかせたわよ! シルキア!」
「はい。おまかせください。プリアデさま」
息を整えるために、しばしやや防戦気味に戦っていた二人の少女は、その言葉を合図に背中合わせにそれぞれの刃を手に、一斉に前へと飛び出した。
「……なんか、すっかり息ぴったりだな。この二人」
リビングのソファに座り、外に出る前にシルキアが淹れてくれた熱いお茶をほう……と飲みつつ、俺は縦横無尽に暴れまわる二人の少女をモニターで見つめていた。
一応断っておくが、別にシルキアに外をすべてまかせて、サボっているわけではない。
「おまえらぁ! 負けてられねえぞ! オークどもは手負い、いまがチャンスだ! 先陣を切ったあの勇敢な嬢ちゃんに、つづけぇぇっ!」
「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」
「「グオオオオオオオォォァァァッ!?」」
獅子奮迅の活躍を見せる少女剣士プリアデとその背中を、メイド服を翻して守るシルキア。
それと、いまが好機と遅れて参戦してきた、リーダーらしき男に率いられた200人の冒険者の一団が武器や魔法を激しく打ち鳴らし、手負いのオークの残党と激しく戦っているこの瞬間も。
【俺の家】の外では、大小の作業用アームがいまも絶賛オークの死体を丸ごと【家】の保冷庫に。
あるいは魔石を取りだし【家】の倉庫に転送搬入する作業の真っ最中だ。
――【俺の家】、半自動モード。
あらかじめ打ち込んだ簡単な命令どおりに【家】の各機能を動かす。【家】の最重要にして、最も実装難度が高かった機能だ。
あらかじめ刻んだ魔法を発動する、魔法石の技術の応用でなんとか俺が実現した。
この半自動モードがあれば、俺やシルキアがすやすやと寝ている間も移動ができるし、こうして【家】に作業を進めてもらいながら、俺はまったりとお茶を飲むこともできる。
いまのところは歩行や素材回収といった単純な命令しか実行できないし、トラブルには自分で対応しなければならないが。
「グガァッッ!?」
ゆっくりとシルキアが用意してくれた焼き菓子とお茶を俺が楽しんでいると、ごく微かな衝撃とともに、外から野太い断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
空中に投影したモニターの一つを確認すれば、予想どおりに一体のオークがぷすぷすと焼け焦げ倒れている。
「これで3体目か。うん。全周魔力防御障壁の強度もバッチリだな。まあ、最大出力はまだいまみたいに【俺の家】が止まってるときにしか使えねえけど」
生体魔力通信操作で、作業用アームを追加でいま倒れたオークの死体に向かわせると、俺は「はぁ、美味ぇ……」と、まったりとお茶をまた一口ずずっと飲んだ。
***
……ガシャン。
約三千体。その内、数は少ないが肉用にも使える保冷庫に入れた比較的状態のいいオークの死体と。
山のように大量の魔石を回収転送し終え、作業用アームが【俺の家】の中に収納される。
すでに外は、すっかりと静かになっていた。
辺りには、見渡すかぎりのオークたちの累々たる死体。
こうして終わってみれば、冒険者たちの圧勝だ。
最初に生体魔力感知した数からまったく減っていないから、死者はゼロ。
モニターでざっと確認したかぎりでは、動けないほどの重傷者もいなそうだ。軽傷なら回復薬くらい持ってるだろうし。
──心臓の鼓動が、少しだけ、早くなる。
「……よし、行くか」
意を決し、俺は一人リビングのソファから立ち上がった。
──外は、燃えるような赤い夕焼けに染まる空。
2階のバルコニーに出た俺を待っていたのは、濃い血の臭いが混じった生温い風と、不気味なほどの静寂だった。
見下ろせば200人の冒険者たちは、勝利の喧騒に沸くでもなく、じっと静まり返っている。
その原因は――【俺の家】。
五千体いたオークの半数とスタンピードのリーダー個体、オークキングを殲滅。
8本の魔法金属脚でいまも大地に座す【俺の家】を奇異と畏怖の混じった眼差しで、200人の冒険者たちが見つめていた。
――いや、その中でただ一人。
「ヒキールさま」
役目を終え戻ってきた俺の唯一の家族。姉のようなメイドのシルキアが優しく微笑み、そっと俺の隣に寄り添う。
うなずき、俺は平原中に響くように小型拡声魔導具を口もとにあて、声を張り上げた。
「「俺は、コーモリック家現当主、ヒキール! こっちのメイド服は俺の家族、シルキアだ! どうやら大きな怪我もなく済んだようで何よりだ!
なあ、あんたたち冒険者に頼みがある! いまから俺とシルキアは、都市テファスの冒険者ギルドに向かう! 俺たちがこの移動要塞【俺の家】で討伐した、この約三千体のオークたちの査定のために!
だから、あんたたちの中から一人でいい! 頼む! 証人として俺たちと一緒に来てくれ!」」
俺の言葉に、冒険者たちがざわつきだす。
「コーモリックって……! あの世界的に高名な魔導技師の家系の……!?」
「おお、オークを一人で三千体も討伐するなんて、いくらなんでもヤバすぎだろ……!」
「に、人間的にも、代々ヤバい奴ばかりだって聞くぜ……! と、当時の未踏領域の一つに、手段を選ばずに到達した、先代のディなんとかとか……!」
誰一人名乗り出る冒険者はいない。
さっき冒険者たちを指揮していたリーダーらしき冒険者の男も、「ま、関わらねえのが一番だな」と露骨に目を逸らす。
「――なら、あたしがいくわ!」
その時、一人の少女が他の冒険者が止めようとするのも聞かずに、脇目も振らずに走り出した。
「そこのバケモノ【家】ぇっ!」と見事な啖呵を切ったあの少女剣士プリアデが、金色のポニーテールをなびかせ、駆け。
そして跳び――魔力防御障壁を解除した2階のバルコニーに、俺の目の前に降り立つ。
「ふふ、お待ちしていました。プリアデさま。あらためて、シルキア・ハースメイドです。当【家】への来訪、心より歓迎いたします」
メイド服の裾をつまみ、シルキアは恭しく頭を下げる。
そんなシルキアに「ええ、よろしくね」と親しげに笑いかけてから、プリアデは腰に手を当て、まっすぐに俺を見つめ、快活に笑った。
「お世話になる客として、先に名乗らせてもらうわ。あたしは、プリアデ。プリアデ・ペディントンよ。あんたがヒキールね。一緒に背中を預けて戦ったシルキアから聞いたわ。
あんた、あたしに興味があるんですって? ふふ、奇遇ね。あたしもよ。だって、こんなの興味を持たないわけないじゃない!
あんたたちとこのバケモノ【家】のこと、テファスまでの道中でたっぷり聞かせてもらうわよ! だから、よろしくね! ヒキール!」
俺の赤い瞳と──いまは畏怖なんて欠片もない、きらきらと興味と好奇心だけに輝くプリアデの青い瞳が交錯する。
――ああ、やっぱり超おもしれえな。こいつ。
「ああ、いいぜ! 俺は、ヒキール! コーモリック家現当主、ヒキール・コーモリックだ! 心から歓迎するぜ、プリアデ! ようこそ、移動要塞【俺の家】へ! 記念すべき初めての客、たっぷりおもてなしさせてもらうぜ!」
そして、【俺の家】が再び動き出す。
8本の頑丈な魔法金属脚を軋ませ大地を震わせながら、立ち上がり。
――200人の冒険者たちの驚愕と畏怖と喧騒の中。
俺とシルキアは、【俺の家】の初めての客プリアデとともに、次なる目的地への"一歩"を踏み出した。




