第2話 スタンピード、殲滅。
――その日。駆け出しD級冒険者のあたし、プリアデ・ペディントンは、剣を握りしめ、歯噛みしていた。
晴れ渡る平原の彼方、地平線を埋めつくすオークの群れを前に。
冒険者ギルドの依頼は、こうだ。
『近隣の魔境の森で土地の異常な魔力変動を観測。スタンピード発生。
すでに5つの村が壊滅。至急、都市テファス冒険者有志で討伐を』
褒賞金がいいから、一も二もなく飛びついた。あたしには、お金がいる。
お母さまが亡くなって、何もかもがおかしくなってしまったあの家。
借金で政略結婚を迫るお父さまから自由になるために。
冒険者だった亡きお母さまから才能を受け継ぎ、鍛え上げた剣技を頼りに家を飛び出した。
腕に自信はあっても冒険者としては駆け出しのあたしにとって、この依頼は大きなチャンスのはずだった。
――けど、聞いてたより多すぎる。
地平線を埋め尽くすオークの数は、聞いていた二千どころではない。
その倍以上──五千体を超えていた。
土地の異常な魔力変動がそのとき選ばれた単一種の魔物を異常繁殖、異常活性させる。それがスタンピード。
――それにしてもこの数は、異常すぎる。
集まった冒険者は約200人。
1人10体で二千体を倒す計算のはずが、倍では効かない数がいる。
最悪なことに、相手はオークだ。
女性冒険者が震え、「いや……! 汚い魔物の慰みものなんて、絶対にいや……!」と泣きわめく声が響く。
――あたしだって、怖い。
敬愛する亡くなったお母さま譲りのポニーテールに結った煌めく金色の長い髪も、17歳になってスタイルにだって自信はある。けど、魔物に穢されるなんて、冗談じゃない。
――でも、自由になるために、あたしにはどうしてもお金が必要だ。
固く剣を握り、お母さま譲りの青い瞳で刻一刻と迫るオークたちを睨む。
「お、おい!? い、いったい……! な、なんだよ、アレは……!?」
その上擦ったベテランB級冒険者のリーダーの声に、あたしは顔を上げた。
「っ……!? 何よ、《《あれ》》……!?」
――まるで、悪夢だ。
彼方に、8本の脚が生えた【家】が現れたのだ。
***
――数分前。
「よし! 魔導迷彩に歩行、衝撃吸収機構、すべて問題なし! 姿勢制御も微調整でバッチリだ! あとは――」
【俺の家】の2階のリビング。
ソファに座る俺、ヒキール・コーモリックは、空中に展開した魔導モニターでまだ接近に気づかれていないオークの群れを睨む。
「ヒキールさま、お茶をお淹れしました。大仕事の前に、どうぞ一息入れてください」
「お! さっすがシルキア、気が利くぜ! ありがとな!」
姉のような銀髪三つ編みのメイド、シルキアのやわらかな微笑みに礼を言うと、俺は少しぬるめに調節された紅茶をグイッと飲み干す。
空のカップをシルキアに渡し、ニカッと笑った。
「さて! おあつらえ向きのスタンピードを相手に、この移動要塞【俺の家】の戦闘機構を試すとするか!
予定よりかなり数が多いけど、問題なし! むしろ願ったりってなもんだ!」
映像に映るのは、予想より遥かに上の五千体を超えるオーク。距離は約千メートル。
――ブォン、ブォン。
【家】を支える8本の頑丈な魔法金属脚が足元に魔法陣を展開し、静音機構で軋みと足音を消しながら進む。
魔力感知で捉えた2つの密集した生体魔力反応。
片方は都市テファスから来た200人の冒険者たち。
それより遥かに大きい五千体のオークたちの方へ、【俺の家】はこっそりと静かに突き進む。
「よっし! 魔導迷彩、静音機構、解除!」
――ガシャン、ガシャン!
残り距離500メートルで、轟音とともに【俺の家】が姿を現す。
接近に気がついたオークたちが、大地を揺るがす怒号を上げる。
「「「グガオオオオオオォォッ!!!」」」
スタンピード。魔境の異常な魔力で活性化したオークの群れが、【俺の家】へ突進してくる。
――ここだ!
「全砲塔、展開!」
ガシャガシャガシャ!
【俺の家】の全方位100門の魔導小砲塔が起動し、攻撃魔法陣を展開。
増幅と誘導、そして火の魔法式を込め、派手に!
「全砲門、一斉に――発射ぁぁっっ!」
ズドドドドドドドドドド! ドドドドドドドドドド! ズドォン!
次から次へと放たれる赤い炎の魔力弾幕が視界を埋めた。
絶え間なく続く轟音がオークの断末魔と悲鳴を掻き消す。
そして、数分後。
撃ち続けた爆煙が晴れると、五千体のうちおよそ半分のオークたちが絶命。
残りも重傷を負い、武器を失い戦力を半減させていた。
「グゥゥガァァォォォッ!」
阿鼻叫喚の戦場。そこに一際目立つ巨体の雄叫びが響く。
ただ一体。巨大な斧を振り弾幕を防ぎきった通常オークの5倍を誇る巨躯。
――間違いない。このスタンピードのリーダー個体、オークキングだ。
生死に関係なく倒れたオークたちを踏みつけ、オークキングが猛スピードで突進してくる。
小砲塔十数門程度では、あの突進を抑えるのは、おそらく無理。
あまりに接近されすぎると、魔力防御障壁があっても、全力攻撃だと今度は【俺の家】自身を巻き込む。
「ヒキールさま。ここは私が出ましょうか?」
真剣な瞳で見つめるシルキアの問いに、俺は首を振る。
「いや、大丈夫だ、シルキア! こういうときのための【俺の家】のとっておきを試すまでだ!
さあ! 前面砲塔1から8番、同期開始! 収束魔法陣、構築!」
ガシャ、ガシャッ! ブォン!
前面8門の小砲塔を同期し、大型攻撃魔法陣を展開。
これが、大型砲塔の代わりの俺の切り札――擬似大口径だ!
「魔導収束重砲――〈極炎砲〉! ぶっ飛べぇぇっっ!」
「グガァァォォォッ!」
同時に、危機を察知したようにオークキングが巨躯を震わせ、【家】へと手にした巨大な斧投擲する。
――だが。
ズズドォォォォォンッッ!
天地を揺るがす轟音。極炎の一撃が、迫る巨大な斧を粉々に焼き砕き、そのままオークキングの巨体に風穴を開けた。
「グ、ガ、オォ…………」
その威容に似つかわしくない弱々しい断末魔。それきり崩れ落ちた巨体は、二度と動くことはない。
「よっっし! 勝ったぁぁっ!」
──間違いない。確信した。
スタンピードすら圧倒する【俺の家】の超火力。
俺の発明は、この【俺の家】は、秘境、魔境、そして未踏領域でも絶対に通じる!
「やりましたね! ヒキールさま!」
「ああ! シルキア!」
【家】の2階リビング。シルキアと抱き合い、俺は初めての勝利の喜びを分かち合う。
「よっし! いつまでも喜んでばかりもいられねえ! 次は素材回収だ! 全方位に魔力防御障壁を張って、この場所にしばらくとどまらねえと!」
「はい。ヒキールさま。では、今度こそ私もお手伝いを――」
「ちょっと! そこのバケモノ【家】ぇっっ!」
「──うおっ!?」
その時、突如としてモニターに戦場に飛びこんできた少女が映った。
ポニーテールにまとめた金髪をなびかせ、見事な太刀筋で一太刀で手負いのオークを絶命させる。
「独り占めなんて、許さないわよっ! 家から自由になるための、あたしのお金ぇっ!」
「「グガオォォォォッ!?」」
そのまま、獅子奮迅の勢いでオークの残党を次々と蹴散らし始めた。
「へえ! なんかすっげえおもしれえヤツがいるなあ! でもさすがに数が多いし……なあ、頼めるか? シルキア」
「はい、もちろんです。ヒキールさま」
シルキアがメイド服のスカートをふわりと翻し、下から短剣を2本シュッと取り出す。
使い込まれ、よく手入れされた刃が鈍く光った。
ちらりと覗いた白くまぶしい太もも。思わず俺の頬がかあっと赤くなる。
「では、お使いに行ってまいります。本当に珍しくヒキールさまが強く興味を持たれたあの方もお守りして参りますね。
ふふ。だから、いい子で待ってないと、めっ、ですよ?」
そう言ってシルキアは片目をつぶって美しく微笑んだ。
――姉のように優しく、やんちゃな弟をいたずらっぽくたしなめるように。




