第16話 生命を駆けた覚悟と、最強の乱入者。
ーー何を、何をしめせばいい?
『俺を止めるなら、いまこの瞬間だけだ』
月夜の下。
俺に、ゴルドガルドから突きつけられた問い。
否応なしに激しくなる鼓動。
ついに魔力暴発寸前まで赤く激しく点滅し始めたペンダントを握りしめながら。
頭の中がぐるぐると際限なく廻り続ける中、俺は、問う。
ーー魔導砲塔? 魔力障壁、結界?
【家】の快適性を? 作業用アームを?
踏破性能を? 隠蔽性能を? まさか、腕輪の電撃を?
それとも、いっそ……この暴発寸前のペンダントに起爆分の魔力を注いで叩きつけて、魔力爆発させればいいのか?
ーーいや。
そのとき。その青い瞳がまっすぐに見つめていることに気がついて、俺は見つめ返した。
プリアデ・ペディントン。
自らの"剣"という覚悟を示して、俺より先に、ゴルドガルドに認められた少女。
ーーなら、俺がしめすのは。
いまここで、俺が示さなければ、ならないのは。
ブヂッ……!
「うううおおおぉぉっっ!」
「何っ!?」
俺は、無理やりに暴発寸前の魔力で身体強化して、ペンダントを繋ぐ鎖を引きちぎった。
「あああああああああぁぁっっ!」
そして、驚き身構えかけたゴルドガルドのオッサンを余所にーーおもいっきり明後日の方向へ、放り投げる。
「ぐっ……!? う、ううぅあああっっ!?」
「ヒキール!?」
ーー当然反動は、すぐにきた。
久しぶりに感じる、そして二度と感じたくない、慣れた痛みと、熱。
赤い蒸気のように立ち昇る、俺自身を害する、俺自身の、魔力。
大量の脂汗をかきながらその場にひざをつき、それでも、いまできる声の限りをかけて、叫ぶ。
「聞いて、くれ……! ゴルドガルドの、オッサン……! 俺は、生まれつき、他人より並外れて魔力が、多くて……! そして、その魔力に、ずっと、苦しめられて、きた……!」
朦朧とし、霞み始めた目で、そこにいる男に向かって、見上げ、叫ぶ。
「過剰な魔力を、吸収する、魔導具を使っても……! ほんの少し、外に出ただけで、この、ざまだ……!
俺は、この【俺の家】がなきゃ、どこにも、いけない……! いけないん、だよ……!
この【家】は、俺の剣で、武器で、家で、大切な、家族のいる場所で、俺の、すべてだ……!
頼む……! ゴルドガルドのオッサ
ン……! 俺から、【家】を、俺の夢を、自由、を、奪わないで、くれ……!」
それは、自分でも信じられないくらいに小さな声しか出なかった、俺の魂の、叫び。
「ヒキール、おまえ……」
だが、その小さな小さな叫びに、ゴルドガルドは確かに狼狽えーー
「っ……?」
ーー霞む視界の端、月が、陰った。
「ぬうううっ!?」
ガキィィィィンッ!
直後。衝突する金属。
そして、絶え間ない剣戟の音。
「ぐうううぅっ! お、おまえはっ……!?」
「ヒキール! これを!」
プリアデが拾い、胸に押しつけてくれたペンダントの力で、ようやく少し楽になり、視界が戻ってくる。
ーーそして俺は、見た。
空中で縦横無尽に躍る、氷のような怒りとともに両手から放たれる幾重もの銀閃と、翻るメイド服から伸びる、脚。
「ぐっ……!? ギルドにいたときから、ただのメイドじゃないと思ってはいたが……! まさかすでに手負いとはいえ、この俺の顔に傷をつけるほどとはな……!
本格的にやり合う前に、もう一度名を聞いておこうか!」
「シルキア・ハースメイドです。以後お見知り置きを。マスター・ゴルドガルド。あなたがどれほどの方であろうと、ヒキールさまを傷つけるものは、すべて私が排除します」
「ハースメイド……! なるほどな……! メイドに執事、護衛、暗殺。
あの直系、傍系関係なしに、主人のためならなんでもする、異常なほどに忠実な従者であることに喜びを覚えるイカれた家の出身か……!」
「どう思おうが、あなたの自由ですが……私はハースメイド家の使命、ヒキールさまのお傍にお仕えすること、そして家族であることに誇りを持っておりますので」
シルキアが不快そうに形のいい眉を跳ねさせる。
「なに、家族、だと……? くく! そうか……! どうやらイカれた家の中でも、おまえはさらに変わり者らしいな……! まあ、俺が知るあの人形じみたヤツよりは、よほどマシだが……!」
「マスター・ゴルドガルド。いまさら阿られ何を言われようと、手心は加えませんが」
「はっ! 安心しろ、シルキア・ハースメイド! こっちも、そのつもりはない……!」
一触即発。
着地し、黄金の手甲と左右に携えた2本の短剣。互いの得物を掲げ、殺気をぶつけ合い、対峙する。
足先に仕込んだ刃物(いや、そんな危ないもの仕込んでたのか? マジで)
長くしなやかな脚でゴルドガルドの頬に新たに一筋の傷を刻んだシルキアと。
跳躍し奇襲から始まる一連の無数の剣戟を、驚くべきことに(いや、どういう精神力してんだよ? マジで)
【家】の障壁で焼け爛れた右腕も躊躇なく使って、最後のシルキアの隠し手(脚)以外すべて凌ぎきったゴルドガルド。
「やめ、ろ……! シル、キア……! ゴルド、ガルドの、オッサ、ン……!」
拾ってくれたペンダントのおかげで多少息はしやすくなったものの、まだ叫ぶ力もない俺と。
「やめなさい! 二人とも! くっ、だめ……! いまのあたしじゃ、とてもじゃないけど、割って入れない……!」
限界を超えて魔力を振り絞り、満足に戦闘もできないプリアデ。
「くそっ、こうなったら……!」
「ヒキール!? だめっ!?」
止めたいという思いだけが先走り、俺がついに胸のペンダントに起爆用の魔力を注ぎ込み始めたその瞬間。
「もぅ〜! なんで途中から、急にすごい勢いで走っていっちゃうんですかぁ!
こんな暗い夜に、こんなところに、わたしを置いていかないでくださいよぅ! シルキアさまぁ!」
ーー声が、響いた。
いまのこの場に似つかわしくない、平和で間延びした、かわいらしい、声。
「め、メイジー、さま? こんなに早く、どうやって追いついて?」
「め、メイジー? な、なんで、いま、ここに?」
「なんでってぇ、シルキアさまに途中で置いてけぼりにされちゃったからぁ、体力回復ポーションがぶ飲みして、全力疾走して追っかけてきましたよぅ! もうお腹ぽっこりたぷったぷですぅ! これは経費で落とさないとぉ!
それに、ギルマスがわたしに言ったんじゃないですかぁ!
査定が終わったら、メイドの嬢ちゃん、シルキアさまと一緒に追いかけてこい……って、ゴルガルおじちゃんっ!?」
別に、言うほどぽっこりと膨らんではいないお腹を撫でていたメイジーが素っ頓狂な声を上げる。
一目散にまじまじと驚き見つめるゴルドガルドのもとへと駆けた。
同じように、まじまじと驚き見つめるシルキアも2本の短剣を構えたまま、思わずそれを黙って見送る。
「うわあぁん! すっごいすっごい怪我してるよぅ! ゴルガルおじちゃん、死なないでえぇっっ!」
「いや、待て! お、落ち着け! これは死ぬような傷じゃ、うわぶっ!? や、やめろっ!? メイジーっ!
回復ポーション(特大)をそんなにバシャバシャかけるなっ! いったい一本いくらすると、うわぶぁっ!?」
肩掛けの魔法鞄から取り出した、とても大きな瓶を小さな体いっぱいに抱えて。
その中身を次々バシャバシャとメイジーは、ゴルドガルドに、大好きなおじちゃんに、頭からぶっかけていく。
いつのまにかシルキアも短剣を納めて、困惑しつつも、静かにその光景を見守っていた。
そんな叔父と姪の二人をじっと見ていたら、思わず笑ってしまい、そのとき思ったことがつい口をついて出た。
「……なあ、プリアデ。間違いなく、この中で一番弱いんだろうけど──ある意味この中で、最強だよな。メイジーは」
「ふふ、そうね。あたしもそう思うわ。ヒキール」
俺とプリアデは、ひざをついたまま寄り添いながら笑いあった。
──この一触即発の場を丸くおさめてくれた、
一途に恋するかわいい、そしてきっとちょっと小ずるい三つ編み眼鏡の女の子に向かって。




