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第15話 プリアデの事情・後。(少女にとっての、剣)

「クリッド・ラグリッチーーラグリッチ男爵は初めて会ったとき、お父さまに言ったわ。そして、お父さまはそれに飛びつき、甘えたの」


 すっかりと更けた月夜の下、プリアデは訥々と語り続ける。


 俺の手の中のコーヒーは、すでに冷たくなり始めていた。


『やあ、初めまして。キミがアーヴィン君だね。私はクリッド・ラグリッチ男爵。無能にて座を追われた前領主に代わり、新たにこの地を治める領主に任じられたものだ。

 なに、キミは何も心配しなくていい。亡くなられたキミの妻、騎士ノーブレナの勇名と活躍は私も高く評価している。

 そして、アーヴィン君。没落したとはいえ、バロウズ男爵家の血筋であるキミもね。なに、悪いようにはしない。すべて私に任せてくれたまえ。アーヴィン君』


「その日から、お父さまとあたしは、ラグリッチ男爵のお金で生きてきたの。家を出るまで、ずっと。

 お母さまとの思い出の詰まった家は、すでにあたしたち家族のものではなく、ラグリッチ男爵から貸し与えられたもので。

 お父さまがラグリッチ男爵からの借金を元手に始めた慣れない投資や商売を失敗しても、少しも責めることなく。それどころか、お父さまやあたしの生活の面倒を見てくれた。

 そしていつしか、お父さまは……本当に、何もしなくなった。ラグリッチ男爵の庇護の下、ただお母さまとの思い出に浸りつづける生活を受け入れた。

 当然、返すあてのない借金は、際限なく増え続けたわ」


 冷たくなったコーヒーとともに、俺は、プリアデの話を飲み下す。


 ラグリッチ男爵。そして、父アーヴィン。

 それが、プリアデの自由を縛る男たちの名前か。


「偉丈夫、と言っていい男だと思う。撫でつけた茶色の髪と立派な髭を生やした。でも、あたしは初対面からその真っ黒な瞳が苦手だった。

 柔和に微笑みながら、どこか獰猛で、本当は何を考えているのかわからない、あの人の心を見透かすような瞳が」


 初めて会ったときのことを思いだしたのか、プリアデは両腕で自分の体を抱く。


「そして、いまから半年前。あたしの17歳の誕生日に、お父さまは言ったわ」


『ああ、喜んでくれ! プリアデ! ラグリッチ男爵がおまえを見初められ、一年後の18歳の誕生日を迎えたら、妻に迎えたいとのことだ! 

 その暁には、僕のバロウズとブレナのペディントンを家名に加えてくださると! プリアデ、これで間違いなくおまえは幸せになれる! 

 苦労なくこれからの人生を過ごせるんだ! 空の上から僕たちを見守ってくれるブレナにも、これでいい報告ができる……!』


「20歳も離れた、あたしたちを実質的に金で囲う、数多の愛人を侍らせそれを隠そうともしない男と、愛する娘との結婚を心から祝福してーーお父さまは、そう……言ったのよ」


 胸に渦巻く激情を押し殺すようにプリアデは、言った。


 そして、すっくと立ち上がる。


「だから、あたしは決めたの! お父さまからも、あの家からも自由になるって! 冒険者になって、お母さまから鍛え上げられ、受け継いだこの剣一本で稼いで! 

 ラグリッチ男爵からの借金を綺麗さっぱりに全部返済して!」


 凛と姿勢を正し、プリアデは、まっすぐに月へと剣を掲げた。


「大好きなお母さまがかつてそうしたみたいに──あたしは、この世界を自由に旅して、冒険するって、そう決めたのよ!

 この剣一本で、あたしの前に立ち塞がるどんな障害からも、未来を斬り拓いて!」


 月明かりが掲げた剣に反射する。

 金色のポニーテールが獅子のたてがみのようにたなびく。

 眩しいくらいに輝く青い瞳には、一切の迷いはなかった。


 そして、それと同時に、心の底から驚いた。


 ーープリアデ。それって、俺と、同じ。


「……なるほどな。目的は、家名か」


 何事かをつぶやいたゴルドガルドだが、すぐに「いや、なんでもない」と、かぶりを振った。


「プリアデ。おまえの事情はわかった。おまえにとっての剣の意味もな。

 そして、ヒキールにとっての【家】がおまえの剣と同じだとおまえが言うなら、おまえを新たな英雄候補と認めた身として、この場は退いてやろう」


 組んでいた負傷した腕を解き、ゴルドガルドが感じる雰囲気を和らげる。


「ーーだが、そこまでだ」


 喜びかけた俺を、次の瞬間、氷のような冷たさが再び刺した。


「ヒキール・コーモリック。重ねて言う。プリアデがいま俺にしめした理由と覚悟に免じて、この場は退いてやろう。

 だが、おまえとその魔導兵器が危険であり、脅威であることに変わりはない。

 冒険者ギルドに戻れば俺は、ギルドマスターとしての責任をもって他の都市の全ギルドへ通達を出す。危険である、と。

 まあ、実質的な指名手配だな。ひとまずは監視措置までではあるが。それでも、おまえの行動の自由は大きく制限されるだろう」


 ゴルドガルドは、そこで一度目を閉じ、開き、


 ーー俺に、問う。


「俺を止めるなら、いまこの瞬間だけだ。さあ、どうする? 異端と凶気の天才魔導技師ディザウスの子、ヒキール・コーモリック」


 再び赤く激しく残り時間を示すように点滅し始めた胸の赤いペンダントを、ぎゅっと握りしめる。


 ーーいま、選択のときが、来た。

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