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第14話 プリアデの事情・前(一代限りの騎士爵)

 深く沈む静寂の月夜の下。


「どうしてヒキールにこの【俺の家】を自由に使わせるべきか。それは、ヒキールにとってのこの【家】が、あたしにとってのこの剣と同じだからよ」


 俺が用意した、正確にはシルキアがあらかじめ淹れて【俺の家】の保管庫で状態を保って保存しておいた温かいコーヒー。

 一度戻り、俺が【家】から出したマットに座るプリアデがコーヒーを両手に抱え、ほぅ、と暖をとり息を吐く。


 そのプリアデの傍らには、くだんの、この状況を文字どおりに斬り拓いた"剣"が置かれていた。


 まだそれほど冷える季節ではないが、それでも夜が更けると外はそれなりに肌寒い。


 同じくマットに座る俺もずず、と温かいコーヒーを口にして、暖をとる。


 シルキアが俺のために淹れてくれたコーヒーは紅茶と同じく、やっぱりいつでも最高だった。


「……おまえのその剣と、同じ? どういう意味だ? 続きを話せ。プリアデ」


 ただ一人マットに座らず少し離れ、負傷した両腕を治療すらせずに組んで立つ巨人。

 都市テファス冒険者ギルドマスター、ゴルドガルドがあごをしゃくった。


 コーヒーもマットも頑なに固辞したこれが、紛れもなくいまの俺とゴルドガルドのオッサンとの絶対的な距離感だ。


 一触即発でなくなったいまのこの状況が、プリアデがつくってくれたほんのひとときの安堵だってことが、言わずもがなによぅくわかる。


 ーーだから、なんとしてでも認めさせなくちゃいけない。


 プリアデが覚悟をしめしてつくってくれたこの機会に。

 俺もまた、相応の覚悟をしめして。


 とはいっても、そのためにこの短い時間で何をすればいいのか、ゴルドガルドのオッサンに何を見せればいいのかが、まだわからない。


 もし万が一、選択を失敗したら、そのときはーー


『おまえの先代。異端と凶気の天才魔導技師ディザウス・コーモリックの忌々しい【地枯らしの魔毒】のように』


 無骨な砲塔を鈍く光らせる【俺の家】を無意識に見上げていた俺は、ぶんぶんと浮かびかけた考えを振り払うように、首を振った。


 ーー俺は、クソ親父(ディザウス)とは違う。


 ちゃんと手段を選んで、手順を踏んで、正面からゴルドガルドのオッサンに認めさせてみせる……!


 俺の大切な家族みんなで、【俺の家】で世界を往くために……!


 そのためにも、いまは……!


 確固たる決意を胸に秘め、俺が目を向けると。プリアデはちょうど話し始めるところだった。


「ヒキール。まだ言ってなかったわね。あなたにもシルキアにも、あたしの事情。

 あたしのお母さまーー元冒険者ノーブレナは、昔ある地方で起きたスタンピードでの活躍によって、そこの地方領主から異例にも騎士爵に任じられたの。小さな町を小領地として与えられて。

 それがお母さまと、地方領主から補佐として紹介された没落した男爵家筋だったお父さまとの出会い。

 そして、二人三脚で慣れない領地経営に励む二人はいつしかお互いを想い合うようになり、誰にも断ち切れない強い絆で結ばれ──そして、あたしが生まれたの。」


 離れた場所に立つゴルドガルドは、なんとも言えない顔で眉をしかめていた。


 初恋の女性の他の男との馴れ初め。

 しかもその幸せを手にしたはずのプリアデの母親がもう亡くなっているともなると、複雑なものがあるのかもしれない。


「とても仲睦まじい家族だったわ。お母さまも、お父さまも、あたしがいたずらしたりしたら怒ったり怖いところもあるけど、とっても優しくて。幸せだった、本当に。

 ……いまから約4年前。その地方領地を襲った大規模な魔物の群れの襲撃。すでに一線を退いていたお母さまがその戦闘で騎士として戦って深手を負い、その傷がもとで亡くなるまでは」


 遠く、懐かしむような声で、プリアデはそうぽつりとこぼす。


 ーー回復魔法や回復薬の効きめというものは、傷を負ってからの時間が経てば経つほどに効きにくくなる。

 その悪化し化膿した深手を治すには、より効果が高い回復魔法や高価な回復薬が必要になる。ーーまさに悪循環だ。


 ゴルドガルドのオッサンの顔についた切り傷のように、冒険者や兵士に消えない傷や体の一部を欠損した人がいるのは、そのためだ。

 プリアデの母親も、おそらくは……間に合わなかったのだろう。


「プリアデ。先ほどは曖昧になってしまったが、ノーブレナさんの身に起きた不幸。あらためてお悔やみ申し上げる。

 ……そして、いまのでわかった。ノーブレナさんの『騎士爵』だな? いまおまえが抱えている事情のすべては」


「え? それって、どういうことだ?」


「ヒキール。引き継げないのよ。『騎士爵』は。この王国においては、一代限りの爵位なの。

 ……あたりまえよね。もともと類稀な戦闘力を持つ自由な冒険者だったお母さまをその地に当時の地方領主が縛りつけるためのものだったのだから」


 ぬるくなったコーヒーに、プリアデはそっと口をつける。


「だから、4年前お母さまが亡くなったその日から、あたしとお父さまは何者でもなくなった。

 特に、お父さまはお母さまを本当に深く愛していたから、ずっとお母さまの補佐だけをしてきたから、本当に何もできなくなって……そうしてどうにもならない袋小路に立たされたあたしたちの前に、救いの手が現れたわ。

 ……いま思えば、取ってはならなかった。けれど、そのときは取るしかなかった救いの手が」


「取ってはならなかった……取るしかなかった、救いの、手?」


 あまりにも妙な言い回しだった。

 後悔と諦めと、そしてほんのわずかな感謝と、それ以外のあらゆる感情がその胸の中で渦巻いているような。


「お父さまとあたしに救いの手を差し伸べたその男の名は、クリッド・ラグリッチ。

 魔物襲撃の際の不手際の責で地位を追われた前地方領主に替わる新たな領主。

 男爵の爵位をその辣腕と貴族たちへ金を配ることで手に入れた商人上がりの男、そして」


 プリアデは一度カップの中へと目を伏せーー俺を見て、言った。


「そして、ヒキール。借金のかたに、何者でもなくなったお父さまとあたしの生活を金で保証する代わりに、お父さまが認めたあたしにあてがわれた20歳離れた……あたしの婚約者よ」


 俺を見つめるその青い瞳は、静かに月を映していた。

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