第11話 楽しい時間と、ギルドマスターの結論。
月夜の下。【俺の家】への道中。
──こんなときにだが、俺は、なんだか楽しくなっていた。
へへっ。こういうみんなで一緒に。なんてのは、考えてみればずっと家にひきこもっていた俺にとっては、初めてだからな。
さっきシルキアとプリアデと一緒に街に向かったときもそうだけど──こういうみんなでっていうのは、やっぱりなんだかいいもんだ。
それに、プリアデに続いての【俺の家】への二人目の来客。
これから、あの都市テファス冒険者ギルドマスターであるゴルドガルドのオッサンに。
俺の努力の結晶、俺の夢──【俺の家】を披露して、自慢の発明の説明を思う存分できるってもんだから、俺にとってこれが楽しくないわけがない。
都市テファスを出て足取りも軽く、月夜の下を3人で、列になって歩く。
胸に提げた俺の膨大な余剰魔力を吸収する赤いペンダントをちらりと確認。
発光具合はギルドを出る前に確かめたときとほとんど変わっていない。まだもう少し余裕がありそうだ。
先頭は当然、【家】への道案内をする俺。
真ん中は3メートルの巨体を誇るゴルドガルド。最後尾は紅一点のプリアデだ。
意外にも、ゴルドガルドの足音はドズンドズン! と、地を揺るがすような地響きを立てることもなく、思ったよりも遥かに静かだった。
なんでだ? と試しに聞いてみたら。
──〈戦基法〉と言うらしい。
どうやらプリアデも修めているそうだが。
戦いにおける最適な立ち姿や歩法、滑らかな体重移動や重心の置き方、といったものが希望者は冒険者ギルドで学べるそうだ。
なんでも〈戦基法〉とは、かなり昔に活躍した英雄──Aを超えた伝説のS級冒険者の一人【武天】が後進のためにギルドに残してくれた、戦いに身を置くものの基本にして奥義だとか。
『まあいままで、さんざっぱら好き勝手やってきたからのう。一つくらいは、他人のためになることくらいせんと、アヤツはロクでもないヤツだった、と後世言われかねんじゃろう?
くかかか! まあ、別に言われても、わしは堪えんがの。なあに、所詮ただの気まぐれよ。気まぐれ』
とは、粋に煙管を吹かしながら件のS級冒険者が〈戦基法〉の教えとともに残した言葉だそうだ。
深く習熟すれば、仰け反ったりだとか空中だとかのどんな不安定な姿勢でも常に重心を一定に保ったり。
身のこなしや次の動きへの切り替えを飛躍的に速くできたりするとか。静音もその中の一つらしい。
もちろん、その習熟度によって効果はピンキリ。
同じ〈戦基法〉とは思えないくらいに、まるで変わってくるそうだが。
たとえば、ギルドマスターのゴルドガルドとB級に上がったばかりのプリアデではもちろん。
冒険者ギルドで俺たちが会ったサキュアやギガスでも違ーーいや、脳筋ギガスは修めてるか怪しいか。でも、まあそういうことだ。
それにしても、やっぱり生身で戦える奴らって、すっげえがんばってるんだなぁ。
詳しく聞いたことはないけど、たぶんあれだけの強さのシルキアも、相当鍛錬してるだろうし。
……そういや10年近く一緒にいて、俺いまだにシルキアが鍛錬してるところ、見たことねえな?
日中は家事とか俺の世話とかですっげえ忙しいだろうに、いつやってるんだろう? ……謎だ。
そう、しみじみと俺が感心したり。大事な家族の姉のような銀髪メイドについて、いまさらながらに訝しんでいると。
「おい」と後ろから業を煮やしたような声がかかる。
「いったい、どこまで歩くんだ? ヒキール。テファスに拠点を置いて長いからよーく知ってるが、こんなに街道を外れても、このあたりには何もないぞ?」
「へへ。そう焦んなって。ゴルドガルドのオッサン。…………お! とか言ってる間に、着いたぜ! ここだ!」
「はぁ? だから、こんな何もない街道外れの夜の草原で何をーー」
「まあ、見てろって! さあ、いくぜ! ゴルドガルドのオッサン! 見て驚けよ! ──【俺の家】魔導迷彩、解除!」
何もない虚空に右手をかざし、''それ''が俺の魔力を認識した瞬間。
「なっ……!? なんだっ!?」
夜の闇を切り裂くように、景色が、空間がぐにゃりと歪み、''それ''がーー
「な、なんだ……!? こ、こいつは……!? あ、脚の生えた、や、屋敷!?」
魔法金属製の8本の脚で大地に根差した二階建ての屋敷。
ーーいまこの瞬間まで、確かに何もなかった草原に【俺の家】が現れる。
あまりの驚愕にか、思わずゴルドガルドがその3メートルを誇る巨体を一歩下がらせた。
「はあ……。何度見ても、悪夢のような光景よね……。テファスへの帰り道で実際に乗ってるときはすごく快適でよかったけど。
一番最初……何も知らずにスタンピードでオーク五千体と対峙してるとき、8本の魔法金属脚でこの【家】がガシャガシャ動いてるのを見たときは、本当に夢に見そうだったわ。
……もしかしたら今日、これから見るかもしれないけど」
プリアデがゴルドガルドのオッサンの横に並び、肩をすくめる。
ーーなんか散々な言い草だな、おい。……と、言いたいところだが。
月夜の下。薄暗がりにぼんやりと浮かぶ【俺の家】は、確かに独特の迫力があった。
特に、周りに何もないせいもあり、遠くから何も知らずに見れば、8本脚の巨大な怪物に見えるかもしれない。蜘蛛とか。
……もし俺が製作者じゃなかったら、ロケーションもあり、いまだってかなりびびってたかもしれないのは、二人には内緒だ。
──まあ、それはさておいて、だ!
「さあ! ゴルドガルドのオッサン! これが俺の約3年間の努力の結晶! 秘境魔境、そして未踏領域!
この世界のどこへでも家族と自由に旅して、冒険するために造った俺の夢! 移動要塞【俺の家】だ!」
【家】の前。
ゴテゴテとした外套を羽織る両腕を俺は、これでもかとおもいきり広げた。
さあ、見てくれよ! 聴いてくれよ! ときっとキラキラした子どものような目で、全身で叫ぶように。
「ヒキール、おまえ……いや、いい」
ほんの一瞬。理解できないものを見るかのように驚愕に目を瞬かせていたゴルドガルドは、やがて小さく首を横に振った。
「よし。なら、さっそく聞かせてもらおうか、ヒキール。このおまえ自慢の【俺の家】とやらで、どうやってスタンピードでオーク三千体討伐を成し遂げたのか」
そこでゴルドガルドがニィッと口の端を持ち上げる。
「まあ、俺がわざわざ言わなくても、しゃべりたくて自慢したくて、しょうがないって感じだがな?」
「へへっ! よぅくわかってんじゃねえか! ゴルドガルドのオッサン! じゃあ、いくぜ! まずは──」
──そこから先は、俺にとって得難いほどに楽しい時間だった。
「こ、この小砲塔が全方位に、総数百門……!? おまけに、お、オークキングを一撃で討伐した切り札まであるだと……!?」
「ほんっと、バケモノ【家】よね。死んでないだけで残り二千体のオークもバッチリ負傷させてたし。まあ、おかげであたしは助かったけど。
あと、シルキアから聞いたけど、魔力障壁も張れるんだっけ?」
「おう! それも一面だけじゃないぜ! こうやって【家】全体を覆う全面障壁だって張れる!」
本当に、楽しい時間だった。
俺が見せる【家】の機能に、説明に、自慢話に。
プリアデが、ゴルドガルドが驚き、賞賛し、心からの関心をもって、また俺に何かを尋ねる。
ーーこの3年。
姉のように、家族として俺を温かく見守ってくれるシルキアはいてくれたものの。
ただ一人、誰にも研究そのものは理解されず。
ただ一人、試行錯誤し続けていた俺の苦労が本当の意味で報われていくかのようでーー
「……なるほどな。大体わかった。おまえが造ったこいつは、確かにとんでもないバケモノでーー」
「へへっ! おう! すげえだろ!」
「ーーギルドマスターとして、とてもじゃないが看過できない《《脅威》》だってことが、な……!」
「……え?」
ーー楽しい時間は、一瞬で終わる。
「おおおおおっ! ううらああぁぁっ!」
次の瞬間、ゴルドガルドの右の〈黄金剛腕〉が【俺の家】に振るわれ、そして。
ーー衝撃。
大地を揺るがすような轟音と、雷光に似た青白い光が辺りを照らした。




