別れ話
久しぶりなので、いろいろご容赦ください。
「別れたいと思っている」
ハグをして手を振り合って別れたその後にかかってきた電話で彼はこう言った。
さっきまで楽しく会っていたのに、そのときには何も言わず電話で、しかも「別れよう」ではなく「別れたいと思っている」という曖昧な表現。
絵美は無意識にため息を一つ吐いた。それが電話越しに聞こえたようで彼、太地が少しだけ動揺したような声を上げる。
「…どうして別れたいのか教えてくれる?」
「好きな人ができたから。…小さくて、優しくて、一緒にいて楽な人」
身長が163センチある絵美は小さいとは言えないだろう。しっかりものだから厳しいこともよく伝えていた。そんな自分とは真逆の像を提示されて、絵美は言葉に一瞬詰まった。
「…」
「…ごめんね」
謝られて急に涙がこみ上げてきた。目頭が熱くなる。声に出そうになるのを必死で留めた。電話で良かったのかもしれないと思った。別れ話をされて泣いている姿なんて絶対に見せたくなんかない。
「ごめん」
「……付き合ってるの?」
「……うん」
「そっか」
自分の彼氏だった人は、ちゃんとクズだったんだなと絵美は思った。
いつだってそうだ。はじめは相手の方が自分のことを好きなのに、すぐに逆転してしまう。そして絵美が大好きになったところで、絵美のことを手放そうとする。
「いつから?」
「…1か月くらい前」
絵美と大地が付き合ってまだ8か月だ。けれど、30歳を過ぎた女性のその時間は大きい。
「絵美より、すきになっちゃったんだ」
聞かれてもいないことに勝手に応えないで欲しい。浮気したのくせにどうして自分が優位みたいに話せるんだろうか。
絵美は職場では課長という職についていて、直属の部下が4人いる。出世は同年代に比べ早いほうだ。仕事だけではなく、家事も人並みにできる。見た目だって気を遣っていた。
「…そっか」
けれど恋愛だけは苦手だった。誰かに隣にいて欲しくて、深く考えずに付き合ってしまう。付き合ってからは、傍から離れないで欲しくて我慢してしまう。
連絡が来ないかスマホが手放せなくなって、常に連絡を気にしてしまうそんな自分が嫌いだった。
大地を好きになったのは連絡頻度が合うと思ったからだ。けれど付き合うまでは一日に数回していたやりとりも付き合ってからは一日に1.2回になって、最近では2日に1回程度になっていた。いつもそんな恋愛ばかり。
「そうだね…別れようか」
「…うん、ごめん」
誰か隣にいて欲しかった。それが大地ではなくてはいけないのか今はもうわからない。けれど、これから隣にいなくなるのは寂しくて仕方がないと思ってしまう。
「お互い連絡先はブロックしようね」
「…え?」
驚いたような声をあげる大地。彼らしく考え方が甘いなと思った。
「ブロックまでする必要ある?友達になれば良くない?」
「浮気して別れた元彼と友達に戻る人なんていないよ」
「…やっぱ絵美は俺のこと、そんなに好きじゃなかったんだね」
大地の口から出た言葉に、怒ることも呆れることもできなかった。「やっぱ」という言葉に傷つきながら、ただ淡々と続く言葉を待った。
「連絡がなくても文句言わないし、会いたいとも言わないし…」
これ以上嫌いにさせないで欲しい、そう思いながら絵美は黙って大地の言葉を聞いていた。
「好きとも言ってくれないし、絵美は俺のこと好きじゃないんだよ」
「……そんなことなかったよ」
そんなことなかった。一緒にいて、笑い合って、抱き合って。それが幸せだった。そこにいるのは誰でも同じだったのかもしれないけれど、でもそこにいたのは大地だったから。
素直に自分の気持ちを表せないのはそうだった。けれどそれを理解して傍にいてくれていると思っていた。それなのに、好きじゃないと思われていたなんて。
思わず涙がこみ上げてきた。けれど、ここで泣けないのが自分らしいなと絵美は思った。
「大地、ばいばい」
「…」
返事がないそれが何よりの返事だった。こんな終わり方なんて寂しくて、悔しくて、悲しかった。けれど仕方がないと思う。
絵美は赤いボタンを押した。通話の終了が画面に表示される。
後悔すればいいなと絵美は思った。
だって、私は、可愛くて、仕事もできて、性格もいいから。
そして、誰よりも隣にいる人を愛せる人だから。
わがままは言えないけど、深い心で相手を受け止められる人だから。
こんなにいい人を手放したと後悔すればいい。そして、もう二度と繋がらないメッセージに落ち込めばいいと思う。
スマホを机に置く。やっと涙がこぼれた。今日だけは声を出して泣いてしまおう。
恋愛をするとだめになる。恋愛をしていないと最強なのに。けれどそれでも誰かを愛したいのだから、人って不思議だなと思う。
また次に恋をしたときは、少しくらいわがままになれたらいいなと絵美は思った。
リハビリです。うん、楽しかったです!!