最強魔王、異世界に君臨する。
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黒雲を突き抜け、天を焦がす雷鳴が轟いた。
戦場は血と炎に覆われていた。
――魔界と人界を隔てる最終戦線。
数えきれぬ兵が倒れ伏し、魔族も人間も入り乱れて地を赤に染めていた。
その中心に、俺は立っていた。
魔王。千年の王。暗黒の支配者。
そして、世界が一人残らず恐怖で名を刻んだ存在。
だが今――俺の前に立つ勇者は、その恐怖を真正面から跳ね返していた。
「魔王! 今日こそ、この世界から貴様を葬り去る!」
黄金に輝く鎧を纏い、聖剣を掲げた少女。
その背後には、命を賭してなお彼を支える仲間たち――聖女、賢者、竜騎士。
かつて数千の軍勢を率いていた彼女ら部隊は、今やわずか数十。
それでも立ち尽くすことなく、俺を睨んでいた。
「……愚かな」
俺は玉座の杖を振り上げ、血を啜った黒炎を噴き上げる。
大地が裂け、炎が奔流となって押し寄せる。
「この世界はすでに余の掌中にある! 勇者よ、貴様ごときが抗えるとでも!」
だが、その炎を真正面から両断する剣閃があった。
勇者の聖剣が振るわれた瞬間、俺の魔炎は裂かれ、天に吸い込まれるように消滅した。
世界が一瞬、静寂に包まれた。
「千年の支配も、ここまでだ!」
勇者の声は、戦場の果てにまで響いた。
死にかけの魔族兵も、血を流す人間兵も、その声に振り向き、最後の奇跡を信じるような瞳を見せた。
……なるほど、これが“人間の希望”か。
千年の間、俺が最も軽視していたもの。
「ふ、ふははは……」
口から血を吐きながら、俺は笑った。
この結末もまた、悪くはない。
勇者の剣が、俺の胸を貫いた。
光の奔流が走り抜け、世界を照らす。
「ぐ、ぬぉぉぉぉ……!」
魔力が散逸し、世界から俺の存在が掻き消されていく。
だが――俺は最後に奥の手を使った。
声にならぬ呪文を紡ぎ、崩れゆく己の身体の奥底に“転生の術式”を刻み込む。
『転生術式――!』
必ずや甦る。
俺を討った勇者の末裔が忘れたころに、必ず再び。
この憎悪と野望を継ぐために……!
そして、視界は闇に閉ざされた。
……視界が白んだ。
重い瞼を開けると、そこは石の玉座でも血の祭壇でもない。
黄ばんだ天井、六畳一間の狭苦しい部屋だった。
「……む、ここは……?」
立ち上がれば、腹は頼りなく重い。鏡に映るのは、やつれた冴えない人間の顔。
魔王であった俺は、確かに人間の器へと転生してしまったのだ。
机の上に落ちていた黒い板――スマートフォン――に触れ、光に驚き、魔導具と勘違いしながらも、偶然操作を成功させた俺は、やがて一つの名に辿り着いた。
「クロタ……マオ……。フン、冴えぬ名だが――いや、魔王と響き合う。運命だろう。良い、これより我は黒田魔王**と名乗ろう!」
高らかに宣言した俺は、机の上に放られていた財布を手に取った。
中には、紙幣と小銭。
「……何だこれは?」
初めて見る紙の束を指でめくり、しばし考え込む。
宝石も金貨もなく、ただ印刷された人間の顔。
「もしや……この世界の魔法札か? 持つだけで力を……?」
試しに握りしめてみたが、魔力は湧かない。
代わりに、財布の隅にあったレシートに目が止まる。
『カップ麺 158円』
『からあげ棒 98円』
「……ふむ? これは取引の記録か? 紙切れを渡すことで食料を得ている……?」
俺は小銭を一枚取り出し、じっと見つめる。
光沢は薄いが、どうやらこれが最低単位の貨幣らしい。
「なるほど……この世界は金貨でも魔晶石でもなく、この紙と金属片で動いているのか……」
財布の中身を数える。
「一、二、三……二万三千と……ふむ。これは多いのか? 少ないのか?」
判断できず、俺は外へ出た。
街に並ぶ店。看板に踊る数字。自販機に貼られた「120円」。
試しに小銭を投入してみれば――
「……おおっ!? 飲み物が出てきた!? 余はただ金属片を入れただけだぞ!」
ガシャンと落ちてきた缶コーヒーを掴み、呆然とする。
指で開ければ、香ばしい香りが立ち上った。
「……たった百数十で飲料を召喚するとは……この世界の“金”は、まさしく力そのもの……」
一口飲んで、苦みにむせる。
「……に、苦っ! だが確かに腹に染み渡る……!」
俺はようやく理解した。
この紙と金属片こそが、この世界の支配の鍵。
魔力は失ったが、金であれば――衣食住も、権力すらも操れる。
「ふ、ふはははは! 良い! まずはこの“金”を理解し、支配してみせよう!」
しかし財布の中身は二万三千円ぽっきり。
しかも机には「解雇通知」が突き刺さっていた。
「……なぜ、余は転生直後から職を失っているのだ……」
魔王は生まれて初めて自分の行く先を不安に思った。
缶コーヒーを飲み干し、俺は再び六畳一間へ戻った。
財布には二万三千円。これが無限に湧くわけではない。
金を得る術を持たねば、俺は一週間と生きられまい。
「……しかし、働くなど……」
再び机の上に置かれた解雇通知を見て、深いため息をつく。
かつて軍勢を従えた魔王が、バイトすら首になるとは。
冴えないこの身体の前の持ち主は、どれほど無能だったのか。
「ふん……せめて何か知識を得るか」
俺は再び黒い板――スマートフォン――を手にした。
指を滑らせるたび、画面が光を放ち、世界を切り替える。
これほどの魔導具を自在に操れるなら、余も生き残れるだろう。
「む……この“ブラウザ”というのは何だ?」
好奇心に任せて開いてみると、文字と画像が次々と表示される。
人間どもの生活、娯楽、歴史、戦争……無数の情報がここに集約されているようだ。
「……魔導図書館を無限に圧縮したかのようだな。いや、むしろ世界を掌に収めている……!」
興奮に震える俺の視界に、ひとつの文字列が飛び込んできた。
『小説家になろう』
「……小説? 余の知る“叙事詩”のようなものか?」
リンクをタップすると、無数の物語が並んでいた。
冒険譚、恋愛劇、魔法戦争、転生記。
「む、転生……? ほう、まるで余のことを歌っているかのようだな」
画面をスクロールしていくうちに、ある文言が俺の目を奪った。
『PV数』『評価ポイント』『ブックマーク数』
「……な、なんだこれは!? 戦果報告か!? 数字で強さを量っているのか!?」
俺の心臓がどくんと高鳴った。
数字――それは力の可視化。
かつて俺は魔力で世界を支配した。
だがこの世界では、どうやら“数字”こそが力の源らしい。
「……ククク。ならば、俺がこの場に物語を刻めば――この数字を以て、新たな力を手にできるのではないか?」
ふと、スマホの画面が勝手に光り、アカウント登録の欄が開いた。
入力欄に、俺は指を走らせる。
『ユーザー名:黒田魔王』
カチリ、と登録完了の音が鳴る。
それはまるで、新しい世界における“玉座の戴冠”だった。
「よかろう……! この黒田魔王が、この“なろう”なる戦場で覇を唱えてやる!」
……ただし問題がひとつ。
「……して、余は何を書けば良いのだ?」
六畳一間に、またむなしい沈黙が落ちた。
「さて……書くと決めたは良いが、どうやって……?」
俺はスマホを握りしめた。
文字を刻む魔導筆でも、羊皮紙でもない。
ただ小さな画面と、妙に主張の強い“フリック入力”なる方式。
「この板を……指でなぞって……おおっ、文字が現れる!? だが、なぜ“ああああ”しか出ぬ!?」
必死に指を左右に滑らせているが、延々と「あ」が並ぶばかり。
画面には「あああああああああああ」と連なり、余の威厳が砕けていく。
「ふ、不覚……! 人間の子供ですら扱える魔導具に手こずるとは……!」
何度も試すうちに、ようやく他の文字も出せることを理解した。
しかし、次は“変換”という壁に阻まれる。
「『まおう』……っと入力して……む? “真央”“魔王”“孫”……孫!? 誰が孫だ!!」
怒鳴りながらも、俺は必死に画面を睨む。
こうしてようやく、一文を打ち込むことができた。
『我はかつて魔王であった。』
画面に表示されたその文字列を見て、胸が熱くなる。
まるで、自分の存在証明をこの世界に刻みつけたかのように。
「……良い。続きを書こう」
俺は指を震わせながら、あの日のことを綴り始めた。
漆黒の空を裂いて飛んだ竜の群れ。
炎に焼かれ、怯える人間たち。
そしてその中心に立つ、かつての俺――魔王の威容。
だが、書いているうちに違和感が生まれる。
人間たちがただ蹂躙されるだけの物語。
勝者は常に俺。敗者は哀れな人間。
「……む? これでは……つまらぬのではないか?」
俺は手を止めた。
数字――力を得るためには、読者とやらを惹きつけねばならない。
だが、このままではただの戦勝記録だ。
「ふむ……では、人間に“勇者”でも立ててやろうか」
俺は過去の記憶を歪めて書き換えた。
実際にはただの小僧だった勇者を、剣聖のごとき描写に膨らませる。
魔王である俺と対等に渡り合い、死闘を演じる存在として描く。
「ククク……余が人間を美化してやるとは。だが、数字のためなら仕方あるまい」
指が走るたび、画面に物語が積み重なっていく。
異世界の闇と炎、勇者との激突、そして敗北。
“魔王が転生する直前の物語”を、そのまま小説に刻み込んだのだ。
気づけば数時間が過ぎ、スマホの充電が赤く点滅していた。
「……ふう。疲れた……。だが、書いた。余の叙事詩を」
画面には「投稿」のボタンが輝いている。
指をかけた瞬間、胸がどきりと高鳴った。
これを押せば、余の物語はこの世界へ放たれる。
「……よかろう。見よ、人間ども。これが黒田魔王の真実だ!」
俺は迷いなく、投稿を押した。
投稿ボタンを押した瞬間、画面が暗転し、再び光を放った。
そこには――
『投稿が完了しました』
「……終わった、のか?」
俺はしばし呆然とした。
あれほどの死闘を綴り、何千字もの文字を打ち込み、ついに世へ解き放ったのだ。
だが、画面は静かに沈黙している。
「……何も起こらぬな」
六畳一間に静寂が広がる。
もしかして、この“なろう”なる場所に書き残したところで、何も意味がないのか?
そんな疑念が浮かんだ、その時――
ピコン、と音が鳴った。
『1人がブックマークしました』
「……!」
胸の奥が熱くなる。
同時に、背中の中心からじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。
それはまるで、失われた魔力が一滴、身体に戻ったかのような感覚。
「い、今のは……?」
さらにピコン。
『評価ポイント:2』
「……ぬおおおっ!? 魔力が……増えた!?」
確かに感じる。
微弱ではあるが、俺の中に魔力が流れ込んでいる。
しかもその源は――この“数字”。
「く、くははははっ! そういうことか! この世界においては、いいねやブックマークこそが――魔力の源!!」
叫んだ瞬間、またも通知が鳴る。
『感想が1件投稿されました』
恐る恐る開く。
『文章は拙いけど、勢いがあって面白かったです!
魔王視点なのに人間側の描写がリアルで引き込まれました!』
「……拙いだと!? 余の叙事詩を愚弄するか!」
思わずスマホを床に叩きつけそうになったが、再び魔力が身体を満たす感覚に気づき、踏みとどまった。
「……む、まあ良い。人間の言葉は総じて下品だ。だが、数字さえ増えれば結果オーライよ」
数分のうちに、ブックマークは2から5へ。評価ポイントは8へ。
魔力の泉が少しずつ膨らんでいくのがわかる。
「……はは……はははは! 見よ、この世界の理を!
我は剣でも魔法でもなく、“数字”を糧として蘇るのだ!」
六畳一間のアパートに、魔王の高笑いが響いた。
壁の薄い隣室から「うるせえ!」と怒鳴り声が返ってきたが、そんなものは知ったことではない。
「ククク……よかろう。人間どもよ。
もっと余を評価せよ。余を崇めよ。さすれば、この黒田魔王は再び――無敵となる!」
ブックマークが5、評価ポイントが8に膨らんだところで、俺はスマホを握りしめたまま天を仰いだ。
確かに力は戻りつつある。だが――まだまだ足りぬ。
魔王たるこの俺が、わずか数人の信者で満足してどうするのだ。
「……ランキング、だと?」
ふと画面の隅に「日間ランキング」という項目を見つける。
試しに押してみると、目を疑う光景が広がった。
ランキングの一位を飾る名――
『勇者剣聖の私、転生したら「なろう作家」でも最強でした。』
作者:光瀬ユウ。
「……ユウ……」
その名を見た瞬間、胸の奥がざわめいた。
脳裏に蘇る記憶。
黄金の髪をなびかせ、聖剣を掲げるあの女の姿。
軍勢を率い、堂々と立ち向かってきた、宿敵――勇者ユウ。
だが、俺は眉をひそめた。
「……いや、待て」
画面に映るのは、ただの作家紹介。
そこには“女性、社会人、趣味は小説と猫”とあるだけだ。
(確かに名は同じ……だが、この世界の人間に“ユウ”などという名が存在してもおかしくはない。
ましてや勇者本人だと、どうして断言できようか?)
スマホを握る手に力がこもる。
記憶にある勇者と重なる部分が多すぎる。
けれど、証拠はない。
「……フン。偶然の可能性もあるか」
そう吐き捨てながらも、胸の奥のざわめきは消えなかった。
憎悪とも、焦燥ともつかぬ感情が渦を巻いている。
(……だがもし、もし本当にあの女勇者ならば――)
俺は小さく笑った。
怒りとも、期待ともつかぬ笑みだった。
「クク……いいだろう。勇者であろうが、ただの作家であろうが……
ランキング一位を奪う。それが余の道だ」
そう呟き、俺はスマホを持つ手を震わせながら、光瀬ユウの小説タイトルをタップした。
次なる一手は――敵を知ることから始まる。
少し長くなってしまいました。読んでいただきありがとうございます。
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