表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/36

オークヘイブンへの道

古戦場でのゴースト・ジェネラルたちとの戦いを終え、ウィルの正体が明らかになった後、二人の間には以前とは異なる空気が流れていた。エリスは、隣を歩くウィルに対して、畏敬の念と、そして彼が背負うものの重さへの深い理解を抱いていた。ウィルもまた、自分の全てを知った上でなお変わらずに接してくれるエリスに対し、新たな信頼と、そして仲間としての強い絆を感じ始めていた。


数日間、泉のほとりで休息と旅の準備を整えた二人は、ささやきの森を抜け、オークヘイブンへと続く道に出た。森の出口が見えてくると、エリスは安堵の息をついた。長い間森の中にいたせいか、開けた場所に出たことが新鮮に感じられた。


「オークヘイブン…あなたが時々訪れていた村ね」エリスはウィルに話しかけた。「そこから荒廃した平原へ…いよいよ本格的な旅になるのね。冥王の石が、そこにあるかもしれないの?」


「ああ。危険も増すだろう。石の気配が最も濃い場所だ。だが、君がいてくれれば心強い」ウィルはエリスの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。その言葉と眼差しに、エリスは頬を染めながらも、力強く頷いた。「私も、ウィルの力になりたい」


オークヘイブンは、ウィルが時折訪れていた、ささやきの森の入り口に位置する小さな村だ。粗末ながらも手作りの温かみのある木の柵で囲まれ、入り口には「オークヘイブンへようこそ」と拙い文字で書かれた古い木の看板が傾いて立っている。木こりや狩人、そしてささやかな畑を耕す農夫たちが、自然と共存しながら暮らす、十数戸ほどの家々が点在する集落。ウィルは、村人たちが作る素朴な黒パンや、新鮮な野菜や茸を分けてもらう代わりに、彼らの農具や刃物を修理してやっていた。村人たちも、口数は少ないが腕の良い鍛冶師であるウィルに、親しみと敬意を抱いていた。子供たちは、彼が時折見せる不思議な金属細工に目を輝かせていたものだ。


しかし、村に近づくにつれて、ウィルとエリスは異様な雰囲気に気づいた。いつもなら子供たちの元気な声や、鶏や豚といった家畜の鳴き声、そして村人たちの談笑する声が聞こえてくるはずの村が、不気味なほど静まり返っているのだ。家々からは生活の匂いであるはずの煙も上がっておらず、人の気配が全く感じられない。まるで、村全体が死んでしまったかのようだ。風に乗って運ばれてくるのは、微かな鉄錆のような匂いと、何か腐敗したような嫌な臭いだけだった。


「…おかしいな」ウィルは眉をひそめた。彼の表情から穏やかさが消え、鋭い警戒の色が浮かぶ。「何かあったのかもしれない。この静けさは尋常じゃない。以前来た時とは、あまりにも違いすぎる」


二人は警戒しながら村へと足を踏み入れた。村の広場――といっても、中央に古びた井戸があるだけの小さな空き地だが――には、荷馬車が数台、荷物を積んだまま放置されている。車輪の一つが外れかかっていたり、積荷の穀物袋が破れて中身が散乱していたりする。家々の扉は固く閉ざされているか、あるいは乱暴に蹴破られたように蝶番から外れかかっている。窓ガラスは割れ、木の壁には斧か何かで力任せに打ち付けられたような深い傷跡が残っていた。家の中を覗くと、食事が途中で放棄されたテーブル、ひっくり返った椅子、割れた食器、散乱した家財道具が目に入った。まるで、村人全員が突然姿を消したか、あるいは…何者かの襲撃を受け、蹂린されたかのような光景だった。


「これは…一体…?」エリスは不安そうに呟いた。平和な村が一夜にして廃墟のようになってしまった光景に、彼女は言葉を失う。王宮で読んだ歴史書の中の悲劇が、今、目の前で現実のものとなっている。


ウィルは地面に残された痕跡を注意深く調べる。複数の人間の足跡が、慌てて逃げ惑ったように泥濘に乱れている。小さな子供のものと思われる足跡もあった。そして…それとは明らかに違う、大きく、鋭い爪を持つ何者かの足跡。それは複数あり、村の中心から森の奥へと、何かを引きずったような跡と共に続いているようだった。地面には、ところどころに黒ずんだシミ…おそらくは血痕だろう…が点々と残っていた。


「オークか…いや、もっと厄介なもののようだ」ウィルは険しい表情で言った。足跡の深さや爪の形状から、相手が相当な膂力と凶暴性を持っていることが推測された。「村人たちは、おそらく連れ去られたんだろう。まだそれほど時間は経っていないはずだ。抵抗した痕跡もある…だが、多勢に無勢だったようだ。この惨状を見る限り、まともな戦いにはならなかっただろう」彼の声には、怒りと、そして無力感が滲んでいた。


その時、村の外れにある一番小さな、今にも崩れそうな古びた小屋の方から、微かな物音が聞こえた。それは、押し殺したような、か細い嗚咽のようにも聞こえた。ウィルとエリスは顔を見合わせ、音もなくそちらへ近づく。小屋は他の家々から少し離れた場所にあり、周囲は背の高い草で覆われていた。


小屋の扉は少しだけ開いており、隙間から中を覗うと、薄暗い土間の隅の方で小さな影がうずくまっていた。ウィルは慎重に扉を押し開けた。ギィ、と蝶番の軋む音が、不気味な静寂の中に響く。


薄暗い小屋の中、隅の方で小さな影がうずくまっていた。それは、まだ十代半ばほどの、一人の少女だった。陽の光も届かないようなその場所で、彼女は膝を抱え、小さく震えている。


肩まで伸びた栗色の髪は、手入れされることなく伸び放題で、埃と涙で汚れ、もつれて顔にかかっている。その隙間から覗く大きな琥珀色の瞳は、恐怖と絶望に彩られ、潤んで揺れていた。長い睫毛が涙の雫を重そうに湛えている。顔立ちはまだ幼さを残しているが、整っており、本来ならばきっと愛らしい笑顔を見せるのだろうと思わせた。しかし今は、泥と煤で汚れ、青ざめて血の気がない。破れた質素な麻の服からは、泥に汚れた華奢な肩と、細い腕が覗いている。その体は年齢よりも幼く見え、栄養が足りていないのか、あるいは苦労が多かったのか、痛々しいほど細い。そして、乱れた髪の間から覗く、わずかに尖った耳。それは彼女がハーフエルフであることを示していた。人間からもエルフからも完全には受け入れられない、孤独な存在。その耳を隠すように、彼女はさらに体を小さく丸めた。


少女は二人の気配に気づき、ビクッと体を震わせ、怯えたように顔を上げた。その大きな瞳には、深い絶望と恐怖の色が浮かんでいる。まるで、世界の終わりを見てしまったかのように。


「だ、誰…? 来ないで…! あっちへ行って…!」彼女はか細い声で叫び、さらに体を小さく丸めた。


「大丈夫だよ」ウィルは、できるだけ穏やかな、優しい声で話しかけた。腰の剣には手をかけず、両手を軽く広げて敵意がないことを示す。「僕たちは敵じゃない。君を助けに来たんだ。何があったんだい? 詳しく話してくれないか」


少女はウィルの優しい声に少しだけ警戒を解いたようだったが、それでもまだ怯え、疑いの眼差しを向けている。エリスがそっと彼女に近づき、ゆっくりとしゃがみ込んで視線を合わせた。


「私たちはあなたを助けに来たの。本当に。もう大丈夫よ。怖かったでしょう? ゆっくりでいいから、何があったか教えてくれる?」エリスは、王女としての威厳ではなく、一人の女性としての優しさで語りかけた。その声には、心からの同情といたわりが込められていた。


エリスの温かい言葉と、ウィルの穏やかな佇まいに、少女の瞳から再び堰を切ったように涙が溢れ出した。それは、恐怖と絶望の中で、ようやく見つけた一筋の光に対する安堵の涙だったのかもしれない。


「…う…うう……」少女はしばらく嗚咽を漏らしていたが、やがて途切れ途切れに話し始めた。「…三日くらい前の、夜だったと思う…。突然、村の外から大きな物音と、聞いたこともないような獣の咆哮が聞こえてきて…お父さんが慌てて外を見に行ったんだけど、すぐに血相を変えて戻ってきたの…『化け物だ!早く隠れろ!』って…」


彼女の名前はニア。この村で暮らすハーフエルフだった。


「お父さんとお母さんが、私を急いで床下の小さな物置に隠してくれて…『絶対に声を出すな。何があっても出てくるな』って…。私は怖くて、ただ頷くことしかできなかった…。すぐに、家の扉が大きな音を立てて壊されて、男たちの怒鳴り声と、お父さんとお母さんの悲鳴が…ううっ…」


ニアは再び言葉を詰まらせ、肩を震わせた。エリスは彼女の背中を優しく撫でる。


「…それから…たくさんの足音と、何かを引きずるような音、村の人たちの泣き叫ぶ声が聞こえてきて…私はただ、息を殺して、耳を塞いで、震えていることしかできなかった…。どれくらいの時間だったかわからない…ずっと、ずっと怖かった…」


「怪物の姿は見たのかい?」ウィルが静かに尋ねた。


「…少しだけ…床板の隙間から…。オークよりも大きくて、毛むくじゃらで…目が赤く光ってた…。手には大きな棍棒みたいなものを持ってて…村の男の人たちが何人かでかかっていったけど、簡単に投げ飛ばされて…」ニアは思い出すのも恐ろしいというように、再び体を震わせた。「数は…たぶん、十匹以上はいたと思う…。みんな、森の奥の方へ…村の人たちを無理やり引きずって…連れて行っちゃったの…」


「そうか…辛かったね。よく頑張った」ウィルはニアの頭を優しく撫でた。その大きな手は温かく、不思議な安心感をニアに与えた。「僕たちが必ず助け出す。だから、もう泣かなくていい」


その力強い言葉と、大きな手の温もりに、ニアは少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。彼女は涙を拭い、ウィルとエリスの顔を交互に見つめた。その瞳には、まだ怯えの色は残っていたが、ほんの少しだけ、希望の光が灯ったように見えた。


「本当に…? 本当に、助けてくれるの…? 私のお父さんとお母さんも…?」


「ああ、約束するよ」ウィルは力強く頷いた。「僕らは、君の家族と村の人たちを助けに行く。君は…」


ウィルが何かを言いかけた時、ニアが彼の言葉を遮るように、震える声で、しかし強い意志を込めて言った。


「私も…私も連れて行ってください!」彼女はウィルの服の裾を強く掴んだ。「私、足手まといにはなりません! 村への道も知ってるし、森のことだって少しは…! お願いします! 一人にしないで…!」


その必死な訴えに、ウィルは少し困ったような顔をした。これ以上、子供を危険な旅に巻き込むわけにはいかない。


「ニア…気持ちはわかる。でも、これからの旅は本当に危険なんだ。君を連れて行くわけには…」


「嫌です! 絶対に行きます!」ニアは涙を浮かべながらも、決してウィルの服を離そうとしなかった。「もう一人で待っているのは嫌なの! お父さんとお母さんを助けたいの!」


エリスが、ウィルの隣で心配そうに、しかしニアに同情するような眼差しを向けている。


ウィルは、ニアの小さな手と、その瞳に宿る強い光を見つめた。彼女の絶望と、それでも諦めない意志。そして、自分たちに向けられた、藁にもすがるような信頼。


(…やれやれ、また一人、厄介な仲間が増えそうだ)


ウィルは内心で溜息をついたが、口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「…わかったよ、ニア。一緒に行こう。だが、絶対に無茶はしないと約束してくれ。僕たちの指示には必ず従うんだ」


「はい! はいっ!」ニアは何度も頷き、ようやくウィルの服から手を離した。その顔には、涙の跡が残っていたが、安堵と、そして新たな決意の光が輝いていた。


こうして、ウィルとエリスの旅に、ハーフエルフの少女ニアが、半ば強引に加わることになった。彼女が抱える、ハーフエルフとしての疎外感や自己肯定感の低さ、そして大切な人々を失った深い悲しみと絶望。それらは、この旅を通して、ウィルやエリスとの関わりの中で、少しずつ変化していくことになるのだろう。だが、ウィルとエリスという新たな仲間との出会いが、彼女の運命を大きく変えていくことになるのは間違いなかった。


三人の新たな旅が、今、始まろうとしていた。オークヘイブンの悲劇を背負い、彼らは冥王の石の影が色濃く落ちる、さらに危険な森の奥へと足を踏み入れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ