期待し、待ち望んでいた彼女は―――。
私が期待していた圧倒的悪役令嬢、「シュリスカ・クラマシス」はこの世界線にはいない。代わりに目の前にいるのは見る影もないほどに落ちぶれた希望を宿していない少女だ。でも、一体いつから?そもそも、乙女ゲームには少なくとも私が知る限りそんなストーリーはなかった。
いや、そんなことを考えても仕方がないか。
結論が出たとしても、現状が変化して私が待ち望んでいた彼女への奉仕ができるわけではない。それならいっそ、生きたお人形が酷く惨めで憎く思えた。何処からともなく殺してやろうか、という殺意も沸いた。しかし、私にはそれほどのことをやってのける資格と勇気がないことも事実だった。
とりあえず、私は得体の知れない目の前の少女に仕えるのが賢い選択だ、と自分にそう言い聞かせた。
憧れのシュリスカ様はもう、この世にはいない。
でも、その身代わりはいる。それはシュリスカ様の形をした、別の何か。おぞましい存在だ。
それから、私は週に3度、アレのもとに通うことにした。毎日通う必要性がないと考えたからだ。もともと私の仕事はソレにご飯をやることだ。それくらいは他の召使いがやってのけてもいいのではないか、と思ったが、よくよく考えればアレは真っ黒な黒髪。この国の慣習に従えば、ソレに近寄るのは私がソレに抱く感情と同じく、虫唾が走るのだろう。まあ私の場合はアレが私が崇拝していた存在を冒涜するモノだからだけど。
私が週に3回、決まった時間帯に母屋に行くとソレはいつも同じ場所にいた。小窓から陽の光が当たらない、母屋の角に膝を抱えて座っているのだ。生きているのか、死んでいるのかも分からないほどに動きがない。それでも少しは与えられたご飯を口にしているようで、与えるご飯と引き換えに回収するものには、いつもスプーンが容器に浸かったままだった。
まあそれを屋敷で住み込みで働いている人間たちは酷く忌避しながらも洗っているのだけれど。
そのような生活が続き3年が経った。そんな中でも私はレベル上げを怠らなかった。仕事の合間を縫っては裏山にいるモンスターを倒したし、夜中や仕事の休暇を与えられたときには一人で領のはずれにあるダンジョンに潜った。
一定の水準まで魔術能力の質と基礎体力(回復力、攻撃力、体力など)を挙げてしまえば、そこからはレベルを上げるのが難しくなる。そこで私は自分自身に縛りをかけた。ダンジョンに潜るときには闇魔法で自分の足と片腕を切り落とし、そこから溢れ出る気配でおびき寄せられた敵を倒す、という作業だ。
しかし、私は常々考えていることがあったのだ。
―――敬愛し崇拝するシュリスカ様はもう、いないのに、どうしてここまでするのだろう?
と。
私は鍛錬の目的を見失っている。だというのに、モンスターを倒せ、ダンジョンに潜れ、という命令が自分の頭を逡巡する。そしてその度に私の体の中で得体の知れない熱い何かが弾けだしては全身を駆け巡る。
結局、私は自分のために研鑽を重ねているわけでも、誰かを思う感情から上を上がろうとしているわけでもないのだ。
「あの頃と何も変わってないな………」
乾いた笑みが漏れる。それは自分を嘲笑する声にも聞こえた。




