原始人より前やん(1)
ニンフたちが集まる広場の隅っこで、ニチネは寝起きの目を擦った。ニンフたちは歌に合わせてそれぞれ踊っている。
「(もう日常やな)」
本日は、新体操のリボンのように細い草を使いながらの踊りのようだ。ピスは草を振り回しながら、
「早く一緒に踊ろーよ」
「(いつまでも苦手じゃあかんけど……)」
渋々ニチネは踊りに混ざりながら、
「だから、あたし下手なんやって」
「楽しいじゃん。難しかったらメリのマネしてみたら?」
メリの艶やかな踊り姿にちらりと目をやるが、首を木製の人形のようにギッと動かし、硬い表情になる。
「ムリやろ」
「?まぁ、それも難しいかぁ。じゃあ、あたしのマネすればいいよ」
ニチネは食い気味に、
「そうするわ。教えて」
「ちょっとカッチーンときたよ。まぁ、いいけど」
腕を組んだピスは、ふんぞりがえり、
「ピス様が直々に教えて進ぜよう」
「よく踊るやつからにしてくれへん?」
「何で?」
「はよ、すっと混ざれるようになりたいねん」
「ニチネまじめー」
*
ニンフは額の汗を拭い、
「暑いわねー」
「ちょっと休みましょう」
だんだんと日差しが強くなり、ニンフたちは木陰へと避難し始めた。ピスは木陰の石の上に横になり、体全体をくっつける。
「冷たくなーい。水浴び行こうよー」
「いいわねー」
ニチネはぱたぱたと手であおぎ、
「この前の泉、ええんちゃう?」
「オモルフィの泉?」
「良いところあるのね。行きましょう」
「そうね」
周りのニンフたちも頷く。
「ピス、案内してちょうだい」
「いいよー。でもちょっと休んでから行こー」
「そうね」
木陰にも暖かく緩やかな風が吹いていた。ニチネは正面から風を受けながら、
「(良い風やー)」
*
「いぇー」
オモルフィの泉に到着するやいなや、ピスや何人かのニンフたちは次々と服のまま飛び込み始めた。
「冷たくてきれいな水ねー」
「良いところじゃない」
落ち着いているニンフたちは岸辺に座り、手足をつけたり、顔を洗ったりしている。ニチネは目を丸くして、
「いや、服着たままなん?」
岸に座っているニンフは、
「脱いで置いておくと風で飛んでっちゃうし、濡れてもすぐ乾くからいいのよ」
「え、そうなん……?(原始人だって服ぐらい乾かしとったやろ……)」
「ニチネも早くー」
ピスは顔を出したままばしゃばしゃと楽しそうに泳いでいる。
「(この前は服、乾かしてもろたけど……)」
ラプティスの家に行ったとき、裏庭で焚火をして、髪や服を乾かしたことを思い出す。
「(はっ、この体じゃあ、火も起こせへんやん!人サイズでも起こせる自信はないけど)」
「ニチネも行ってきたら?」
「暑いでしょ」
何人か泳ぎ回っているニンフたちを見て、ちょっとわくわくしたニチネは、
「……そうやな!」
そんなテンションにも関わらず、そろそろと岸から風呂に浸かるようにゆっくり足から入る。
「はぁー!冷たー」
氷で冷やしたような温度に驚きながらも、全身浸かる。
「頭も入んないとダメだってー」と、ピスは潜り始める。
「えー、乾かすもんないやんか。いややって」
「今日暖かいから大丈夫よ」
「そうかー?」
「ほらほら」
岸辺に泳いで寄ってきたニンフが引っ張り、ニチネは一緒に潜る。
「(頭が冷たいと変な感じや。プールも海も何年も行ってへんかったな)」
水面から頭を出し、
「……寒!」
急いで上がり、日向に向かって飛ぶと、暖かく緩い風に包まれ、服や髪の毛が冷たく感じ、ちょうど良い温度になる。
「暖かいわー。えぇなあ、これ」
足を浸けているニンフたちのいる岸辺に戻ると、泉からピスが呼び止める。
「ニチネも泳ごうよー」
「ニチネとピスはすっかり仲良しね」
「ふふ、そうね」
「良いことね」
「そ、そうやな」と、照れて下を向くニチネ。
「(そうか、仲良ぇ子か……。そういうの学生ぶりやな)」
「ニチネー、おーい」
「分かったって!ちょお行ってくるわ」
踵を返すニチネの後ろ姿に、ニンフたちは温かい目を向ける。
「はぁーい」
「行ってらっしゃい」