食べへんの?(3)
ピスとニチネは上空に上がり、遠くを見回すと、一際背の高い木を発見した。
「あれやな」
「ほんとに高ーい」
メリとモルフィーの元に戻り、
「方角的にはあっちや。けっこう歩くことになるけど大丈夫?」
「今日の畑のお手入れは終わったし平気よ」
「じゃー行こー」
*
ニチネを先頭にして四人でうっそうとした森の中を進む。モルフィーは少し不安そうに、
「村からこんな離れたことないわ。道もない森を進むこともしないし」
「私たちはこの森一帯ならどこでも行くから、大丈夫よ」
「森出ることもあるしー」
「ピスは行動範囲が広いのよね」
「昨日ピスについてって人間の村に行ったで」
言ってて自分でも驚いた。
「(人間の村って……。もうニンフになりきってるやん。そうなんやけども)」
「えぇ?!あたしの村では人間に会ったなんて話ほとんど聞かないわよ」
しばらくすると、どこからか声が聞こえてきた。
「エルフよ。こんなところで珍しいわね」
「メリたちも一緒だわ」
笑い声が遠ざかっていったので、どうやらいなくなったようだ。モルフィーはきょろきょろしながら、
「ニンフがいたのかしら」
ニチネは不思議そうな顔で、
「何で姿消してたんやろ?」
「見慣れないエルフがいたからじゃない?」
「そういうもんなんや」
「普通はそうするかもねー」
「なんか……交流せぇへんの?」
モルフィーは驚いて、
「別種族とはそうそう関わらないわよ?何か目的があるなら別だけど」
「なんか寂しいな……。もっとお互い知れたらええのに」
エルフの村での視線や、エルフと聞いて苦々しい表情だったピスを思い出す。
「関わりが増えたら、その分衝突もあるだろうから、そう単純な話じゃないんじゃない?」
「それもそうかー。この辺やったら、ほかにどんな種族がいたりするん?」
メリは一考すると、
「確か、イプシストスの森の外れの岩場に、ドワーフの村があるわよ」
「ええやん!今度遊び行こーや!」
モルフィーは眉間にシワを寄せて、
「うーん、普段は仕事ばっかりしてるから、なかなか受け入れてもらえないかも」
ニチネの頭の中に衝撃が走った。
「(仕事……!もうすっかりその存在忘れとった……。前はあんなにどっぷり仕事に漬かっとったのに。あの時頑張ってたこと忘れちゃだめやん)」
「そうなのね。ピスは会ったことあるの?」
「ダグリに教えてもらって岩場には行ったことあるんだけど、すぐ追い払われちゃった。ひどいよねー、せっかく遊びに来たのに」
「あらら。私たちの家もドワーフに作ってもらってるのよ。畑の小屋とか。お礼に食べ物を渡すんだけど、そういう取引なら応じてくれるかもね」
ニチネは微妙な顔で、
「交換するものって……あたしら何かある?」
「そうねぇ、歌と踊りくらいしかやってないし……」
「ないよー」
「そんなはっきり……」
「誰かにいたずらするならできるけどー」
「そんなことやってるから仲良ぉできんねん」
「くふふ、楽しいよー」
「もうあかんからな」
「あかんって何?」
「ダメってことや」
「えー」
ピスは不満気に足をばたつかせる。ニチネはピスとメリを見つめ、
「(これからはニンフとして頑張らんとな!)」と、気合を入れていた。
*
見上げても先が見えないほどの巨木の足元に到着したニチネたちは、その巨大さに驚いていた。
「ここやな……」
「幹太いわね」
「でかーい」
この巨木は横にも枝を伸ばしているためか、ほかの低い木が近くに生えず、見通しがよくなっている。巨木の近くに生えている草の中で、艶やかな赤い実があちこちになっているのが目に入った。一粒が人間の親指の先ほどの大きさで、小さな粒が集まって一つになっている。
「これや!」
ニチネは歓喜し、ニンフだと手の平にすっぽり収まるサイズのメウラをいの一番にもぎ、かぶりついた。
「うまーい!ベリーや」
甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。残りもあっという間に平らげている様子を見て、三人も生唾を飲み込んで次々と手を伸ばし始める。
「本当だわ、おいしい」
「メウラってこんな所に群生しているのね。野生とは思えない味だわ」
「一粒でお腹いっぱい」
ニチネは二粒目を噛み締めながら、
「(忘れてたわ、こういう果実も旨かったん。ポテチもカップ麺もいいけど……、今はこれで満足やな)」
メウラを食べ終え、疲れた体を休めようと木陰で涼んでいるとピスが思い出したように、
「そういえばさぁ、メリってエルフに何の用事があったの?」
「そうやったな」
メリは手を叩いて、
「私、歌を習いに来たのよ。エルフに伝わる素敵な歌、あるんじゃない?」
モルフィーは嬉しそうにして、
「あるわよ。今日一日じゃ覚えきれないくらいね」
「あたしにも教えてや。今日中が無理そうなら今度は手土産持って行くから」
「そのほうが良いかも。ここ遠かったし」
「こんな遠いとは思わなかってん。ごめんて」
「じゃあ、まずは目覚めの歌からね」
どこからか聞こえてくる鳥の声の中で、モルフィーの歌声が響き始めた。