食べへんの?(1)
朝日が目に入り、うっすらと目を開けた日音は飛び起きた。
「(やば、寝すぎた!仕事行かな……!)」
木のてっぺんで、目の前に広がるのはうっすらと雲がかかった晴れた空に、ゆったりと揺れる木々だ。
「(……ちゃうわ。この見晴らしビビるなー)」
葉っぱの上や周囲を見渡す。
「(ってピスいないやん)」
ふわふわと飛んで木から降りると、歌声が聞こえてきた。誘われるように歌のするほうへ近付くと広場に出る。いくつかあるひこばえの生えた切り株の上でニンフたちが歌に合わせて踊りに興じていた。
「(朝っぱらから?!マジで?!ほかにすることあるやろ)」
ニンフたちはワンピースの裾をつまんでユラユラと揺らしながら踊っている。
「ニチネよ」
「おはよう」
「よく眠れた?」
「えっ?せやな……」
「良かったわねー。あら、髪が乱れてるわよ」
近くのニンフが踊るのを止め、手ぐしで日音の髪を梳いてくれる。
「(時計で起きへんのっていつぶりやろ)」
気持ちよさげに目を瞑る。何個も枕元に時計を置き、ゾンビのように這いずって毎日起きていた自分を思い出す。
ピスは派手に裾を動かして、
「ニチネもほら」と、誘う。
日音は照れながら、
「あたしも?」
輪の端のほうで加わり、遠慮がちにワンピースを動かしてみる。
「(最初からやったけど、あたしを仲間としてみてくれてるんやな。もうあんま前のことは言わんとこ。まあ、興味なさそうやったし、言っても変な子扱いされるだけやけど。あたしはニンフのニチネや)」
周りのニンフたちの笑顔につられて、ニチネもいつの間にか楽しそうに踊っていた。
*
「そろそろ休みましょうか」
「そうねー。テルモの光が暑いわ」
ニンフたちは次々と日陰に入って、葉っぱの上で休み始める。ニチネはきょとんとして、
「テルモ?って何?」
「あの光ってるもののことよ」
ニンフたちの指差す方角を見上げると、空に輝く光が真上から降り注いでいた。
「(あれ、太陽じゃないんや。てか、結局踊るだけやった……。もうお昼なのに……)」
ニチネはお腹に手を当てて首をひねる。伸びをしているピスに、
「まだごはん食べへんの?」
「ごはん?そんなの食べないよ?あー、ラプティスに何か聞いたなー」
ニチネの近くに腰掛けたダグリが森を見やり、
「私たちはね、植物の生気があれば十分なのよ」
「生気?!そんなもんどうやって食べんの?」
「何もしなくても自然と吸収されてるから平気よ」
「えっ」と、この世の終わりのような表情を浮かべるニチネ。
「(もう何も食べられへんの?)」
食べられないとなると急に欲しくなってくる。カリカリに揚げたポテチ、コクのあるスープの入ったカップラーメン、母親の作るお好み焼き……。最後のを思い出したのは、ちょっと感傷的になっていたようだ。
ダグリは励ますように、
「ちょっとつまむ位はするわよ?」
ニチネの表情がぱっと輝き、
「そうなんや!ならええんややけど。ちょっとびっくりしたわー」
それでも、普段そんなに食べていなかった脂の乗った唐揚げ、肉汁がたくさん入ったハンバーグ、とろとろのチーズの乗ったピザなど、際限なく恋しくなる。
「……なぁ、ダグリ、この世で一番旨いもんって何?ダグリの知ってる中やったら」
「一番?ってほどか分からないけど、メウラって実は今の時期食べ頃ね。イプシストスの森で一番背の高い木の根元によく生えてるわよ」
「へぇ、行ってみようかな」
「人間には教えちゃだめよ。きっとあっという間に採り尽くしちゃうから」
メリはピスの髪の毛を結び直しながら、
「この世で、だったらエルフも詳しいんじゃない?」
ピスは苦虫を嚙み潰したような顔で、
「エルフゥ?やだなー」
「いやな奴らなん?」
「そんなことないわよ。知的で物知りだし。まぁ、色んな性格の子がいるからね」
「お高くとまってるような奴らだよ、きっと」
ダグリは頬に手を当て、
「全員がそうってわけじゃないわよ」
メリはニチネに目配せしてピスの肩を叩き、
「私、エルフの村に用事があるから一緒に来る?ピスも一度話してみたら」
「えぇー」
ニチネはわくわくして、
「行こーや、ピス。エルフ見てみたいし」
「ピスもお姉さんになったんだし、ついてってあげたら?」
「お姉さん……?」