ここどこやねん(3)
「父さんいるかもしれないから、外で待ってて」
イプシストスの森を出たところの村の外れに、真新しい平屋のログハウスがあった。ラプティスはクネリの入った網を持って、中へと入っていった。
「ラプティスは慣れてるからいいけど、お父さんはびっくりしちゃうから隠れよ。ニチネ、こっち」
裏口にまわると、外に置かれた小屋にたくさんの薪が積んであった。キャンプ場で見るような石でできたかまどや料理をするスペースがある。カーテンが開いた窓から、薄暗い室内を覗くと、ラプティスがろうそくの火のついた燭台を持って作業している。ピスはまるで自分が作ったかのような口ぶりで、
「すごいでしょ、これが家なんだよー」
ピスは興味津々な目をしているが、日音は口をあんぐりとさせ、
「(どう見ても中世やろ。もっと魔法とかなくてええんか?)」
棚には、見慣れない文字の背表紙の本が何冊か並んでいる。
「(知らん字やなぁ。あれが魔導書ってことも……)」
窓の反射で髪を整えているピスに、
「なぁ、一応聞くけど、この世界って魔法あるん?」
ピスは素っ頓狂な声で、
「魔法?!ないよ、そんなものー。おとぎ話で出てくるだけだってー。ニチネもかわいいとこあるじゃん」
「な、何やそれ」
日音は普段言われ慣れていなかったためか、思わず『かわいい』に反応している。
「(って、よう考えたら、字は読めへんけど、ニンフも人間のラプティスの言葉も同じやったし、最初から自然と分かってたわ。どういうことや……)ピス、もう一個聞くねんけど、種族関係なく言葉って同じなん?」
「みんな同じ神様なんだから当たり前じゃん」
「(神で違いあるん?なんか、よぉ分からんわ)……ちなみに、イプシストスの森から遠くに行ったことあるん?」
「ニンフはこの辺以外は行かないよー」
「(……ニンフが知らんだけってことありそうやわ、これ)」
部屋の壁には手書きと思われる、見たこともない形の地図が張ってあった。
「(ほんま、どこやろ……)」
綿あめがちぎれたような雲がぽつぽつと浮いている青空を見上げると、鳥がのどかに飛んでいた。日音の思考回路は止まり、
「(まぁ、ええか!)」
*
イプシストスの森に戻る頃には、日もだいぶ傾いていた。
「さっぱりしたなー」
「ねー。また入りに行こうよ」
「さすがに図々し過ぎるやろ。ピス、その節あるで」
広場のほうから透き通った声が聴こえてくる。日音は驚いた顔でピスのほう
を振り返ると、
「あれはねー……」
広場に出ると、ニンフたちは踊りながら、
「遅かったじゃない」
「もう夕暮れよ」
メリは歌うのをやめ、日音ににこりと笑いかける。
「お帰り」
日音は頬を染めて、
「……タダイマデス」
ピスはにやにやしている。
「くふふ、今のはニンフに伝わる祈りの歌だよー」
「そこちゃうやろ!うますぎやって!」
ダグリが葉っぱに腰掛け、
「メリは歌の練習もしてるからね」
「知ってたの」
メリは恥ずかしそうに俯き、
「好きなだけだから」
ニンフたちは顔を見合わせて、
「すごいわよー」
「ねぇー?」
「(これがニンフの鑑なんか……!)」
メリの姿を見て、何かを納得した日音。
「さぁ、もう遅いから続きは明日ね」
ダグリが上空へ飛んで森の中へと消えると、
「じゃあねー」と、ほかのニンフたちも次々と方々へ消えていった。
「えっ」
ピスはつんつんと日音の肩をつつき、
「ニチネ、一緒に寝ない?」
「えぇけど、早ない?」
「そう?すぐ眠くなるよー」
ピスに続いて上空へと上がると、
「今日は良い天気だから、この葉っぱの上にしよっか」
今の日音にとってはキングサイズ位の広さのある葉っぱの上へ、ピスは横になる。
「(野宿……?!)」
日音が立ち尽くしていると、
「どしたのー?」
「外、なん……?」
「当たり前でしょ?後はこうやって……」
ぱっと姿を消すピス。
「こうすれば安全でしょ?」
「だからそれどうやんねん?!」
「えぇ?こうやれば切り替えられるけど」と、ピスは消えたり現れたりして見せてくれる。
「(しゅってやるんか?消えろーか?念じるんか?)」
色々と試行錯誤していると、
「ニチネ、出来てるじゃん」
「え?」
慌てて体を見回すと、手も足も見えなくなっている。
「出来てるやん……!」
姿を現したピスは横になってリラックスしていた。自分の隣をポンポンと叩いて、
「ここ、ここ」
「そもそも木の上って何やねん!落っこちたらどないすんねん?!」
「大丈夫だって。そんな寝相悪くないでしょ?落ちても羽でうまぁーく降りてるって」
「落ちたことあるんやな?!」
「ないけど、大体のニンフは上のほうが安全だからってこうしてるよー」
日音は言葉に詰まり、
「た、確かに安全?やけども……」と、もごもご言っている。
「下も葉っぱだらけだから平気平気ー。もう遅いし寝よ?」
渋々ピスの隣に横になる日音。
「ほら、こうしてると眠くなってくるでしょー?」
空にはぽつぽつと雲が浮かんでいた。
「(こんな時間でも雲ってあったんや。……当たり前か。夜の空をしっかり見るのなんて久しぶり過ぎて気づかんかった……。忘れてたんやな)」
夜空を天井にしていると、緩やかな涼しい風が頬を撫で、森のざわめきが微かに聞こえてくる。
「(ほんまや……。なんか気持ちえぇわぁ……)」
瞼が自然と落ち、日音の意識は遠のいた。