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19.恋を隠した午後


 フーミュルは大方の魔族が嫌う『勉強』というものが嫌いではない。


 何かを知っていくことは面白かったし、性に合っていた。人には向き不向きがある。苦に感じることも、楽しいと思うことも皆同じでない。

 時々わからない言葉を調べたりして、横道に逸れて新しい知識が手に入るのも面白かった。


 ただ、これまでは城の呪いについてだけ調べていたけれど、最近では婚姻契約の解除法も調べなければならない。むしろ優先度は後者が上だ。

 これに関してはあまり横道に逸れすぎるわけにはいかない。それなりに根をつめてやっていた。


 魔族は一部の変わり者以外は文献の類をほとんど作らない。だからフーミュルの手元にある書物は魔族について研究しているヒトが作ったものだ。ヒトは文献を作りたがる。それがまったく事実に準じてなかったり、内容のないものだとしても。やたらと作りたがる性質を持っている。だから調べるべき書物は大量にあった。


「フーミュル、なーにやってんの?」


 気がつくと真後ろにラレイルがいた。彼はここ最近、頻繁に用もなく城に来て、暇をつぶして帰っていく。


「……ラレイル、せめて部屋に入る時にはノックをしろ」


「奇跡的に同い年の親友なんだからいーじゃん」


 確かに、生きる年月が長い魔族でちょうど同じ年に生まれて、しかも今現在も生き残っている魔族というのは見ようによってはとても稀有な存在だ。


 しかし、奇跡なんてものはある視点から強引に符合を見出しているにすぎない。


「……ごめん。俺はお前のこと友達とは思えない」


「ガチなテンションでまっすぐに拒絶すんのやめてくれる?!」


「……最近、よく来るな」


「えーダメ?」


 ラレイルはわざとらしく拗ねた口調で言ってくる。

 ダメかいいかで言ったらもちろんダメだが、そんなこと伝えたところで聞くような男じゃない。だからフーミュルはさほど関係のない雑感を口にした。


「……ラレイル、お前ちょっと変わったな」


「えぇー?」


「棘が抜けたというか……」


 特段覇気がなくなったわけではないが、どこか老成したというか、落ち着いた。邪悪さも百年くらい前と比べると段違いに薄い。

 だからこそ、最近はそこまで強く『来るな』とは言っていなかった。


 そもそも以前のラレイルならここまで頻繁にフーミュルのところに来ることはなかっただろう。

 一緒に遊び歩いていた魔族の友人連中が勇者の最後の魔王討伐でのきなみいなくなったのが理由かもしれない。


 あれから二百年ほど経過した。ラレイルはもともと適応能力の高い奴だったから、周囲の魔族が数を減らし周りがヒトばかりになったせいか、ヒトらしさを身に纏い出しているのかもしれない。最近ではもう、魔族らしい享楽的な遊び方や生き方にそこまで関心を持っていないように見える。


「まぁ、オレら魔族の歴史も終焉ってとこだしぃ? 種族の空気がもうぜーんぜんイケイケじゃないじゃん? オレは結構オシャレさんだからぁ、時代の空気感っていうか、価値観の流行? そういうのには迎合してくタイプなんだよねぇ」


 その変化はラレイル自身も認めるところらしく、すんなりと認めた。


 けれど、結局のところ他者との交流を好む彼は、共に長い時間を生きる魔族が減って寂しいのかもしれない。そうも思う。だから数少ない生き残りで、偶然同い年のフーミュルに会いにきている。


 フーミュルは本当のところ、最近のラレイルとなら、ほんの少しだけれど、友人になってもいいかもしれないと思えることがある。

 もっとも、そんなことは本当にほんの少しなわけで、本人に伝えるつもりはまるでない。

 ラレイルを信頼しきって友人関係を築くには、まだ油断が置けない相手だし、フーミュル自身の殻もまだまだ硬すぎる。


「ねーねー、なーにしてんのぉ?」


「婚姻契約の解除法調べてるんだよ」


「ああ、前に大量の本を発注してきたの、あれもミリセントのためだったんだ? ちゃんと調べてんだ。へええ」


「……お前は何か用?」


「え? ああ……そうねぇ」


 どうせ何かくだらないからかいをしにきたのだろうけれど、一応聞いてやる。


 ラレイルは顎に手を当て、目を細めてフーミュルを観察する。


「……まぁ、フーミュルだしなぁ。聞いてもしょうがないな。やっぱいーわ。そこまで興味ないし。オレ帰るねぇ」


「そう」


「あ、そうだ。ミリセント、最近可愛いね?」


「べつに……」


 ラレイルはぶふっと笑い声の始まりのような音を残してその場から消えた。


 フーミュルは思う。


 べつに最近じゃなくても、ミリセントは可愛い。最初に会った時から可愛いし、カエルの時まで可愛いし、いつ何時でもムラなくよどみなく可愛い。


 ただ、ラレイルの言わんとしているところもわかる。


 ここのところのミリセントはとても明るかった。

 家族と対峙して、何かがふっきれたんだろう。そのことはフーミュルの心も明るくさせた。

 彼女の笑顔は花が咲いたように周囲まで明るくなる気がするし、なによりとても可愛い。


 しかし、フーミュルはべつにミリセントのことを好きなわけではない。ものすごく可愛いと思うだけだ。これはただ客観的にミリセントが可愛いという事実であって決して私的観点でも個人的意見でもない。


 ミリセントが城の中を移動しているのは身を研ぎ澄ませば気配として感じられる。


 何度か危険な目に遭っているので心配なのもあり、フーミュルは時々意味なく彼女の位置を確認している。誰かをこうやって大事に思って心配するのも初めての経験だった。


 そうしてはっと気づく。


 フーミュルはもしかしたら初めて友人と呼べる人に出会えたのかもしれない。


 フーミュルはミリセントには警戒しないでいられる。悪意があるのだろうとか、罠を仕掛けているのではと、疑わないですむ。普通に話せる。そんな相手はミリセントくらいだ。

 フーミュルは生まれて初めて友達ができたのだ。


 そう思ったら、無性にミリセントに会いたくなった。

 誰かに会いたいなんて思うのも、思った時に会いに行ける関係なのも、すべてが今までにないことだった。


 しかし、わざわざ訪ねたところで話す用事はないし、偶然を装ってまで顔を見るのはやりすぎだ。そこまでするとまるでミリセントに懸想する変態じみている。


 ただでさえさらってきて、強引に婚姻契約を結ぶなどという困った失敗をしている。それはさすがに迷惑だろう。


 どの道夕食だけは共にしている。

 フーミュルはおとなしく夕方を待つことにした。




   ***




「魔王様、お夕食の用意ができました」


 待ち構えていたフーミュルは、勢いよく扉を開けて廊下に出た。


「へぶっ」


 こんなにすぐに出てくるとは思わなかったのか、すぐ外にいたミリセントがフーミュルの胸に鼻面をぶつけた。


「あっ、悪い。ごめん」


「ら、らいじょうぶです」


 ちょっと照れたように笑って顔を上げたミリセントはすぐ近くにあるフーミュルの顔を見て驚いたように動きを止めた。


「ミリセント……?」


「………………わぁ!」


 ミリセントがのけぞって距離を取った。

 結構な勢いだったので、フーミュルは地味に傷ついた。


 ミリセントは料理の腕を上げていて、その晩もおいしそうな料理がテーブルに並んでいた。


 盛られた料理の数々はもちろん一流の料理人が作るようなものではない。それでも一目見れば、手間をかけて丁寧に作ったものであることがわかる。


「いただきます」


 フーミュルは料理を口にして「おいしい」と呟いた。

 ミリセントはいつものように「よかった」と言って安心したように笑う。


 しかし、その晩のミリセントは少し様子がおかしかった。

 こちらをチラチラ見るのに、フーミュルが顔を上げるとぱっと俯いてしまう。

 そうこうしているうちに無言の食事が終わる。


「ミリセント……もしかして……」


「えっ、な、なんです?」


「ラレイルに何か言われたのか?」


 フーミュルのところに来たのだから、その前後にミリセントと会って話していてもおかしくない。

 ふざけてあることないこと吹き込まれていてもおかしくない。


「…………えっと」


 ミリセントは俯いたまま自分の耳に髪をかけた。

 女性には口にしにくいような下衆な内容なんだろうか。そう思ったらちょっと腹が立った。


「まさか、ラレイルの言うことなんて信用しないよね……?」


「いえ、そんな……あの……」


「……もしかして、具合が悪い?」


 ミリセントの顔はずっと赤かったし、目もどこかとろりとしている。


「大丈夫? 早めに休んだほうがよくないか? 片付けとかも俺がするから今日はもう……」


「い、いえ、そんなんじゃありません! お給料をいただいてるんですから片付けはわたしが……」


「いやでも心配だし……」


「大丈夫です……あっ」


 同時に皿を取ろうとして、ふたりの手が重なった。ミリセントはビリビリと電流が流れたかのようにパッと勢いよく離した。その顔は真っ赤で、フーミュルは呆然とした。


「すみません……やっぱり、今日は休ませてもらいます。片付けは明日やるので、置いておいてください」


 ミリセントは固い笑顔でそう言い放ち、さっと食事室を出ていった。


 逃げられた。


 それはそうだ。そうだよな。

 ミリセントがラレイルの嘘や悪口を無条件に信じるとは思えないから、それは嘘ではなく、フーミュルが根暗で隠キャでゴミであるという事実に基づいた実話を何か聞いたのかもしれない。

 やはり、まともな人間は自分のような者と友人をするのは辛いものなのかもしれない。フーミュルは深い絶望の淵へ落とされたような気分になった。


「あ、魔王様」


 ミリセントがぱっと戻ってきて、顔だけひょこっと覗かせて言う。


「お、おやすみなさい」


 はにかんで言う顔に嫌悪は微塵も感じられず、あっという間に大きな安堵に包まれる。感情の上下の起伏が異様に激しい。


 何かおかしなことが自分の中で起こっている。

 いや、これはもう随分前に起こってしまい、既に変質してしまっている、十年前に入っていた床のひび割れを、今日見つけたような感覚だ。


 フーミュルはそのひび割れの正体をもうなんとなくわかっている。


 しかし、フーミュルはその答えの紙をぐしゃぐしゃに丸めて、箱に閉じ込めて鍵をかけた。それから心の見えないところに隠してしまう。


 そうしてまた、文献を読み漁る作業へと戻っていった。





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