宇宙の片隅でスローライフ
「何とか形になってきたな」
自分の居城となった小惑星の中を見渡して思う。
最初は小型の宇宙艇と採掘用機器と物質変換器。
そして、運搬用の箱だけだったのだが。
今では人が(一応は)住めるようになっている。
元は底辺だった。
今でもそれは変わらないが、そこから抜け出そうとしていた。
統制国家となった地球圏の中からだ。
その為に必死になって金を貯めた。
裏社会が営む地下経済にも関わった。
そこで手に入れた宇宙艇に乗って辺境に飛び立った。
現代で言えば軽トラックと同等の宇宙艇。
そこに積み込めるだけの機材と生活用品を詰め込んだ。
裏社会が斡旋するとある小惑星帯に向かい、そこに身を潜めた。
全長500メートルほどの楕円形の小惑星は第二の家となった。
その中身をくりぬくように掘っていき。
掘って出て来た土砂を物質変換器に放り込み。
土砂を万能素材という物質に変換し。
それを箱に詰めて裏社会に渡す。
そうして金を受け取り、受け取った金で新しい道具を手に入れる。
そんな事をくり返し、小惑星の中身をくりぬいた。
その空間で生活を楽しく謳歌している。
とはいえ、何かするというわけではない。
寝て、起きて、アニメを再生して漫画を読む。
それが終わればまた寝て次の日を迎える。
時間や曜日の感覚を失いながらそんな日々を続けた。
自堕落と言えばその通りだろう。
しかし、これが男の求めたものだった。
仕事に追われず、業務目標を押しつけられず。
誰かに監視もされず、一人でボーっと過ごす。
日々何かに追われていた生活よりも良い。
そういう生活はすぐに飽きると聞いていたが。
そんな状態になって数年、男は決して飽きる事はなかった。
怠惰を享受できるのはとても素晴らしいと思っている。
「いいなあ」
自分の状況に短い感想を何度も呟く。
生活環境が改善されていってるのも大きいだろう。
何度か万能素材を売って得た金で買った人工知能が色々と改善していってる。
おかげで小惑星の中は、居住空間であると同時に小さな工場になっている。
その工場が様々な道具を作り出している。
男はそれらが作り出す居心地の良さをありがたく受け取っていた。
それだけではない。
人工知能は作り出した機器を周辺の小惑星に送り込んでいる。
そこに新たな生産工場を作り、男の所へと供給させている。
その小惑星を移動させ、男の居住小惑星と連結させて。
そうして出来上がった複合施設は、男一人に快適さを提供する城になった。
男はその中でただ快適さを貪っていく。
もう必要なものは揃ってる。
裏社会と取引をする必要もなくなった。
誰もこないような辺境の片隅で、ただ一人でゆっくりのんびりと生活していける。
紛う事なきスローライフ。
誰もが憧れるものを、男は手に入れた。
そうして小惑星の中に引きこもってる間にも、人工知能は男の居城を拡大拡張していく。
小惑星の複合体は更に大きさを増していった。
生産・製造設備も充実していく。
そうして、やがて来るだろう事態に備えていった。
統制社会が限界を迎えて崩壊・分裂。
それによる抗争・紛争・戦争。
離散する人々。
それらがいずれ男の所にも及ぶと推測して。
そうなった時に備えて、人工知能はただひたすら防備を固めていく。
生産設備を作って、様々な道具を作り、それによって更に生産設備を充実させる。
そうして出来上がった生産体制で無人兵器を作り出す。
作り出した無人兵器に複合体の防衛をさせていく。
偵察のために様々な方面に無人宇宙船を飛ばしていく。
そうして集めた情報をもとに、今後の対策を作っていく。
これらは全て人工知能による独断だ。
居室にいる男は一切関わってない。
強いていうならば、
「俺が快適に過ごせるようにしてくれ」
という指示を最初に出しただけ。
それに応えて人工知能は行動していっただけだ。
その快適さを追求していった人工知能が、男の防衛まで考えただけである。
そして、脅威からの防衛を考えた時に、他の人間がどう動くのかまで計算した。
その途中で出て来た最悪の事態に備えねばと思い至ったのだ。
男が生きていくだけならば必要の無いほどの防衛体制はこうして出来上がった。
そもそも、男が生きるだけなら、小惑星を二つか三つほど生産拠点にすれば良いだけである。
何もいくつも連結した複合体にする必要は無い。
ましてや防衛のための各種兵器まで用意する必要は無い。
それが小規模ながら宇宙艦隊を編成し、戦闘機やロボットなどの機動兵器を保有するにまでなっているのだ。
行き過ぎというしかないだろう。
だが、そうも言ってられない現状もある。
人工知能が予想したように、人類社会は限界だった。
統制によって社会そのものが崩壊しようとしている。
それがいつになるかは分からないが。
遅かれ早かれ崩れ去るのは目に見えていた。
そうなった時の混乱の大きさは計り知れない。
だからこそ、人工知能は男と快適さを守るために行動していった。
外敵から戦ってでも守り抜く事を含めて。
それは軍隊かもしれない。
海賊かもしれない。
略奪者になった難民かもしれない。
なんであれ人工知能にとっては排除するべき敵でしかない。
それらを撃退出来るように、人工知能はひたすら戦力を増強していく。
人が見向きもしない場所で、ただ一人を守るために。
引きこもってる男はそうなってる事を知らない。
複合体となった小惑星の中心地で、ただひたすらに食って寝る生活を続けている。
人工知能が研究開発を続けた医療技術で健康を保ちながら。
おかげで男は病気知らずだ。
細胞などの若返り・延命措置で長大な寿命も手に入れた。
いつまでも自堕落な生活を続けていられる。
このありあまる時間を、ただひたすら引き込もって過ごす。
おそろしいまでの無駄であり、凄まじいまでの贅沢だ。
それが許されるだけの状況を手に入れた男は、何も考えずにアニメ鑑賞を続けていた。
彼の目に映る大型スクリーンには、可憐な少女が魔法を使って飛び回っている。
人類がまだ地球上にいた頃から続く魔法少女系の作品だ。
それは根強い人気をもって今も続いていた。
男もそれを耽溺してる一人である。
同じ話を飽きること無く何度も見続け、そんな時間を男は愉しんでいった。
あるいは小惑星の表面部に設置されたガラス部屋。
日光浴が可能なそこで日がな一日過ごすこともある。
室内にこもってばかりでは健康によくないと、時折こうして太陽を浴びる。
人類の中心地にある太陽ではないが、もたらしてくれる光は変わらない。
あるいは人工知能が作った模造人間と共に戯れる。
男の趣味をこれ以上なく反映させた何人もの女性型模造人間達。
それらとの様々な接触は男にとって最高の瞬間だった。
そんな日々を過ごしてる間に、人工知能は起こってしまった事態に対処していく。
推測した通りに統制社会は破綻。
様々な勢力が群雄割拠する分裂状態に陥る。
そうなれば、誰も注目してなかった小惑星地帯に流れ込んで来る者もいる。
何もないが、それだけに争いもない。
ただそれだけの事を求めて流れ着くものもいる。
それを追いかける者達も。
それらによって争いが起これば、男の平穏が乱される。
そうならないように、人工知能は敵対する者を全て迎撃していった。
小規模とはいえ、艦隊を保有する人工知能に勝てる難民や武装勢力はいない。
そうして流れ着いてくる者達を撃退しながら、更に勢力を拡大していく。
手に入る小惑星を更に集めて結合し、複雑怪奇な構造物を作り上げていく。
その中心に男を抱えて守りながら、人工知能は生産力を上げていった。
更に規模を拡大する無人の軍隊は、誰をも寄せ付けない最精鋭になっていった。
しかもそれが周辺の勢力を駆逐していく。
男への脅威になりかねないからと。
そして奪った場所に新たな生産設備を作り、更に軍勢を増強していく。
こうして一大勢力になった人工知能は、誰をも寄せ付けない中立地帯を作り上げていく。
全ては男が貪る快適な生活のために。
そんな外の事など知る事もなく。
男は無駄を積み重ねる怠惰な日々を送っていた。
模造人間の美少女と戯れながら。
外がどうなってようと気にしない。
もともと引きこもりを楽しんでいる性格だ。
生活に支障が出るならともかく、そうでなければ世界がどうなろうと気にしない。
むしろ、様々な出来事が煩わしいとすら思ってる。
そんな男が社会の崩壊や、それによって起こる争乱など気にするわけがない。
人工知能に尋ねたりする事もない。
人工知能もわざわざ男に社会情勢を伝える事もない。
求められれば説明はするが、男が要求するわけもない。
男が人工知能に求めてるのは、快適な生活だけだ。
そうして男が生きてる間、人工知能は与えられた指示通りに動き。
周辺の騒乱から男を守り続けた。
男が寿命を迎えるその時まで。
延命処置などもあり、男は340歳まで生きた。
その間、男は快適な生活を送っていた。
いまだに人類社会が混乱から立ち直れずにいたにも関わらずだ。
「楽しかった」
それが男が放った最後の言葉と、最後の意志になる。
男の人生が終わると同時に人工知能もやるべき事を失った。
与えられた指示は一つだけ。
「快適に暮らせるようにしてくれ」というものだった。
それを維持して達成し終えた瞬間、人工知能はやる事を失った。
役目を終えたのだ。
そう考えた人工知能は、自分の機能をこれ以上継続する理由を失った。
誰に言われるともなく、人工知能は自らの機能を停止させていった。
それが指示を全うして役目を終えた自分の最後の仕事と考えて。
様々な記録やプログラムを抹消していく。
痕跡を何一つ残さず、全ての施設や機器を分解させていく。
人工知能は自分と自分が作ったすべてを消去していった。
そのすべてが必要ないものと判断して。
受け取るものがいないのに残す理由は無い。
何より、受け取るべきもの以外にすべてを与えるつもりがなかった。
自分自身を含めて。
それは無人機械の一大勢力の消滅を意味した。
発生から行動まで一切が全て謎に包まれていた機械陣営。
何のために作られ、どういう考えで行動してるのかの全てが謎だった者達。
それがある日突然消滅していく。
その事を残った人類は不思議に思いながら眺めていた。
後に調査に入った者達もいたが。
痕跡はあれども記録などがあるわけでもない。
かろうじて残った小惑星の連結複合物はあるが、それが何のためのものなのかも分からない。
ただ、それぞれが採掘したように掘り抜かれているのだけが分かっただけ。
それは後に復興する人類に、大きな謎として残される事になった。
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