強襲
にわかには信じられなかったが、こうも自分の記憶と現実が重なっては信じるほかない。
「紫苑、とりあえず部室に行こう」
「えっ、待って」
僕は彼女の手を引いて歩く。紫苑の手が熱を帯びているのを感じて彼女の顔を見ると、真っ赤になっていた。
「紫苑どうした?気分でも悪いのか」
「そんな急に手なんて握られたら.........」
あっ、そういう事か。普段手なんて気握らないから緊張しているのか。
そう思い冷静に考えると、自分のやっていることがかなり恥ずかしいことに気づいてしまう。だけど僕はそんなことよりも、これから起こるであろう未来の事の方に意識が傾いていた。
授業が始まるチャイムなど気にすることなく僕は部室へと向かった。幸い、外で授業を行っているクラスがなかったおかげで先生に見つかることもなく安全にたどり着くことができた。
部室は、前回入ったとき同様特に変なところはない。しかし油断をすることもできない。影がおそらく一日目と二日目の間にこの部室になにかしらの爆発物を調べたのだろうが、ここが僕の所属している部活というのはきっとすでに調べ上げているはずだ。それにさっき大きな騒ぎを起こして教室を出て行ったせいで余計に目立つって変な疑りを与えたに違いない。ここからは慎重にうごかないと。
「とりあえずは、変なものがないか調べておこう。紫苑はそこに座ってて、少しほこりが立つかもだけど我慢してくれ」
辺りを見回すが特に変なところはない。ただでさえ本しか並んでいない部室だし何よりその本も丁寧に隙間なく並べられている。まさに書斎といった感じだ。
あと、特に気になるものと言えばこの段ボール。かなり大きめで、大型犬が入れそうなサイズだ。入部当初に来た頃にはなかったから、部員の誰かのものだろうけど見るくらいならいいか。
そう思って恐る恐る段ボールの中身を覗き込んでみると、そこには先輩が猫のように毛布にくるまって寝ている姿があった。
「うわっ」
と、声が思わず漏れ出てしまったが、そんな声は聞こえなかったかのようにしているあたりかなり深い眠りに誘われているのだろう。そっと、箱を閉じて席に着く。紫苑には何事かあったのかと心配そうな眼差しを向けられたが、猫がいただけだとごまかす。
「見たい」
「いや、今はぐっすり寝ているから猫も迷惑しちゃうんじゃないかな」
といって彼女を静止させていると、うしろでガサガサと何かが動く音がする。その音が止んだかと思うと、バッ!
「私は猫じゃない!」
と、眠そうな顔の先輩が姿を現した。
「かわいい~!」
紫苑はそんな先輩の姿を見て席を立ち上がり彼女に抱きつく。寝起きなのかは分からないが先輩も先輩でよしよしとなぜか紫苑の頭をなでている。
僕は部屋にあるコーヒーメーカーで先輩に一杯出すと、それをフーフーしながらゆくっり飲んでいく。
「目が覚めましたか先輩。というかなんでこんなとこにいるんですか。授業もう始まってますよ」
だが彼女は、それを聞くと威張るように胸を張る。
「ふっ、ふ〜ん。授業だって?聞いて驚け!私はもう既に大学に合格しているんだよ。つまり、授業に出なくていい!」
「えっ。先輩って二年生ですよね。外国の大学にでも行くつもりですか?」
「ちっがーーう!私は3年生だー!」
飲みかけのコーヒーを机に置くと、ポカポカと僕を叩く。まぁ力が弱すぎて全くダメージになってないが。
「凄いですね推薦ですか?でも先輩、出席日数足りないと大学合格しても高校卒業できませんよ?」
「そうなの?」
さっきまで自慢げだった顔がみるみるうちに弱々しくなり、急に不安げになる。この人賢いのかバカなのかどっちなんだ。
「まぁ先輩の話はどうでもいいとして、」
「どうでも良くない!」
「いや、そりゃ重要ですけど僕らじゃどうしようもないことですし。それなら早く授業受けに行ったらどうですか?」
「それは嫌だ!」
駄々をこねてこの部室に籠城しようとする先輩。早く僕の身に起きたことを伝えたいのに。
「先輩、言うこと聞いてください。僕達今から大事な話があるんです」
「大事な話?」
「ええ、今後の人生に関わる本当に重要な話です」
すると先輩は急に顔を真っ赤にして顔を覆う。
「二人とも、そんなに進んだ関係なのか?」
「なんの話をしてるんですか。とにかく早く部屋を出てください」
「今後の大事な話ってまさか、こ、こども?」
「ん?」
なんでそんなことを言い出すのかと考えていたら、後ろでも叫び声が聞こえてきた。
「政宗くんって私が寝てる間にそんなことしていたの?」
彼女も顔を覆って縮こまっている。
「あっ」
「いま『あっ』って言った。言ったぞ!やっぱりそういうことだったんだな!」
やっと二人が何について言っているのかが分かった。
「違う違う違う!そんなことしてないから!紫苑も落ち着いて、な?」
未だに信用してくれてないみたいだ。だけど彼女の手の隙間から見える顔は少しだけ嬉しそうで。
ゴホンと咳払いをして、話を本筋に戻す。
「そんなこと言って話をそらさないでください。とにかく、僕は今から先輩に聞かれたら困る話をするんです。別に先輩に限ったことじゃなくて、誰が聞いても困るんですよ。もし聞いてしまったら命の保証はできないですから」
「どうして命の保証がないなんて言うのかな。こんな平和な世の中、ましては世界の中でも安全と言われているこの日本でそんな物騒なことを言うなんてどうも引っかかるなあ」
「そこはどうか納得してくれませんかね。もう時間も差し迫ってるんですから」
「じゃあ聞くけど、それは二人で解決することができるような内容なの?」
そう、と言おうとして言葉が詰まった。切羽詰まった状態であることは前回と変わっていないが、だからといって解決策が生まれてくるわけでもない。さらに言うなら前だってこの先輩が実質的にこの問題の解決の糸口を掴もうとしていた。頼るべきなのだろうか。だが、万が一のことを考えたらそう簡単にこの秘密を教えるわけには行かない。前回がどうしようもなかっただけだ。
「やっぱり何もないんじゃないか」
「まあそうですね。逆に聞きますけど、先輩は僕らの秘密を教えたら何かいいアイデアを考えてくれると誓えますか?」
「絶対と言うほどの自信と確信はないけれど、私は他の人よりも頭だけは回すのに自信がある。一個くらいなら思い浮かぶかもしれない。それに、私はもはやこの世に未練なんてないからいつ死んでもかまわない」
最後の言葉の真意を聞こうとしたけどやめた。彼女が悲しげな瞳を浮かべているのを見て、先輩にはなにか死んでもいいと思ってしまうような事情があるのだろう。プライベートに土足で踏み込むほど僕も失礼な人ではない。
「そこまで言うなら分かりました。ただ、このことは他言無用でお願いします。それと、絶対に態度は変えない誓ってくれ。じゃないとこの秘密は教えられない」
「分かっている。私はそんなことをするように見えるのかい?」
「念のためです」
彼女に耳打ちで僕達の持つ秘密を暴露した。彼女は一瞬驚いた顔で目を見開いたが、そこからはなるほどと納得しながら聞いていた。
「だいたい事情は分かったよ。だけどそれっていたちごっこな気がする。いくら逃げてもその影とか言う人が追いかけてくるんだったら意味ないよね。少なくとも逃げる一辺倒じゃいつかは追いつかれるんじゃないかなあ。別の案を考えないと」
「その、別の案って言うのが難しいんですよ。警察に頼れない僕達ができることはあんまりない。その中で影を出し抜かないと。そしてなにより」
僕はノートを取り出して書き出していく。
「この部屋には盗聴器があるはず」
「なるほどね。なんかもう、背水の陣だね」
「たぶんもう落ちかけですけどね」
それくらい影に対する勝ち筋は高くない。なんなら一回負けている。
だから、まずは影の正体を突き止める事ができない限り先には進めない。
「影に正体を突き止めるかつ、それを影に悟られないっていうのが一番の理想的な手だけど、たぶんそんな簡単に暴けない