ペンダント
今日も今日とて何も変わらない。いつものように朝食を食べて制服に着替えて、鞄を持って学校に行くだけ。ただ一つ、僕が普通と違うところといえば、
「行ってきます」
玄関の扉を開けて振り向く先には、着ているパジャマが乱れているあどけない少女。
「行ってらっしゃい、政宗くん」
そんな彼女の優しいお見送りを、僕は返事をせずにその扉を閉めた。
「おはよっ。今日は彼女と別々なんだな」
学校に着くなり玄関で声を掛けてきたのは幼なじみの拓也。
何かと縁のある男で、幼稚園から違うクラスだったことがない。
「だから、違うって言ってるだろ。あいつはそんなんじゃないって」
「ま〜だそんなこと言ってんのか。だいたい、同棲していてそんな言い訳が通じると思ってる時点でダメなんだよ。もう少し、紫苑さんには優しくしなくちゃダメだぞ」
はぁ。この問答を何度繰り返したか。
「はいはい分かりましたよ。っていうかまずい、予鈴なってるじゃん。今日は一限別棟だから急がないと」
「ホントだ!走れ走れ!」
チャイムの五秒前で教室に滑り込んだことでなんとか間に合った。席に座ると教科担任が扉を開けて教室へ入ってくる。出欠を確認していくが、紫苑の姿はない。
基本あいつは一、二限は学校に来ない。曰く睡眠時間が足りないのだそうだ。それでいてテストで赤点は取ったことないどころかいつもほぼ満点なので、家で猛勉強しているのではという噂がたつことがある。
だけどあいつはホントに勉強なんてこれっぽっちもしていない。テスト前に教科書を眺めているだけで点が取れるタイプのやつだ。
「じゃあ、始めるぞ。今日は源氏物語の紫の上の死から...」
屈託な授業が始まる。僕は後ろの席をいいことにスマホを取り出して千尋にLINEを送る。
「おい、ちゃんと学校に来いよ」
「はーい」
一秒もしない内に既読がついて、数秒で返事が返ってくる。
どうせ今頃は家でゴロゴロとテレビを見ているだろうに。戸締まりはちゃんとするようにという連絡を入れて、携帯を閉じる。いつの間にか教科書の内容は次のページへと進んでおり、周りでは数人がかくかくと首の上下運動が始まっていた。
「じゃあ、この和歌に含まれる助動詞とその活用を……永和、答えて」
マジか。運悪いな。しぶしぶ椅子を引いて立ち上がる。
がらがら。
「遅れました」
僕が答えようとしたときに教室へと入ってきたのは、いつもなら家にいるはずの同居人だった。
「おまえ、どうして」
「まさm、永和くんおはよう」
いままで定刻で来たことのないあいつが学校に来た。これにはさすがのクラスメイトも驚いたようで、「紫苑ちゃんが一限目に来てる」「どうして?」なんてこそこそと話す人が出てくるほどだ。それくらいに彼女が来たことは前例にないことだった。
「はじめまして紫苑君。とりあえず遅刻届を書きに行きなさい」
「は~い」
また彼女は扉を閉める。そういえばこの先生は一限目にしか来ない非常勤講師だから紫苑を見たことがないんだったな。しばらく教室内の謎の興奮が生徒達を会話へとかき立てたが、先生の咳払いによって授業は再開される。
前の席が徐々にこちらの机に接近してきて、拓也が顔をこちらに向けてきた。ひそひそ声で、
「おい、紫苑さんどうしてきたんだ?なんか逆に何かあったんじゃないかってこわいんだけど」
「知らない。僕だって初めて見たんだ、あいつが一限目に学校に来たのなんて」
その後も紫苑はいつもと同じように初めてのはずの古典の授業を聞き続けた。なんなら先生に当てられても完璧に返答してたし。おかげで僕への質問は逃れられたようで少し紫苑に感謝だ。
休み時間、本棟へ戻るために拓也と二人で廊下を歩いていると後ろから肩を叩かれる。振り向くと指がほっぺに沈んでいく。
「……かわいい」
ニヤニヤと笑う紫苑がそこにいた。急に恥ずかしくなった僕は彼女の手をどける。
「何しに来たんだ。というか、寝てたんじゃないのか?」
昨日だっていつもと同じ時間に寝たんだから睡眠時間は変わっていないはずだ。よっぽどの事がない限り、というかあってもきそうにないのに。
「これを渡そうと思って」
そう言っ取り彼女の鞄から取り出されたのは、六角柱になっている水晶が付いているペンダントだった。
拓也はきれいだな、なんて言っていたけれど僕はそれを一目見て酷い吐き気を催した。持っていた筆記用具はすべて地面に散らばり、その場に立っていられなくなる。首元を必死に押さえて吐き気を押さえようとするけどそんなものじゃ止められなかった。「うげぇ」と廊下の真ん中で僕は胃の中が空っぽになるんじゃないかというほどに吐いた。途中拓也が背中をさすってくれていた気がしたけど、止まらなかった。
そして全部を吐き出した後、まるで一緒に魂も出て行ったかのように僕は意識を失った。
目が覚めると、白いレースの空間の中にいた。良い意味でも悪い意味でもなく匂いがない。
レースを開けると、「おきたのね」という先生の声がした。
話の聞くところによるとあのまま気を失って保健室で寝かせていたらしく、早退させようかとも思ったが、家族がいなくて同居人は紫苑しかいないということも学校は認知しているのでここで寝かせたままにしてくれたようだ。
時計を見ると時刻は三時半前。六時間弱眠りこけていたみたいだ。
「先生、ありがとうございます。もう大丈夫なので教室に戻りますね」
先生はまだ少し休んでから帰ってもいいと言っていたが、それどころではなかった。彼女の持っていたあのペンダントの真相を知ることのほうがもっと大事なことだから。
授業終わりのチャイムが鳴る中、僕は階段を上って教室へたどり着く。ちょうど六限の講師が教室から出て行ったところのようで入るなり「大丈夫だったか」なんていう励ましの言葉がかけられた。
だが、僕はそんな心配の声も無視して後ろの席で平々と座っている同居人もとい紫苑へと歩み寄る。
ドンッ。
かなり大きい机の音が鳴る。その分僕の手も痛かった。
「紫苑、それをどこで手に入れた」
このときの僕はもしかしたらすごい顔で紫苑をにらんでいたのかもしれないけど、彼女はけろっとした顔で、
「郵便で届いたんだぁ。まs、永和くん宛てだから開けてみたの。そしたら見たことあるペンダントだから渡さなきゃと思って学校来たんだ」
郵便?でもあのペンダントは、
「それで、差出人は誰だった」
「えーっとねえ、たしか影って名前だったと思う」
それは、僕だけが知るあいつの名前。もう聞くことは無いだろうと思っていた記憶のそこにあったもの。
「紫苑、帰るぞ」
僕は紫苑の手を引いて鞄を背負う。いつもであればこんなことをすれば拓也だってからかってきただろうが、僕の表情を見てただ事では無いと思ってくれたらしい。急いで出ようとする僕達に向かって、紫苑の鞄を投げる。
「忘れ物だ。気をつけろよ!」
「ありがとう」
教室のどよめきの中、ペンダントを持った手を強く握りしめて走り出した。
家に着いてまず荷物の送り先を確認した。ダンボールに付いた宛先を確認しようとしたが、そこには伝票が乱雑に剥がされた跡だけがある。
やっぱりもう対策はされている。僕がいない時間をわざと狙って送ってきたに違いない。なぜなら紫苑はただの被害者であって何も覚えていない。宛名を見ても何も感じなかったのがその証拠だ。
「ここも危険だ。離れよう」
「どうして?何があるのか教えてよ」
突然こんなことを言われてしまったら誰だって困ってしまうのは分かっている。だけど、そんな一刻で何をしてくるか分からないのがあいつらの恐ろしいところだ。
「ちゃんと説明するから、今だけは僕の言うことを聞いてくれないかな?」
少しだけ困った顔で逡巡していたが、僕が手を引いたら紫苑は戸惑いながらも受け入れてくれたようだった。
もう、この町が安全ではないということだけは明白に分かった。だからといって逃げなければ僕達は彼らに消されてしまう。結局辿り着いたのは自分の通う高校だった。
まだ時刻は4時を少し過ぎたところ。校内には部活に勤しむ生徒のの声が元気に響いている。
図書館に行こうかと思ったが、話をしているのを先生にもし聞かれたらということを考えたら結局部室に向かうことにした。
「良かった。今日は誰もいない」
僕が所属している部活は文芸部。文学部と活動内容がほとんど被っていることや、部活の歴史、部室の広さ、部員の数と全てにおいて下位互換である文芸部には結果的に片手程の部員しか集まらず、かろうじていた部員の半数以上が三年生であったために晴れてこの春、部員は脅威の五人という存続の危機に陥っている過疎的な部活に成り果てていた。
なので必然的に活動も減り、今では月一程度でしか集まりのないというなんとも悲しき部活だった。
「紫苑も入っていいよ」
部活の存続に必要な最低人数五人を確保する為に誘っていたので紫苑も部員ではあるのだが、勝手に入れたのでそもそも彼女は部室に入ったこともなければ部員であることすら知らない。
いそいそと周りを物珍しそうに見ながら入る。といっても中はそこまで広くはない。十畳ほどの空間に周囲を本棚で囲み、中央に円形の机があり椅子があるだけ。部員は五人なので五つの椅子が、等間隔に置かれている。
「ここ、政宗くんの部室?」
「一応お前もここの部員だ。別にこれから使いたいなら使ってくれて構わない」
「そうなの?じゃあ明日から一緒に来ようね!」
やったぁ!と言いながら彼女は椅子に座る。僕もその隣に座って例のペンダントと、僕が日頃から身につけている一冊のメモ帳を取り出して机に置く。
深呼吸をゆっくりと行って息を整える。これから紫苑に聞くことは、僕にとっても彼女にとっても思い出したくないこと。今みたいに紫苑の記憶が混濁している状態の元凶でありその塞がりかけた傷を開くというのは彼女をさらに不安定にしてしまうかもしれない。
だけど、このペンダントが送られてきたということはそんな悠長なことすらも許されないということであって、意を決する心構えが必要だった。
「あのさ、紫苑。僕達が施設にいた時のこと、覚えてないか?沙羅とか大翔とか慎也とか恭真とか、知ってるだろ?」
「そんなこと突然言われてもわかんないよ」
本当に何も知らないというような顔で突然詰め寄られて困惑している。だけど、言葉とは反対に彼女は頭を抱えた。そうだ、紫苑が知らないなんてことはあり得ない。だから次の質問をすれば彼女は必ず答えてくれるはずだ。
「永和のことを、覚えていないのか」
抱えていた頭を振り払って彼女の目はこちらを向いた。 そう、それでいい。
「そんなわけないよ!だって永和くんは私と政宗君の幼馴染だよ?忘れるはずがない。学校でみんなが政宗君のことを永和くんって呼ぶのだって、忘れないようにするためなんでしょ?」
これが、彼女の解釈だった。紫苑にとってあの日から僕は政宗であり、永和は死んでしまった。彼女の中では今でも政宗が生き続けている。
「ああ、そうだ」
そうとしか答えられない。もし、違うと言ったらきっと彼女は壊れてしまう。紫苑のよりどころはあの日からたった一つ政宗の存在でありそれがなくなればただでさえ不安定な彼女の人格が破綻する。僕だって残った唯一の家族ともいえるべき人を亡くしたくなんてない。
事件の犯人がわざわざ姿を現してきたということは、何か理由があるはず。ペンダントが送られてきた意味を考えないときっと僕らはあいつに殺される。
「あの時の殺人鬼がまたこの街に来た。きっと狙いは僕たちだ」
突然紫苑の顔色はたちまちに悪くなっていってハンカチで口元を覆ってしまう。
「じゃあ、早く止めないと!」
「わかってる!だから、どうするか考えないとなんだ」
あの時は、突然影が現れた時に運良く僕達がクローゼットの中に隠れたことでバレずに殺されなかった。
だが今回は全く違う。わざわざシスターの持ち物であったペンダントをこちらに送り付けているんだ。それはたとえ何も書かれていないとしても殺人予告となんら変わらない。
どうして僕達があの時の生き残りとばれたのかは分からないが、とりあえず逃げないと。
「警察に相談するって言ってもどこから話せばいいか分からないし」
それに何より、これは僕の考えだが影は警察と繋がっている。あの日の事件は今調べてもなんの痕跡も残っておらず、まるで神隠しにあったかのように孤児院があったことすら履歴から消され、今では何の変哲もないビル群の一角に添えられている。
ドコッ。
何かが崩れる音がした。音のした方を振り返ると、棚に並べられている本が一部崩れて、地面に落ちている。その本の下にはこの部活唯一の二年生である柊美春が押しつぶされていた。
「た、たすけて」
救いの手を差し伸べる手がゆっくりと落ちていく。それをしっかりと握って、本の山から彼女を出してあげた。
柊は礼を言うと何事もなかったかのように部屋を出ていこうとしたので、部室のドアの前を陣取って彼女の進路を阻んだ。
「先輩、今の話最初から聞いていましたよね?」
「それは、二人が来る前から私はいたからね」
何食わぬ顔で返事をしてくる。
「じゃあ、先輩も同類ですね。一緒に考えてください」
「えっ、話じゃ二人にしか関係なさそうだけど」
「それは僕達だけが知る秘密を持っているからですよ。せっかくなので先輩にも教えてあげますね。その秘密というのは.........」
耳を塞ごうとした彼女の手を僕は掴む。さすがに男子の力には勝てずに、僕は彼女に耳元で孤児院の秘密を打ち明ける。
「これで先輩も同類です。もちろんこんなこと他の人に話さないでくださいね」
柊はその真相を聞いて、ペたりと床に座り込んだ。普通の人が聞いたら驚くではすまないようなことを言ったのだ。本当に申し訳ないとは思うが、僕らだって死にたくない。少しでもこの話を知ってしまったからには運命共同体になってもらわなくては。
「えっ、だってそれって」
「しぃーーっ。誰が聞いてるか分からないんで口には出さないで」
我に返ったのか口をパクパクと動かして紫苑を指さしている。
「先輩、気にしないてください。私は全然大丈夫なんで」
紫苑は苦笑いして彼女の肩に腕を回して立ち上がってもらう。紫苑に触れられて、少しだけピクっと震わせたが、従うように彼女に体重を預けた。椅子に座ると、お茶を一口飲んでようやく一段落落ち着いてくれたみたいだ。
「私の素性は今永和が話した通りです。というか、それしか知らないんですけどね」
だからといって紫苑は自分のことにたいして執着はない。思い出せればラッキー程度の考えでしかない。
「まぁ、分かった。だって彼女は関係ないんだもんね」
「シエって呼んでください」
「? 分かった、シエちゃん」
その呼び方を聞くと、どうしてか嫌な気分になる。
「まぁそれはいいとして先輩、話を聞いていたなら何かいい案みたいなの思いつきませんでしたか?」
それを待ってましたかと言わんばかりに彼女は立ち上がると、崩れた本の中から何かを探し始める。やがて一冊の本を見つけるとそれを机の上に置いた。
タイトルは、「僕の優雅な日常」。この本はかなり訳ありな作品で、それが理由でこの学校でのみ絶大な人気を誇っている本当に謎の多い作品だ。だからもちろん僕も彼女も一度借りて読んではいる。
「それ、私知ってます。悪党から逃げて逃げて逃げていたら、それは悪党を追い詰めるためだったってやつだったような?」
「そう、これのおかげでこの学校にはいろいろな部活がはびこるようになったらしいけど、詳しい話は知らない。それよりも、大事なのはそのストーリー。この話使えそうじゃない?」
ふだん本ばかり読んでいる彼女にしてはかなりぶっとんっだと言うか思い切った考えだ。話に乗っ取れば悪党は無事捕まるわけだが、フィクションと現実は全く違う。
「先輩は、これを可能にする方法があるって事ですよね?」
待っていましたかとでも言わんばかりの元気な顔で、
「ええ。作戦はこの頭の中にあるよ。だけど少しだけ準備がほしいかな」
「分かった。じゃあ週明けにまたここで」
先輩とは部室で別れを済ませて家に向かう。もちろん紫苑もとなりにひっついてきている。彼女の腕はいつの間にか僕の腕と絡み合い、手を繋いでいた。
「紫苑、こんなところでやめないか。みんなが見てるぞ」
実際、部活が終わってみんなが帰ろうとしている時間帯で多くの学生が正門に向かって歩いていた。
「正宗君、私は気にしないよ?」
ああ、気持ち悪い。他人の好意が自分に向けられているというのは、やっぱり何年経っても気持ちの良いものではない。だからといってその手を振り払うわけでもない。これは僕に繋がれた鎖であって、たぶん一生ちぎれることはないんだ。
「……帰ろう」
「うん!」
彼女に対して述べた言葉ではないが、もう今更指摘したくない。夕日に照らされる僕らは、さながらお熱いカップルだった。
結局その日から僕たちはビジネスホテルに泊まることになった。自宅がばれているのにのうのうと家で寝るというのは自殺行為にも等しいのでやめたが、こうなってくると命が尽きる前にお金が尽きてしまいそうだ。
「早くなんとかしないとな」
だけど、影が来るタイミングは前回と同じなら予想ができる。僕が影に対抗できる唯一のカードは、まだ残っている。
週明けの放課後、先輩はしっかりと部室で待機してくれていた。机には例の本と、三つのトランシーバーがあった。
「なんですか、これは」
「何って見れば分かるじゃないですか、トランシーバーですよ。もしかして本当に知らないんですか?」
「いや知ってますって。そうじゃなくて、どうしてトランシーバーを持ってきたのかって事が聞きたいんですよ。今どきスマホで電話なんてできるのにわざわざこれを使う意味があるんですよね?」
「だって、犯人はどこから来るか分からないんでしょう?じゃあ携帯なんか使ってたら位置情報でばれちゃうんじゃないの」
確かに先輩の言うことには一理ある。影が何者であるかは分からないが、対策をしていて損することはない。トランシーバーは耳に装着する今時っぽいもので、いわゆる刑事ドラマとかで出てくるものみたいなのではない。
試しに耳に取り付けてみると意外にフィットして、使い勝手がよさそうだ。付いているボタンを押して声を出すことで音声が送られる仕組みらしい。二人も付けてみたがちゃんと似合ってた。
「なんか二人ともかっこいいな。探偵みたい」
「そう?かわいくないの?」
紫苑が疑問に思って顔を近づけてくる。「うん、かわいいかわいい」となだめると満足してくれたようで離れてくれた。
「あとね、これも用意したんだ」
そう言って先輩が後ろの段ボールから取り出したのはTシャツだった。背中には「文芸部」とかっこよさげな字でデザインが施されている。
「部活のTシャツ、一回作ってみたかったんだぁ」
曰くこれは先輩が発注して作ったそうで全部自腹なのだとか。一度に百枚からしか作れないのにそんなのも気にせずに頼んだおかげでただでさえ狭い部室がさらに圧縮される。小さなため息をついていると先輩が着るようせかすのでその場で着替える。
「おお~」「かっこいい!」
どうやら似合っているらしい。仮にちゃんと部活をするのであればこれから来る夏に向けて使っていくのにも悪くないだろう。…………?
「っていうか、こんなことしてる場合じゃないじゃん!」
冷静さを取り戻した僕が大きな声で思わず叫んでしまった。
「まあ、落ち着いてよ。作戦は考えてきたの。実は、昨夜私の家政婦がね」
ッバーン!!
閃光が視界を覆った直後、鼓膜が破れるかというほどの音が聞こえてきた。すぐに爆発が起きたのだということに気づき、目を開けて立ち上がろうとした。
が、結果から言ってそれはできなかった。自分の視界が半分しか映っていないうえに、体が思うように動かない。
「しおん、、せんぱい」
声を出しても返事がない。煙が晴れた先には倒れて動かなくなった二人の姿があって、崩れた瓦礫がその上に覆いかぶさって腕や足しか見えない。その奥から、こちらに近づいてくる人影がある。
「くそっ」
だめだった。間に合わなかった。僕の判断ミスだった。悠長すぎた。
後悔の念ばかりが僕の脳内を駆け巡って最後に行き着いたのは、
「死にたくない」
死にたくない。こんなところで終わりたくない。
「たすk、」頭を踏みつけられる。骨がきしんでいく音が脳に響いている。声も出せない痛みが襲ってきて、体が痙攣する。だけどそんな痛みも長くは続かない。どこからかの出血で意識が、視界がぼやけてきた。自分の生温い血が頬に触れる。
結局こうなるのか。本当に不幸な人生だったなあ。
最後に、あきれ果てた笑みがこぼれて、何かの衝撃で視界が消えるとともに僕の命は終わりを告げた。
―――――っ。
頭痛がする。酷く頭を殴られたような痛みだ。
……痛み?
おそるおそる僕は目を開けた。白いレースの空間の中にいた。
レースを開けると、「おきたのね」という先生の声がした。
時計を見ると時刻は三時半前。
そこでやっと我に返って自分の体を隅々まで触った。何も失ってないし、両目も見える。それを確認し終えると、自然と涙が出てきた。
「死んでない」
「大丈夫?もう少し休んだら?」
突然奇妙な行動を始めた僕に戸惑った様子で、こちらを見ている。
そんな先生の言葉は僕の耳に全く入っていなかった。
「さっきまでのは夢?」
そうではないかと思うほどにこの光景はデジャブが過ぎる。だけど、確かめる方法はある。
「大丈夫です。それじゃあ、急ぐんで」
そう先生に言い残して僕は急いで保健室を出る。廊下を走っている最中にチャイムが鳴って、授業が早く終わっているクラスは階段を降りて帰り始めている。
教室につくと、僕は誰から声をかけられたのか分からなくなる位の勢いで紫苑の側に行って、彼女の手を引っ張る。
「紫苑、ちょっと来い」
「え、う、うん」
僕は彼女が頬を染めていることも、クラスの男女がヒューヒュー言っていることも気にしなかった。
廊下を歩いて屋上まで続く立ち入り禁止の階段のところまで来ると、紫苑を壁に押し倒した。
「おまえのそのペンダント、郵便で送られてきたんだな?」
「え、、うん」
「そうか」
やっぱりそうだった。僕は、”二度目の今日”を過ごしている。
その後ろで、紫苑はペタリと地面に座り込んでいた。