出会って
知り合いと友達のあいだ
今日あったこと。
いつもよりちょっとのんびりベッドでまどろんだ。
お母さんが寄越した妹たちにたたき起こされた。
昼休みの後が体育で、美味しかったお昼ごはんがカムバックしそうだった。
友達が背中をさすってくれた。
いつもとおんなじ。変わり映えしない日々。たのしい。
係の仕事がいっぱいで、少し遅くなった放課後。
塾があるという友達が、申し訳なさそうに振り返りながら帰っていった後の教室。
係のことで忙しいだろうからと、もうひとりの日直が窓を閉めて、日誌を埋めておいてくれた。たすかる。
誰もいない教室。
いつもは笑い声で溢れ返っているのに
音のない空気。
この広い世界に、たったひとりになったかのような
ため息。
意図せずに張っていた力が抜けて、音もなく足元に転がった。
「わ、降ってる」
勢いよく玄関から飛び出すと、いつの間にぐずり出したのか、空が泣いていた。
むせかえるような土の匂い。
「レインコート・・・」
つぶやきも掻き消すほどの大泣き。
屋根の下にとりあえず引っ込もうと、踏み出した右足。
びしゃっ。
階段の手前で、垂れこめた灰色の空を痘痕の中に映す水溜まり。
ぽっかりと開いた口に、ローファーから突っ込んでしまった。
シャワーを間近で当てられているような大雨。
慌てて屋根の下に身を隠した。
自転車を置いて、バスで帰ろうとSu○caを取り出そうとして、定期入れに入れていたそれを教室に置き忘れたことを思い出した。
「その定期入れいいね」友達が指さした、鞄につけていたベージュの革の定期入れ。「いいでしょ」と笑って、「今日財布置いてきちゃってさ」とかそのまま喋って。いきなり教室に入ってきた担任に驚いて、慌てて机の中に突っ込んだ。
今朝のこと。
ああ、また教室まで階段のぼるのか。
早く帰りたい気持ちと、面倒くさい気持ち。少しして、前者の圧勝。
振り返って、下駄箱の中の上履きをひっつかむ。
上履きを履くのもそこそこに走り出した。
ガラガラッバンッ!
力の加減を知らない右手は勢いよく引き戸を開け放った。
「いぎゃあッ」
驚く声も、音量の加減を知らないらしい。
突如視界に飛び込んできた背中。
跳ね上がって、ばっとこちらを振り返る。
教室は、沈黙の中にのめり込んだ。
雨の おと。
土の におい。
開け放たれたままの 窓。
湿り気の多い風がひとつ、息をつく。
「・・・ここ」
「へっ!?は、はい!」
「1-3だけど」
「・・・?」
「きみ、2組か3組じゃない?」
「わあすごい!超能力!」
テンションの高い声にぽかんと突っ立っている生徒、一名。
そんなことお構いなしな生徒、一名。
「・・・上じゃ?」
「・・・うえ?」
間の抜けたうめき声みたいになった。
はっと息をのんだ。
「ここ3組!?2階!?」
「うん、さっきからそう言っ「ありがとう!」
ガラガラッバンッ!
引き戸がもの凄い勢いで閉めた。
引き返そうとして、またはっとした。
ガラッ!
「うぎゃあッ」
もう一度引き戸を開け放つ。
おかしな声が聞こえた。
「あのっ!・・・あの、初めまして!だよね?あの、その、」
「・・・呼吸整えてからでいi「日向!葵!です!よろしく!じゃっ!」
投げかける言葉と言葉の間に、まだ落ち着かない呼吸が混じる。
母に小さいころ言いつけられたこと。
怪しくなければ、初めましてのひとにはちゃんと挨拶をしておくこと。
ひとり、走り出した生徒は、新しい友達ができる予感と
体力の無さに脈を速めた。
・・・結局、探していたカードは鞄の中にあった。教科書といっしょに机に突っ込んで、それが埋もれたまま鞄に入れてので、国語と歴史の教科書の間で窮屈そうにしていた。
もう一度玄関から飛び出す。
唯一開いている窓。そこからこちらをのぞく影がひとつ。
名前聞くの忘れてたから、超能力の使えるそのひとに
「エスパーくーん!」
そう叫んで、思い切り手を振る。
変わらず泣いている空。
窓からの見送り。そのひとは、口の端をきゅっと持ち上げて、
あったかく笑った。
大泣きの空。
優しい微笑みは、二階の窓から。
振り返される手。
土砂降りの中に、小さな光。
今日、あったこと。
昼と夕方の間の、少し夕方寄りのこの時間
大泣きの空に、春の空に浮かんでいるような、柔らかな光を見つけた。
雨の奥で私がつまづいたとき、
包み込むような控えめな笑顔が
小さく噴き出す気配がした。
雨は、薄暗い帰路を覆っていく。
雨は、心の中があったかい私の頭のうえで
機嫌を直すことなく泣き続けた。
~おまけ~
バスを降りてから家までの間も、全力で走った
びしょびしょになった。
めんどくさそうに妹たちのひとりがタオルを渡してくれた。
ありがとう。