表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光ときいろ  作者: 陽日 菜乃
2/2

出会って

知り合いと友達のあいだ

今日あったこと。

いつもよりちょっとのんびりベッドでまどろんだ。

お母さんが寄越した妹たち(刺客)にたたき起こされた。

昼休みの後が体育で、美味しかったお昼ごはんがカムバックしそうだった。

友達が背中をさすってくれた。

いつもとおんなじ。変わり映えしない日々。たのしい。


係の仕事がいっぱいで、少し遅くなった放課後。

塾があるという友達が、申し訳なさそうに振り返りながら帰っていった後の教室。

係のことで忙しいだろうからと、もうひとりの日直が窓を閉めて、日誌を埋めておいてくれた。たすかる。


誰もいない教室。


いつもは笑い声で溢れ返っているのに


音のない空気。


この広い世界に、たったひとりになったかのような


ため息。

意図せずに張っていた力が抜けて、音もなく足元に転がった。




「わ、降ってる」

 

 勢いよく玄関から飛び出すと、いつの間にぐずり出したのか、空が泣いていた。

 むせかえるような土の匂い。

「レインコート・・・」

 つぶやきも掻き消すほどの大泣き。

 屋根の下にとりあえず引っ込もうと、踏み出した右足。

 びしゃっ。

 階段の手前で、垂れこめた灰色の空を痘痕(あばた)の中に映す水溜まり。

 ぽっかりと開いた口に、ローファーから突っ込んでしまった。

 シャワーを間近で当てられているような大雨。

 慌てて屋根の下に身を隠した。


 

 自転車を置いて、バスで帰ろうとSu○caを取り出そうとして、定期入れに入れていたそれを教室に置き忘れたことを思い出した。

 「その定期入れいいね」友達が指さした、鞄につけていたベージュの革の定期入れ。「いいでしょ」と笑って、「今日財布置いてきちゃってさ」とかそのまま喋って。いきなり教室に入ってきた担任に驚いて、慌てて机の中に突っ込んだ。

 今朝のこと。

 ああ、また教室まで階段のぼるのか。

 早く帰りたい気持ちと、面倒くさい気持ち。少しして、前者の圧勝。

 振り返って、下駄箱の中の上履きをひっつかむ。

 上履きを履くのもそこそこに走り出した。


 ガラガラッバンッ!

 力の加減を知らない右手は勢いよく引き戸を開け放った。

「いぎゃあッ」 

 驚く声も、音量の加減を知らないらしい。

 突如視界に飛び込んできた背中。

 跳ね上がって、ばっとこちらを振り返る。

 教室は、沈黙の中にのめり込んだ。

 

 雨の おと。


 土の におい。


 開け放たれたままの 窓。


 湿り気の多い風がひとつ、息をつく。


「・・・ここ」


「へっ!?は、はい!」


「1-3だけど」


「・・・?」


「きみ、2組か3組じゃない?」


「わあすごい!超能力!」


 テンションの高い声にぽかんと突っ立っている生徒、一名。


 そんなことお構いなしな生徒、一名。


「・・・上じゃ?」


「・・・うえ?」


 間の抜けたうめき声みたいになった。


 はっと息をのんだ。


「ここ3組!?2階!?」


「うん、さっきからそう言っ「ありがとう!」


 ガラガラッバンッ!


 引き戸がもの凄い勢いで閉めた。

 引き返そうとして、またはっとした。


 ガラッ!


「うぎゃあッ」


 もう一度引き戸を開け放つ。

 おかしな声が聞こえた。


「あのっ!・・・あの、初めまして!だよね?あの、その、」


「・・・呼吸整えてからでいi「日向(ひゅうが)(あおい)!です!よろしく!じゃっ!」


 投げかける言葉と言葉の間に、まだ落ち着かない呼吸が混じる。

 母に小さいころ言いつけられたこと。

 怪しくなければ、初めましてのひとにはちゃんと挨拶をしておくこと。

 

 ひとり、走り出した生徒は、新しい友達ができる予感と

 体力の無さに脈を速めた。


 ・・・結局、探していたカードは鞄の中にあった。教科書といっしょに机に突っ込んで、それが埋もれたまま鞄に入れてので、国語と歴史の教科書の間で窮屈そうにしていた。

 

 もう一度玄関から飛び出す。

 唯一開いている窓。そこからこちらをのぞく影がひとつ。

 名前聞くの忘れてたから、超能力の使えるそのひとに

「エスパーくーん!」

 そう叫んで、思い切り手を振る。

 変わらず泣いている空。

 窓からの見送り。そのひとは、口の端をきゅっと持ち上げて、

 あったかく笑った。

 大泣きの空。

 優しい微笑みは、二階の窓から。

 振り返される手。

 

 土砂降りの中に、小さな光。


 今日、あったこと。

 昼と夕方の間の、少し夕方寄りのこの時間

 大泣きの空に、春の空に浮かんでいるような、柔らかな光を見つけた。

 雨の奥で私がつまづいたとき、

 包み込むような控えめな笑顔が

 小さく噴き出す気配がした。


 雨は、薄暗い帰路を覆っていく。

 

 雨は、心の中があったかい私の頭のうえで




 機嫌を直すことなく泣き続けた。











~おまけ~

 バスを降りてから家までの間も、全力で走った

 びしょびしょになった。

 めんどくさそうに妹たちのひとりがタオルを渡してくれた。

 ありがとう。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ