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ハイビーム

作者: 健三郎

心に傷を負っても、俺は大丈夫、平気だと思える若さは、いつまで持てるのだろうか。

人それぞれなのだろうけど、俺は25歳で失ってしまった。

それ程、この恋は、身を焦がして挑んだものだった。

利恵から電話があった。



僕が、あと3ヶ月で25歳になるある暑い夏の夜明けだった。


利恵を後ろから抱きしめ、目の前にある海を見ていた。


利恵は、海をみながら何を思っていたのだろう。


それから、2時間しか経っていなかった。



ごめんなさい!

あなたとは、付き合えない!

ごめんなさい!


ちょっと!

どうしたの?


電話が切れた。



僕が、東京の大学3年から地元の会社に就職した年の翌年正月までの

約3年近く付き合っていた由紀と別れたことは、

付き合った時間が長かった分、その喪失感は思うより深くて、

それを埋めるのに、僕は、かなり苦しんでいた。


仕事の方は、大学新卒採用から現場研修の8ヶ月の3交代勤務が終わり、

12月1日から、コンピューターを管理するシステム課に配属された。



4月からの新入社員研修の時に1つ後ろの机の席に君はいた。

研修のあいだの休憩時間に、君は言ったね。


岡田さん、彼女いるでしょ!


なんで?・・いるけど・・


だって、岡田さん・・

ゆっくり後ろの女の子を見渡してたでしょう?

余裕たっぷりに・・・・


あぁ、オレ、彼女いるから〜

雰囲気出してましたよ・・


(なんだ!コイツ!君こそ、ちょっと綺麗だからってチヤホヤされてたろ!)


彼女の名前は、鶴岡利恵。

大阪のお嬢様学校、大阪学院短期大学を卒業。

背が高くて、華がある美人さんだ。

きっと、配属は総務部の総務課あたりだろう。


管理部門は、総務部と経理部、そして、僕のいるシステム課で構成されている。

毎朝、合同でラジオ体操をしたあと、各部にて朝礼があった。

つまり、毎日顔を会わせることになる。



新入社員研修の一番前の机。

つまり、大学卒業の新入社員。

3人居たその中に、岡田さんが居たのには本当にびっくりした


岡田さんは、中学・高校の2学年上の先輩・・

中学では、そんなに目立って居なかったけれど、

高校に入って彼を見た時には、随分、印象が変わっていた。


すごい長髪で、詰衿から更に10センチ以上長くて、

女性と間違える位だった。


高校に入ると、たった2つ上でも、すごく、大人に見えた。

同級の彼女がいた。可愛い女性だった。

1年の女生徒の中にもファンがいる先輩だった。

東京の大学に行ってしまった。


私も、3年になり地元の短大は嫌だから、親戚もいる大阪の

大阪学院短期大学文学部を志望した。

一人娘だから、卒業したら地元に帰らないといけないけど、

1度は、外の世界を見てみたかった。


大阪学院は、高校から、上って来る子が多かったけれど

楽しい2年間だった。

授業も沢山詰まっていたけど大阪大学のサークルとの交際とか、

楽しいことも沢山あった。



岡田さんの事だから、大学時代

沢山の女の子と付き合ったんだろうな。

今も、新入社員研修の合間の彼の様子を見ても、

ゆっくり後ろの新卒者、特に女の子を眺めて、

何か余裕たっぷりで、


俺、彼女いるよ!


って雰囲気を醸し出している。

ちょっと、からかってやろう。


岡田さん、彼女いるでしょ!



僕のシステム課での最初の担当業務は、(給与計算)になり、

総務部の人事課が担当部所だ。


勤怠管理を最新ソフトに切替える事になり、

プログラム全面変更が必要で、

失敗が許されない気を遣う業務だった。


人事課には、ベテランの四十代の女性、上野さんと、

僕より1期下で入った3歳下で、京都の短大卒で、

清楚な感じの宮園直美さんの2人がいて、

実質の担当相手だった。


後の事になるけど、僕は、利恵と直美と複雑な関係になる。



入社して、すぐに買った車は、中古の派手なオレンジ色の

〈いすゞジェミニLS〉で、BLACKのサイドラインが入っていた。

勿論、マニュアル車で、2速で90キロまで、引っ張って走っていた。


この車で、何度か由紀の居る東京に行ったし、

彼女が帰郷する夏休みなど、

この車の助手席に座ったのは、由紀1人だけだった。

勿論、家族以外に。


由紀との別れをきっかけに、何かを変えようと、

車の色をBLACKに塗装し直した。

アンプもスピーカもパイオニアCarrozzeriaに替えた。

タイヤもブリジストンのポテンザPOTENZAに替えた。

総額20万以上は、掛かった。


結局、それによっては何も変わらなかったように思う。


でも、僕の周りでは少しずつ 、変わり始めていたようだ。


むし歯を放ったらかしにしていた僕も、いよいよ痛みに耐えかねて、

会社近くの歯医者に通い始めた。


いつも、勤務後に行くから、僕の番は最後になって、

ある時間になると、歯科衛生士の女性達は、

遅番の1人を除いて帰っていく。

最後には、先生と僕の2人にな

る。

ここに来る時には、必ず何か本を持っていく。

読み始めた小説、或いは、仕事上必要なコンピューターの本。

待っている時間は長い。

でも、しばらくページを捲っている間に、

僕は、必ずうたた寝をしていた。


彼女達は皆、マスクを当然している。

けど、たまには外す時もあり、

少なくとも5人いる内、3人はすこぶる、可愛い娘だった。

その中に、大人びて色気もある1人の女性がいた。


結局、歯の治療に、1年余りの期間が掛かった。

勤務後の治療は、ほんの少しの時間しかかけられなくて、

月に1度か2度の土曜日になって、

やっと通常の治療が出来たからだった。

治療のあいだに、新たな虫歯が出来て先生にたしなめられる、

笑い話みたいな事もあった。


先生の治療の前後は、彼女達の誰かが担当になる。

順番というか、目当てのその娘に当たればラッキーだし、

誰が来るのかはクジみたいでドキドキ感があった。

その時は、僕と彼女2人っきりという状況が生まれる。


いよいよ、治療も最終段階となった。


先生に次の治療が最後だよ。長かったね。と言われ、

その時、担当してくれた、その彼女に、いつもの様に、

ありがとう!と言ったあとに、こう付け加えた。


「最後も・君がいいな・・」


彼女を含め、一瞬の沈黙の後、

周りの空気が、少なからず揺らいだ。

僕は、慌てて診療室を出てドキドキしながら、会計を待った。

会計の娘がじ〜っと僕を見ていた。

流石に居心地が悪い。

会計の時、その娘が、

岡田さん・・

里美さんだったんですか〜

後で大騒動ですよ!

知りませんから!


いよいよ、治療が終わる日。

最後の助手を務めてくれる人は誰になるのだろう。


彼女だった。


その時、僕が感じるだけなのか、

彼女の吐息が聴こえるほどに顔が近くて、

また心なしか、頭に押し当てられる胸の柔らかさが

とても強く感じられた。

心臓のドキドキがバレないか心配になるくらい。


処置が終わったその時、左手に1枚のメモが渡された。


耳元で、あの時、びっくりした

の一声・・


名前と住所・電話番号が書いてあった。

寺前里美という名前だった。


彼女とは、メモをもらった週の木曜に電話をして、

土曜日の夜に会った。

彼女が僕と同じ24歳なんだと知った。

食事のなかの会話で、彼女は、一気に、こう喋った。


貴方って、私達にとって謎なのよね。

失礼だけど、そんなイケメンでも無いのに・・人気があって。

いつも、最後に来て、手には、小説の文庫本か、

分厚いコンピューターの本を見てるか、うたた寝してるか、

貴方のことが私達の話題になったのは、すぐだったのよ。


だって、貴方の年頃の若い男性って、そう多くは居ないのよ。

おまけに、1年以上通う人って居ないし。

治療席についても、貴方は、私達に話しかけてくる訳でもないけど、

東京言葉って言うか、標準語で、

最後にありがとう・って言って帰っていく。

車は、ヤンチャな車に乗ってるくせに、礼儀正しくて、

周りのそこらへんにいる男と全然違う雰囲気を持ってるのよね。


1番若い、恵子なんかスーパーで貴方とお母さんに会って、

挨拶されて、少しお喋り出来たってだけで大騒ぎだったのよ。


で、あの時、貴方が私に言った一言。最後も、君がいいな!ね

その後ね。大変だったのよ。


恵子は、泣くし、私もどう反応すればいいのか分からないし、

皆とは、少し険悪なムードに、なったけど、

はっきり言って、私も貴方に惹かれてたひとりだったから、

しょうがないでしょう、って、開き直っちゃった!

最後の担当は、強引に譲ってもらったわ。

でも、たった一言にやられるなんて、ちょっとズルイわよね。


僕は、話を聞いて、そんな事になってるなんて知らないし、

自分が話題になっているとは、思ってもいなかった。


僕は、彼女に、実は、歯医者に通い始める少し前に

ちょっと長く付き合っていた彼女と別れてね、と話した。


ひとりの女性を失うって事は、

すべての女性を失ったように感じてしまうと分かったよ。


そして、やっと、やっぱり綺麗な女性を見ることは、

楽しいし話しもしたいと思うようになった。

でもね、どこか気持ちが高まらなくて行動に繋がらないんだよね。

1年以上の時間が必要だったんだ。


やっと、最後だ!という時になって、あの言葉が出た。

すごくドキドキしたよ。

だから、君が最後の担当に来てくれた時、すごく嬉しかった。


車で海に向かい、浜辺に停めた。


自然とカラダが近づき僕達は、キスをした。

久しぶりだったけど、かなり丁寧に、

長く時間をかけたキスをした。


里美は、大きく息を吐いて・・

とっても素敵なキスするのね・

どんだけ経験したわけ?


そんなことは無いよ。

高校で、ファーストキスの相手からは入念にレクチャーされたくらいだね。


今日は、遅くなってもいいのよ。


久しく、女性に触れてないから

君を失望させるかもしれないよ


そのキスで充分よ。


車をホテルに走らせ、僕らは寝た。

以降、3度ほど寝ている。


ただ、仕事が忙しくなり、土曜の夜も現場の応援とかで、

会う機会が減っていった。

彼女は、十二分に魅力的で、僕以外の男性の影もあったし、

深追いしても駄目かなって、思い始めていた。


それには利恵の存在があった。



会社の中でも、少しずつ変化が出てきた。

僕の入社期と、1つ下の期で入社してきた人数が、飛び抜けて多くて、

前の期の人数も含めると、かなりの結婚適齢期というか、

恋愛適齢期の男女が存在することになった。


そんな中で、硬式テニス部なる愛好会が発足して、

15,6名のメンバーが集まった。

僕も未経験だけど、参加した。

会社のソフトボール部にも入っていたし、

すぐに中心選手になっていた。

球技は、得意としていた。


ほとんどの女の子が未婚女性で華やいだ雰囲気だった。

当然、利恵や直美、品質管理グループの山本津幾子(ツッコ)など、

主だった娘達が総参加していた。


僕は、左利きで、体のバネや足も速かったので、

実力的に、経験者にも、すぐに追いついた


僕が由紀と別れ、フリーになった事は、

自然に会社内で広まっていた。


付き合っていた頃は、由紀の大学休み中、

ほとんど彼女と一緒にいたので、

そんな行事に参加していなかったから当たり前だった。


僕の黒い車の助手席には、

すでに複数の女性が座っていた


夏に、長野県でテニスの合宿もしたし、

冬には、岐阜県でのスキー旅行もあった。

テニスは、僕が利恵に教え、

スキーは、利恵が僕に教えた。

常に近くに、利恵が居たような気がする。


不思議と彼女からの食事や、ドライブの誘いが多くなった。


いつしか僕の車の助手席は、利恵が占めるようになっていた



ある初夏の深夜、利恵に、ふと逢いたくなって車で、

彼女の家の2階にある彼女の部屋が見える場所から、

部屋を眺めていた

もしかして・・・と

車のヘッドライトを彼女の部屋ヘ向けるように移動して、

ライトをハイビームにした。


すると、彼女の部屋に、綺麗にハイビーム光が当たっている。


2、3度パッシングした時、彼女の部屋に、灯りが点った。


車を降りて、フェンスを飛び越え彼女の部屋の下まで走った。


もう窓を開けて、僕を見ていた利恵は、嬉しそうな笑顔で、

どうしたの?こんな夜中に・・


利恵ちゃんの事を考えてたら、

顔が見たくなった・・


そんな夜には、もう、週末の約束をしていた。


何回か、上手く行かない夜もあったけど、

そんな風に上手くいった夜が3度ほどあった。



7月の終わりの週末、若者が集まる人気店「異人館」での食事の後、

帰りの車の中で利恵が、

相談があるんだけど、と俯きがちに呟いた。


車を海岸に止めて、僕は、利恵が話し始めるのを待った。


実は、縁談が来てるの・・・・

相手は、28歳で、京都大卒で大阪で、第百生命に務めている。

来週、土曜日にこっちで会うことになってる。


そう・・

心の芯にキリが刺さった様な、痛みが走った。


相談と言うより、

私が他の人のところに行ってもあなたは、平気?

と、問われている気がした。


僕が気が多いことも、知っていただろうし、

ツッコや他にも気になる娘が居ながら、

夜中に突然ハイビームして、

利恵に会いたくなった・・なんて、嬉しがらせたりもしながら、

一向に気持ちを、はっきりさせていない僕に、

利恵は、苛立っていたのかもしれない。


利恵の立場から考えれば、僕は、一応、大卒で、次男、

一人娘の利恵からすれば婿養子の可能性だってないわけじゃない。

そう言えば、先日のデートのお迎えで、お母さんに家に

招かれてコーヒーをご馳走になり、色々と話をしている。

あとで、利恵から、

お母さん、あなたを気に入ったみたいよ。

と、言ってたなぁ〜


ある意味で、母親に彼氏を紹介している図になる。


ある休日午前早めに、

利恵から今日、昼過ぎに是非会いたい!と、電話があった。

当時、僕の家では、新しい家への引っ越しが始まっていて、

丁度、その日がそれに当たっていて、会うことは不可能だった。


ごめん!どうしてもダメなんだ


でも、その時の利恵は、異常な位、執拗に会いたいと切望した。


今思えば、その時に縁談の話が持ち込まれたのかも知れない。

一刻でも早く僕に会って相談したかったのかも知れない。



ここで、利恵と僕のあいだに、

相手に対しての思いと言うか、

深度に大きな違いがあったのだろうと思う。

この時点でズレていたんだ。


利恵は、僕を中学高校から知っていて、

会社で再会して交遊していく過程で、

もう、僕に恋愛感情を持っていて、

自分の縁談話を話すまで特別な人になっていたこと。


それに対して、僕は、利恵が

僕に対して好意を持っているとは思っていたけど、

それ程までに思ってくれていたとは、わからなかった。

その頃、利恵は、ある新聞社のフォト準ミスに選ばれた。

僕にとって、利恵は、高嶺の花であって、届かない存在だと思っていた。


だから、縁談の相談の時、

僕は、すぐに、断ってほしいと即答できなかった。


利恵は、その言葉が欲しかっただけだった事が後でわかった。


僕は、大きなミスをしてしまっていた。



何度も部屋のカーテンを開けて彼の車が来ないか、確認した。


あの人は、なんて鈍感な人なの!と腹が立つ!!

何度もデートもしたし、好きオーラも出してるつもりなのに、

手も握ってこない。

いくら、車がマニュアルだからって、無理すりゃ出来るのに。


縁談話をしたら、

すぐに、断ってくれ!の言葉が返ってくると思ったのに・・

モゴモゴと、利恵の歳で、まだ早くないかなぁ・・なんて!


まァ、大阪の伯母さんの紹介だから、無下にも断れないから、

会うだけ会って、相手に好きな人がいます。と言って断わろう。

そう思って、部屋の灯りを消した。

しばらくしたら、ハイビームの合図が部屋を照らす・・


彼がやっと来た・・・


5分置きに、ハイビームが部屋を照らす。

レースカーテンのドレープが私の部屋の天井と、

照明が不思議な模様を創っている。


何度目かのハイビームが部屋を照らす。


私は、灯りを点けずに窓を開けた。

彼が車から降りて、私のもとに走ってきた。


許してあげようかな・・



僕は、その夜、ベッドの天井をずっ〜と眺めていた。


縁談話の相談って、普通の人にするはず無いよな・


つまり、利恵の心は僕に、向けられているってことだよな。


今頃、やっと利恵が本気なのを知った。


利恵を失って後悔しないのか?


僕の心は、一気に燃え上がった


どうするんだ?

今日、断ってほしい!って言ってないぞ!!


慌てて彼女の家に向かい例のハイビームをする。


こんな時に上手く行かない!!


いや!

利恵は、わざと気がつかないフリをしている。

特に今夜は!

寝られないに違いない。


きっと今日の僕の反応に腹をたてているはずだ。


5分置きにハイビームをした。


灯りが灯らないでカーテンが開けられて、利恵の姿が見えた。


窓の下に行き、


あれから、ずっーと考えていたんだ。

利恵の事をどう思っているか・


彼女は、まって!今、下に行くから!



縁側の方にまわり、利恵が降りて来るのを待った。

Tシャツと短パンの利恵は、素でも、充分綺麗だった。


利恵に、初めてキスをした。

唇を軽く合わせるキスだ。

彼女が、強く合わせてくる。

受けながら、軽く、利恵の唇を

そっと少しだけ開ける。

少し、舌を流す。合わせて、

利恵の舌が追ってくる・・


僕は、利恵を失いたくない。

これからも、ずっとこうして

少しずつ、お互いの色々なことを知り合っていく。

少し、時間は、掛かると思う。

僕は、まだまだ色んなことを学んでいかなきゃならない。

でも、利恵と共に歩いて行きたい・・


利恵の目をみて、

この縁談話を断ってほしい!!

やっと言えた。


ごめんなさい。

伯母さんの紹介だから、無下に断れないの。

でも、相手には、ちゃんと好きな人が居ます・って、言うから。


それを許した僕のミスだ。



あとから、利恵に聞いたことだ


彼は、けっして高学歴の感じを表す感じで無くて、

逆に、木訥とした、柔らかい印象を与える男性だったらしい。

思い切って、僕のことも言ったとの事。

彼は、貴女にそんな人がいない事自体

有り得ないことだと思います。

いま、すぐに応えなくてもいいのです。

私は、今回貴女に会えたことを嬉しく思っています。

少し、私にも時間を割いて頂けますか?

私のことも少し知って頂けたら嬉しいです。



利恵の報告を聞いた時、

これは厄介な事になりそうだと思った


頭がいい男だと思った。

すごく手強い男じゃないか。

簡単に、利恵の心を動かしている。

そりゃそうだ。

手練の保険レディを上手く動かして数字にするのが、彼の仕事だ。


僕は、利恵が、僕と彼の中間地点にいるような気がした。

一気に差が無くなってしまった



彼女は、僕の方に来たり、彼の方に行ったり、

まるで、振り子状態になった。

毎日、毎日、苦しかったろう。


でも、僕も、おそらく彼も・・

手を抜けなかった。


ただ、彼は落ち着いていただろう。

いつかは、自分の処に来ると。

僕が28歳の頃のように。


惜しむらくは、僕は当時、25歳の手前だった。

若過ぎた。


利恵は、彼がいま、私の為に車の免許証を取る為に

教習所に通っている、と僕に話し。


彼には、僕がどれだけ心のこもった手紙を私に書いてくれて、

涙が止まらなかった、と話す。


ほとんど、錯乱状態になっていたんじゃないだろうか。


彼は遠方に居て滅多に逢えないのに、

あなたとは、毎日顔を合わす。

不公平だわ・とも言う。


デートという形で会うことは、無くなってしまった。



僕は、その時期、取引先で大手の繊維会社との

オンラインシステムの交渉と社内打合せをやりながら、

プログラム構築を並行していたので、毎日、残業続きだった。

月に一度は、大阪に向い、

相手ののシステム課、管理部担当との会議もあった。


仕事においても、多忙を極めて

真夏でもあって、体調も崩しがちになった。

おまけに、利恵の件で眠りも浅く疲れ切っていた。



彼女から、縁談話を聞いてからやがて1月が経とうとしていた


膠着状態が続いていた。


そろそろ、決着をつけないといけない。


繊維会社との打合せの大阪出張の時に、

僕は、大阪駅の阪急52番街にある装飾品店に入って、

店員さんと相談して、利恵の為にブレスレットを買った。


利恵には、大阪から、連絡した。

今日は、遅くなるけど君に渡したい物があるから、

いつもの様に、ハイビームするから、起きていて欲しい。


12時近くの最終のサンダーバードで、加賀温泉駅を降りて、

駐車場に置いた車で、すぐ近くの利恵の家に向かった。


ハイビームをした。

すぐに、利恵は、ほんの昔の様に窓を開けて僕を待っていた。


すぐに、階下の縁側に降りてきた。

僕は、利恵の前に、ひざまずいて、ブレスレットを贈った。

利恵が・・つけて!!と、右手首につけた。

利恵は、月にかざして・・

とっても綺麗・・


利恵!!お願いだ!

僕は、利恵を失いたくない!!

僕は、泣きながらそう言った。


利恵も泣いていた!


キスをした。

激しいキスになった。

お互い求めあっていた。


利恵が、

私をどこかに連れていって!!


郊外の路地に車を停めた。


後部座席を倒して2人抱き合える空間を造り、抱きあった・・

彼女の初めての胸の感触を得て、

下半身にそっと触れた。

利恵の息が激しく揺れる。


普通、僕だったら、即にホテルなんだけど、

ブレスレットが、結構高価だった為に、

僕の財布には、ホテルの為のお金が無かった。

冷静に考えれば、時計でも、連絡先でも、

後でいくらでも払いに行けばよかった。



僕は、後で後悔する。

利恵を本当に抱けば違った結果があったかもしれない。

まァ、わからないけど・・


その後、利恵と何度も行った片野の海に行った。

彼女を後ろから抱きしめて、

ゆっくりと、朝を迎える夏の波をふたりみていた。


その時、僕は、何を思っていたのだろうか・・

ひょっとしたら、僕は、1つのゲームに勝ったと、

思っていたかも知れない。

後で、ゲームじゃなかったと、泣く羽目になっただけで無くて

一生の傷になるとは思わずに。


一方、利恵は、何を思いながら海を見ていたのだろう。



あァ、やっぱりこの人が好き・

としゆきの車のハイビームを見て、あらためて、そう思った。


2階から下の縁側に降りて、

彼が大阪で私の為に買って来てくれたブレスレットは、

とても可愛くて綺麗で、彼の想いがこもったものだった。


彼に右手首につけてもらった。

ちょうど南の空に静かに光る月にかざすと、

シルバーと真ん中に嵌めこられたダイヤが輝く。

美しかった・・・

としゆき・・ありがとう・・

とっても綺麗・・


彼から愛されていることを実感した・・

涙が頬をつたう・・


キスをうけいれる。

しだいに情熱的なキスになった。

今までにない位感じている!!

Tシャツの下から、彼の手がブラの隙間から、

胸を優しく周りから攻めてくる。

声が出そう・・


としゆき・・わたしをどこかにつれていって・・・・


*


片野の海はいつものように静かな波を砂浜におくりながら、

また、静かに引いていく・・


静かなのに、それを見ている私達も何もしゃべらずに居るのに

心の内は、乱れている。

何とも形容出来ない不安が少し前から私のなかで大きくなっていく。

私を後ろから抱いている彼の愛は、充分に感じているのに。


熱望していた私の恋はさっき成就した。



家に帰ってからずっと考えている・・


大阪の彼・・

僕は、ずっと、待ってますよ・


あの落ち着いたおとなの人・・


わたしをしあわせにしてくれるのは・・どちらなの?


どちらもしあわせにしてくれるに違いないけど・・


少し先の将来は、どうなんだろうか?

大阪の彼は、今すぐにでも来てほしいと言ってくれてる。

一方のとしゆきは、何年後かに結婚しようと言ってる。


としゆきとの将来は、だいたい想像出来る。

同じ会社で、彼はそのままシステム課を取り仕切るまで成長すると思う。

私は、総務から外れて、他の現場関係の部課に移動するだろう

子供が出来たら、どうだろうか

共働きか、専業主婦があの会社で可能かしら・・・

それほど給料は、高くない。

彼の出世次第だけど・・

まだ、入社3年目だけど能力はある。

何より両親の近くで暮らせる。

何があっても、心強い。

それはとても大きい・・


大阪の彼は?

全国の色々な都市や海外の支店をまわっていく生活になるだろう。

そこには、私が見たことも経験した事もない未来があるだろう。

とても、魅力的な世界が広がっている。

それに、何よりも彼が鶴岡の名を継ぐ入婿を承諾している事。

仕事上、石川に来る事は、すぐには無理だけど、

定年後は、両親の世話の為にこちらに来る事は可能だし、

両親もこの縁談話に乗り気だわ。

母は、私がとしゆきを好きなのは知ってるし、

母も気に入ってるから、複雑みたいで無理強いしていないけど。


どちらも甲乙つけがたい。

あとは、どちらにわたしを預けられる安心感があるか・・


恋人にするなら・・としゆき

でも、結婚なら・・彼


ほんの2時間前まで俊之の腕の中にいた私・・

としゆきが納得するはずがない。

としゆきを大きく傷つけてしまう!


でも、今、言わないともっと傷つけてしまう・・



としゆきの家のダイヤルを回す。

怖くて心礎が止まりそう・・


としゆきのお母さんが電話に出た。


としゆきさんお願いします・・


としゆきを呼ぶ声がする・・


はい!・もしもし?


わたし・・


あぁ・利恵か・・どうした?


ごめんなさい!

あなたとはつきあえない!

ごめんなさい!


利恵!!

どういうこと?

なに?


怖くて、申し訳なくて、

思わず受話器をガチャンと切った・・


涙か溢れてくる

ごめんね・・としゆき・・

大好きだけど・・ごめんね



僕は、何が起こったのかわからなかった。

2時間前まで腕の中にいたのは利恵じゃなかったのか?


体中の血液が自分でもわかるように脈打っでいる。

逆流しているように感じて、

うまく立って居られず目の前の柱に体を預けた。


とにかく、会社に行って利恵の真意を聞かなくては・・

何があったのかを・・



会社に着いても、僕のいるシステム課は、

利恵の居る総務とは別棟にあるから日中は、

会って話をする事は出来ない。

会社が終わった後に、会って話すよりしょうがない。


でも、仕事が全く手につかない


悶々として時間が経つのを待つよりしょうがない。



定時で会社を出て利恵の家に向かった。


彼女は、まだ帰宅していない。


家の近くで待つことにした。

20分程で利恵が帰宅した。


僕は、車を降りて利恵を呼んだ。


彼女は、僕から逃げるように家に飛び込んだ。

僕も彼女を追いかけて玄関の戸を開けて、


利恵!!何故なのか教えてくれと叫んだ。


利恵は、

いや〜〜と泣き叫びながら、階段をかけ上り、

2階の自室に逃げ込んでしまった。


玄関に立ち尽くす僕と娘の尋常でない状態を見たお母さんは、

僕に、

「岡田さん。一体何があったの

?!」


僕は、お母さんに、朝早く利恵から電話があり、

突然、僕とはつきあえない!と言って、

何の説明もなく電話を切ってしまった事。

その理由を会社では、聞く時間が無かった事、

そして、今、自宅前で話し掛けた事。

その結果が今の状態になった事を言った。


お母さんは、そう?!と言い、

利恵の様子を見てきますと言って2階の利恵の部屋に行った。


数分後、お母さんは、

兎に角、泣き叫ぶのみで、何を言っているのかもわからない状態なの。

私ではどうしようもないので、

岡田さん、一旦お家に入って!

直にお父さんが帰って来ると思いますと言った。


コレは大事になるぞ!!と思ったけれど、

ここで逃げることは出来ないと腹を括った。


お母さんに、外の公衆電話から家に、電話して来ますと言って

一旦、利恵の家を出て、50㍍ほどの所にある公衆電話で、

家に電話をした。

母が出た。

僕も興奮状態だったんだと思う


「母さん、突然だけど、今から好きな娘の家に行って、

彼女の父親に交際を認めてくれる様にお願いしてくる。

オヤジにも、迷惑掛けるかもしれないけど、

俺、本気だから・・じゃぁ・帰ったら、ちゃんと話すから・・

切るね。」


後で聞くと、母は、

ほとんど僕が何を言っているのか理解してなかったようで、

オヤジが帰宅しても何もまともに話せなかったそうだ。

そりゃそうだ。

兎に角、このバカ息子の帰りを待つことになったとの事。


利恵の家に戻り、応接室に入り利恵の父親を待つことになった。

その間、僕は、利恵の父親に、

何をどう話すかを頭をフル回転させて考えた。

結局、今の僕の気持ちを正直に誠実に話すことしか無いと、

腹を括った。

ストンとした。

今の僕を見てもらうしかないんだと。


しばらくしたら、車の音が聞こえ、玄関戸が開く音がした。

利恵の両親の話す声が微かに聞こえてきたが内容までは、

聴き取れない。


利恵の父親は、前に聞いたところ、

地元最大の地銀の支店長だということだった。


利恵の父親がノックの音と共に応接室に入ってきた。

僕は、すぐに立ち上がり頭を下げた。

利恵の父親は、利恵に似て大柄で、

流石に銀行マンの威厳のある人だった。

でも、人を上から見る人ではないことはすぐにわかった。

すぐに、僕にソファーに座る事を勧めて、話し始めた。


岡田さんですね。今、妻から、聞きました。

利恵と同じ会社におられて、

利恵とも時々お食事をされているとか。

妻ともお話されているとか。

妻からはとっても良い青年だと聞きました。

利恵は、今、とても混乱している状態のようですが、

今日のご要件は何でしょうか?!


僕は、緊張していたけれど、

利恵の父親に対して怖れてはいなかった。

僕のオヤジに勝る怖い存在は、いなかったから。


僕は、自己紹介から始めた。


はい!利恵さんと同じ会社の管理部門のシステム課に所属しています。

もう少しで25才になります。日本大学を卒業して3年目です。

まだまだ社会人として未熟な自分です。

私の父親は、市役所で現在、民生部長をしています。

また、6歳上の兄は、県庁に勤めています。

3歳上の姉は、家電メーカーに務める義兄の元に嫁いで、

今、奈良県に住んでいます。

私は、次男で末っ子という事になります。


利恵の父親は、僕のオヤジの事を聞いて、

一瞬ほほぅ、という顔をした。

オヤジとは面識はないようだ。

矢張りオヤジが市役所の実力者である事は、僕への信用度にも、

影響すると思った。


実は、ひと月以上前に利恵さんから縁談話があることをお聞きしました。

利恵さんがそれを僕に話した真意と、その重要度、

周り全てへの影響度の大きさを考えると、

僕は、自分の思いや縁談への賛否など即答出来ませんでした。

僕自身、熟考しなければなりませんでした。


そして、利恵さんに僕の思いを伝えました。

彼女は、喜んでくれました。

その時点で、2人で話をして、今のこのような場で、

2人並んで、ご両親にお話し出来ていれば良かったのですが、

当時の僕達は若過ぎて考えが至らなかったんです。

結果、利恵さんは、見合いをしました。


そして、今の状態の様に迷いの世界に入ってしまいました。

その当事者して僕は、謝らなくてはいけません。


僕は、あと、少しで25歳になります。

僕は、自分が3年後、5年後、

10年後にどんな大人に成っているかは、分かりません。

だけど、少なくとも、いくつもの大事なモノを失うと同時に、

また別の何かを得ていると思います。


青臭いと自分でも思っています


でも、今が自分の裸の心を裸の言葉を言える、

きっと最後の歳だと思っています。


こんな機会は、生涯で2度とあるとは思えません。

きっと、一生忘れられない記憶にもなると思います。


僕は、利恵さんが好きです!!

ぜひ、おつき合いをさせて頂きたいと思っています。


ご両親と今、2階にいる利恵さんに伝わればいいな・と思います。


利恵さんに伝えて頂けますか!


利恵さんを好きです・・と



僕の言葉をずっと静かに聞いてくれたお父さんは、

深く頷いて分かりました。

ただ、娘は、今、あなたとまともに話せる状態ではないようです。

あなたの言葉は、娘に正確に、

そしてあなたの裸の心をしっかり伝えます。

岡田さん、すみませんが、

今日のところはお帰り願いませんかと、

お父さんは、頭を下げた。


僕は、分かりました。

今日は、お疲れのところ申し訳ありませんでしたと頭を深く下げた。

そして利恵の家を出た。


自宅に戻った。

両親が待っていた。

この息子が何を仕出かしたのかを。


両親を前に、今日あった事を話した。

(もちろん、朝方まで利恵と居たことを除いて)

オカンが、オヤジに、

明日にでもを相手方に謝りに行きますかねと言った。


するとオヤジは、別にとしゆきが悪いことをした訳じゃ無いだろ!

いずれにしても何も決まったわけでもない。それからの事だ。


オヤジは、僕の行為を認めてくれた。

同じ男として、思うこともあったのだろう。


*


翌日からの会社での利恵の様子は特別変わったものではなかった。

僕は、彼女からの連絡を待つしかなかった。

悶々とした時間が続いた。

数日後の金曜の夜、

利恵から明日、土曜日の午後に会いましょうと連絡があった。

声からして、もう落ち着いた様だった。

その店には、それぞれ自分の車で行くという条件が付いた。


もう利恵は、僕の車の助手席には乗らないと決めているんだなと思った。

それが答えか?!

まだ諦める訳にはいかない!


店の駐車場には、もう利恵の車があった。

店に入り、利恵の正面に座った。


お互い、何故かフッとぎこちないけど笑顔が出た。


利恵の腕には僕がプレゼントしたブレスレットが輝いていた。

まだしててくれてるんだ・・


「どう?少し落ち着いた?」


「うん。あの日は、ごめんなさい。取り乱してしまって。

あなたとちゃんと話さなければならないのに・・

話すのが怖くて思わず逃げちゃった。

おまけに、あなたにお父さんと

あんな形で対面させてしまってごめんなさい。」


「いや、いいんだ。お父さんとお話出来た事は良かったと、

思っている。本当は、利恵と2人

一緒に隣りに座る形で対面したかったけどね。

さぁ、本題だけど、あの電話の意味は何?」


利恵は、僕の顔をじっと見たあと、下を向いた。

涙を一生懸命に堪えていたけど、

涙がひと粒落ちると耐えきれなくなったか、

とめどなく流れ落ちた。

慌ててバッグからハンカチを取り出して目にあてた。


「大丈夫?!・・・・

利恵がこんなに泣かないといけないってことはさ・・

俺も泣かないといけないってことになるじゃない・・

そんな話は聞きたくないよ・」


利恵が泣き止むまで少し時間がかかった。


「ごめんなさい。こんな所で泣くなんて。

散々泣いてきたのに・・

としゆきの顔を見たら我慢出来なかった。

そうだよね。わたしが泣いたらあの日が嘘になるもんね。

としゆきが大好きな事に変わりは無いことは本当のことだから。


お父さんから、としゆきがあの日、

どんな事を話ししたのか詳しく聞きました。

としゆきが私のことをどんなに思ってくれているのか・・

どんなに真摯に考えてくれているのかを聞きました。


あんな酷いことを言った私の事を、

そんなに思ってくれているのを聞いて泣いてしまいました


お父さんも、としゆきの事を、

何ら臆する事もなく腹を括った話しぶり、

真摯に誠実に利恵のことを考えていることがよく分かったよ。

とても良い青年だね。お父さんも、彼を認めるよ。

あとは、利恵がよく考えなさい。

本当にじっくり考えなさい。

その上で利恵が出した結論に対してお父さんもお母さんも、

文句はないから・・って言ってくれたの。


お父さんがとしゆきの事を認めてくれて、とっても嬉しかった。

私が好きになった人を認めてくれて・・


だから、あの日の事、海をみながら思っていた事、

家に帰ってから考えた事、出した答え、

としゆきに電話で告げた事、

全てもう一度振り返って考えてみようと、

この数日考えました


少し、昔の話をしていい?」


僕は、いいよ・・と言った。


「私達が入社した時に、新人研修会があったじゃない。

その時に私がとしゆきになんて言ったか覚えている?」


「もちろん!

利恵は、僕に向かって、

岡田さん!彼女居るでしょう!

って言ったんだ。

忘れるもんか・・

理由を聞いたら、利恵は、

俺、彼女いるよ・雰囲気出してましたよ!って答えたんだ。

なんだ、こいつって思ったよ」


「私ね、実は、としゆきの事を中学高校時代から知ってたの。

としゆきが高校時代、

たくさんの女の子と付き合ってた事知ってる。

大学時代もそうだったろうし、

どうしてそんなにモテるんだろうって思ってた。」


「そんなにモテてたわけじゃないよ。

利恵、俺がそんなイケメンでも

頭もめっちゃ良くも無いのにって言いたいんだろ?!」


「その通リ!!

と言うのは冗談だけど、

としゆきをどんどん好きになっていった時にわかったのね。

あなたは、やっぱり他の人と違うのよ。自由人と言うか・・

発想や話すことが他の人とは違うし、行動も違う。

誰も彼女の部屋にハイビームして、

来たことを知らせようなんて発想もしないし、

行動もしない。

どんな女の子でも驚くし、嬉しくなっちゃうわ。

それで好きになっちゃう。

としゆきは、それを意識しないでしちゃうのよ。

周りがどうだとか、世間体がどうだとか関係なくて、

発想した時に面白そうとか、ただ、そうしたいからするのね。

それとね。

この娘、って決めたら、集中して攻めちゃうところ。

そのやり方がね。押すところと引くところが絶妙。

意識してやってるのかわかんないことが危険。」


「あのね、としゆきが3交代の現場研修をしてる間も、

ずっとあなたを見てたの。

3交代勤務の1番体力的にも辛い3勤明けの、

朝8時半過ぎにあなた達がそれぞれの表情をして、

私の居る管理棟の前を帰っていく。

その中で、としゆきの姿を探すの・・


とっても疲れてる時や、最終日の開放的な、ほっとした顔。

さぁ、ひと眠りしたら遊ぶぞ!的な生き生きとした顔。

あぁ、としゆき、現場に馴染んで頑張ってるなぁ〜って・・


私も、はっきり言って総務の仕事って、

全然、華やかでも楽しいものじゃ無くて、

地味で小間使いみたいな仕事が多くし、

嫌だなぁって思う事が多いの。


でも、としゆきの頑張ってる姿見て、

私も頑張らなきゃって、いつも思っていたの。


ある日、労働組合の和恵ちゃん、

あなたが入っているソフトボール部のマネージャーしてるでしょう。

夏の試合の時、としゆきの彼女をちょっと見たって、

とってもキレイで、可愛い服を着てて、

としゆき、その試合ファインプレー続出で、ホームランまで打っちゃって、

あぁ彼女が観てるからだなァって・・

そう言ってた。

そのあと、当然のように、車の助手席に乗って2人帰って行ったって。


その時、私、嫉妬してるのに気づいたの。初めて、としゆきの

ことをどこかで意識している事に気づいたの。」


そんなに早くに利恵が僕を意識してくれていたとは思っていなかった。

利恵は、目立っていたし、現場連中も、

利恵のことを話題にする事も多かった。

ただ、僕には当時、由紀が居たから、華がある娘だなァ程度で

意識もしていなかった。

現場の高卒の若手の先輩達は、

当然、大卒で現場研修が終わればスタッフ(管理部門)となる

僕が時折口から出てしまう東京言葉に、

あからさまに、嫌な顔をしたし、

彼女がいることすら気に食わない連中も居た。

ただ、すぐに会社のソフトボール部に入って活躍出来たのは、

大きかった。メンバーのほとんどが現場の仕上げ部門の人達で、

僕は、染色部門だったけど、良くしてもらった。

後に、ただ一人の生産管理の司令塔である計画担当になった時には、

その人脈に助けられた。


「としゆきが11月に現場研修を終えてシステム課に配属されて、

毎朝ラジオ体操で顔を合わせる様になって、

少し話が出来る様になったけど、

まだ、東京の由紀さんとは、続いてる事も

システムの女性陣から耳に入ってきてた。

でも、年明けに由紀さんから、別れを告げられて、

としゆき、随分落ち込んで、とても苦しん

でいたわね。

まるで自分の周りに全く女の人が居ないような、

全く見えていなかったよね。」


「う〜ん。そうだね。

本当に、長い時間が必要だったね。

自分がこんなに、弱い人間だったとはね。」


「でも、会社のスキー旅行やテニス愛好会とかに参加する様に

なって、少しずつだけど笑顔が見れる様になったわね。

その頃からとしゆき、凄く輝き始めたの。

だって、あなたはとってもやんちゃだもん。

特にテニスは、元からやってるみたいで、

ぐんぐん上手になっていって、爽やかで言動も何か新鮮で、

ツッコや直美ちゃんがあなたの姿を追って見てたから、

私もちょっと焦って、としゆきにアプローチし始めたのよね。

あの頃、としゆき色んな人を車に乗せてたでしょう?!

会社以外の綺麗な人とか。

知ってたのよ。」


バレてたか・・

まァ、食事やお茶する場所なんてここらじゃ限られるし、

でも、金沢近辺まで行って被らない様にしてたんだけど・・


「実はね。わたし、会社に入ってから誰とも交際してなかったのね。

わたし、一人娘だから、早めに結婚って、

なんとなく周りから、言われてたの。

としゆきを意識する前で、

親戚なんかにお見合い話を持って来てもらっても良いって承諾したの。

だから、今回のお見合いの話は、会わないで無下に断れなかったの。

あなたは、まだ、前の彼女を引きずっていたし、

わたしを見てくれてなかった。

あゝとしゆきを責めてる訳じゃないのよ。

タイミングが合わなかっただけのこと。

それも、運命なのかもしれない。」


「ちょっと、待って!

その言い方って、もう結論出していると聞こえるけど。

利恵がそんなことを思ってるなんて想像もしていなかった。

まるで家の為に結婚しなくちゃいけないって受け取れるけど、

利恵には自由な恋愛をする権利が無くて、

自分でも、そう思っているわけ?!

そんな事はないよね。

実際、僕との事は、恋愛だよね。」


「としゆきとの事は、恋愛よ。

ただ、あなたは、次男で、いままで家の跡を継ぐって事をお兄

さんが当たり前に継ぐとしか考えたことしかないでしょう?!

わたしは、違うの。

だから、短大だけでも都会に出してもらっだの。」


「確かに、家の跡を継ぐって考えは全く無かったし、兄姉とは

比べらないほど自由にさせて貰ってるし、それは、ありがたい

と思っているよ。

利恵がそう考えている事を初めて聞いてびっくりしている。

それじゃ、今回の縁談話には、何が条件があるって事?

婿養子だとか?!彼が鶴岡の名を名乗るという事?」


「としゆきには、その事を言いたくなかったの。あなたがそう

いう事を1番嫌がっているのを分かってるから。」


「僕が自由人で、そんな古い縛りを嫌っているって言いたいん

だろうけど、確かにそんな考え方をするほうだね。

でも、今は、拙速と言うかもしれないけど、利恵と結婚出来る

となれば、僕はどんな形でもいいと思っているよ。

もちろん、両親と話しなけりゃならないけど。

それだけの想いを利恵に持っているよ。

それでなきゃ、お父さんに会ってそんな話をしないよ。」


「としゆきがそう言ってくれる事は、とても嬉しい。

でも、としゆきとは、そんな話をしたくないの。

としゆきは、そのままのとしゆきでいて欲しいの。

はっきり言って、前までわたしは、恋愛は、恋愛。

結婚は、結婚って分けて考えていたの。

でも、としゆきの存在で分かんなくなっちゃってる。

やっぱり、としゆきに縁談話をしなけりゃよかったのよ。

そのまま、お見合いして結婚すればよかった。

その頃としゆきは、私の事をそれほど思ってなかったし、

言ったことで対抗心から感情が高ぶったと思うから。」


「利恵!!今、そんな事を言う?!

勝手なことを言うなよ!

あの晩よく考えて、出した答えを利恵に伝えに行ったろ!

利恵が僕に縁談話をした理由ははっきりしてるよね?!」


「としゆきの気持ちを確認したいのと、

としゆきを私に向けさせたかったんだと思う。

今思うとなんて軽率なことをしたんだろうと思ってる。

縁談イコール結婚という重大な問題を

貴方の気持ちの確認の為に使うなんて、

相手の人にも失礼だったし、

としゆきにいきなり重要な決断を強いることになっちゃった。」


「その話を聞いて自分の気持ちがはっきり分かって

僕は良かったけれど、利恵の気持ちも伝わったし、

それに答えなくちゃって思った。」


「あまり聞きたくない話だと思うけど、

お見合いした時、彼と色々な話をしたの。

やっぱり生保レディと仕事しているから話題も多いし、

凄く気遣いが出来る。

としゆきの事、話したのね。

落ちついた表情で聞いてくれてた。

大人なんだなぁって思った。」


「やはり、あの日の片野の海を見ていた時や家に帰ってから、

僕と彼のことを比較したよね。

それで導かれた答えがあの電話だったんだね。」


利恵は、それから黙ってしまった。

俯きがちに手首の僕がプレゼントしたブレスレットを触って黙り込んだ。


「利恵、答えは、変わらないんだね!?」


利恵は、頷いた。


「もう、彼や両親に伝えたの?」


利恵は、首を横に振った。


「そうまだ自分に問いかけていてくれてんだね。良かった。

利恵!僕がどれだけ立直るのに時間がかかるか、

知ってるものな。

今日は、いっぱい話したよね。

来週、又、ここで同じ時間に話をしよう。」


利恵が又泣き出しそうなので僕は、

先に席を立って会計をして店を出た。

車の中に入った時に僕は、自分が泣いていることに初めて気づいた。

僕は、もう充分に傷ついていたんだ。

もう利恵を失っていた事を頭では無く感覚でわかっていたんだ



翌週、同じ店で同じ時間に利恵と、先週と同じ席に着いた。


「利恵、今日は、岡田さん、彼女居ないでしょう!

って言わないのかな。

って、酷い言い方だね。」


「あなたは、私が最後に好きになった人よ。

そして最後に好きになってくれてありがとう。

あの日、私の恋は成就したの。

今日は、それを言いたかったの。」


「それは彼に失礼だね。

もっとも、僕は、そんな称号なんか貰っても少しも嬉しくないよ。

そもそも、何も成就なんかしてない。

恋愛って、2人して沢山会ってハグしてキスしたり、SEXしたり、

色んな処に行って感動するものを観たり、

美味しいもの食べたりして、

たまにケンカしたり、互いのことを思い会い

ながらながら共に成長していくものじゃないのかな。

何度だって利恵の部屋にハイビームだってしてあげられるし、

利恵が望めば何度だって外に連れ出せるよ。

僕達は、たった一晩言わば乳くりあっただけじゃないかな。

恋愛が始まったホヤホヤの状態だよ。

それを成就なんて言うのは自己満なだけじゃないのかな。

利恵はあの日、僕との未来図をきっと画いたよね?

そんなにつまらない未来図だったんだね!?」


その時、利恵は、サッと顔をあげた。

「そんな!ひどい!としゆきとの未来図は、

つまらないなんてない!絶対違う‼️」


「じゃ〜それに恋愛時代と言うか婚約時代は、入っている❓

さっき言った様に僕達が今から1番楽しくて、

毎日がワクワクする時間じゃないかい?

僕は、全力で、利恵を楽しませるよ。

そんな時がその未来図に入っている❓」


利恵は、ハッ‼️という顔をして

首を横に振った。


「そんな大事な時間も失念していたなんて驚いたよ。

結婚後の事しか考えていなかったんだね?・・・・

じゃ〜僕が好きだどうだの問題で無くて他の問題なんだ。

それじゃ僕には、もう何も出来ないね。

利恵が言った様に、

僕にとって利恵が最後に好きになった女だったと同時に、

初めて憎いと想う女になっちゃうね。」


利恵の涙腺は、もう崩壊しててなすすべもなくて、

僕は、それをただ見ていた。

堪らなく愛おしいんだけど、堪らなく憎かった。


「これで終わりだね。」


「・・・・・・・・・」


利恵は、一生懸命言葉を探していたようだったけど、

その言葉も飲み込んだ。

彼女は、僕にも両親にも彼にも何も話すことをしないで、

答えだけを告げると誓ったんだろう


僕は、さよならなんて言えなくて、

また先に席を立ち会計を済ませ店を出た。


あぁ、今から僕は、何をすればいいんだろう・・



半月後、利恵から電話があった

もう一度会いたいと・・

おまけに、僕の車で迎えに・・


婚約した事は、もう人伝に聞いていた。

結婚も年明けの3月とも。まだ5ヶ月もあるのか。

その間、毎日顔を会わすのか?

地獄じゃないか・・


会った要件は、婚約した事、会社を辞めるのは結婚直前、

それから、もう会わないで置きましょう・・の言葉


お前、バカじゃないの❓

何を心の傷に更に塩塗ってるの


おまけに、突然、

「私、生理不順で半年無かったりするの。」

おいおい!そんな話は婚約者にしてくれよ!

ただ僕に会いたかったようだ。



夏の初めを通して、真夏の灼熱の様に身を焦がした

このたった3ヶ月の間に放った僕の心の熱量は、

半端じゃなくて、僕の心は、ブレイクしてしまっていた。


由紀との別れからの傷を利恵が一旦治してくれたことから、

その傷は、更に深く、もう修復不可能な状態になった。

僕は、壊れていた。


佐野元春のSomedayやロックンロールナイトを聴いて泣き、

気持ちを奮い立たせる為に、ブルース・スプリングスティーン

の野太い歌声を聴いた。


利恵との事を知っている人間は

会社では僕のシステム課の先輩2人だけだった。

佐野元春の長い曲を車の中で一緒に聴いてくれた。

ただそれだけで充分だった。

言葉は、必要としていなかったし、何を言ってもその頃の僕に

聞こえるはずもなかった。

有難かった。

いつも泣いていた。


永い永い地獄の日々が利恵が会社を去るう日まで続いた。

愛憎は、なかなか治まらなかった。逆に増していった様に思う


その日がやってきた。

利恵が最後の挨拶にシステム課の部屋に入って来た。

システム課の連中は、口々に利恵を祝福し、

利恵は、僕達が居る開発室に来た。

先輩2人は、事情を知りつつも祝福をした。

利恵は、僕を廊下に連れ出した。

顔を見合わすのは数ヶ月ぶりになるだろうか。

もちろん僕は無言だ。

何も言う気もないし、顔も見たくなかった。


「としゆき・・色々ありがとう

私、としゆき・・」


途中で手で言葉を遮り僕は、

「もう、イイだろ・・」

そう言って利恵の傍らを抜けて近くの会議室に入った。

涙が出ていた。泣いていた。


最後まで聞いていたら、

彼女からどんな言葉を聞けたのかは、

永遠の謎だけど・・・・


*


何やかんや言っても、僕は、大人である彼に負けたのだ。

ただ、それだけのことだった。


あんな日があっただけで勝ったつもりでいただけだった。

利恵がたまたま情に流された結果だったのだろう。


でも、この恋愛は、利恵が僕に最初に火をつけたことは事実だし、

激しく燃え上がった時に突然消防車が来て、

全消火みたいな印象が残る。


だから利恵には、もう少し愛を育む時間を貰えてたらと思う。

僕の得意の突然のサプライズや彼女の喜ぶ色んな事をする時間

が欲しかった。

B型の男は、そういうのが得意だったのに。

ゆっくり君とベッドで君の匂いを感じて

過ごす時間が欲しかったかな。

僕の左腕は、何時でも君の為に空けてあったのに・・


僕は、利恵に対して、初めてといえる

愛おしさと同等以上の憎しみを感じた。

憎しみとは愛情と同じだった。



この喪失感と絶望感が異常に強かったのは何故なんだろうか?

大学、社会人3年まで僕が自由に行動して、

思いを言葉にして来てたことは、一言で言えば、

若さだったと想う。

僕は、初めて大人の人と対峙したんだと思う。

利恵の両親、利恵の縁談相手。


僕は、それ等の人に負けたと言うより、

彼らがそれ迄に何を亡くさなければならなかったのか

その代償として何を獲てきたのか・・

どう表現をしたらいいのか分ないけど、

利恵はそれを彼の中に見て彼を選んだのだと思う。


それは当時の僕には無かったものだった。

いや、逆に僕は、まだ利恵の父親に裸の心を吐露出来る若さ、

ある時代までしか持てないものを持っていた。


大人になるということは、こんなことを経験していく間に、

自ずと捨てざる負えなくなっていくのか、

何かを選択していく過程で、

一方を亡くしていくものなのかもしれない。


その代償として何を獲るのか、

全く獲ることが出来ないかは、

その人間の意志力なのかもしれない。


結局、利恵のお父さんとの対面の経験は、

やっぱり最初で最後のものだった。

明確に記憶しているのは、当時も言っているように、

他の人に聞いても誰も経験していない若さ故の暴走だったのだろう。


ただ僕は、それを恥じてはいないし、

もし、自分が利恵の父親の立場だったら、

その若者を優しい眼差しで見守ると思う。


いずれはその若さは、失ってしまうことになるのだから。


そして、少しずつ大人という者になっていく。

誰もそれに抗う事は出来ない。

一方通行で戻ることは、残念だけれど誰も出来ないんだから。


この失恋は、その後の僕に大きな変化をもたらした。


恋愛が全く出来なくなっていた。


自分でも可笑しいけれど、

この女好きが全くそんな感情が起きないのだった。

性的処理は適当に摘み食い程度にしていたが、

彼女を作ろうという意識が全く起こらなくなっていた。


ほぼ1年後に東京で由紀に再会するけれど、

その状態は続いていた。

でなければ、もう一度奪いにいく最後のチャンス

でもあったけれど、それも運命なのだろう。


僕は、否応なく沢山のものを失い、何を獲たのかは知らないが

ひとつ大人の階段を登った❓のだろう。


後日談として、利恵とは彼女が結婚してから、2度会っている


1度目は、彼女が結婚した年の夏、約半年後、

地元のスーパーのエスカレーターのエントランスで

ばったり出会った。

利恵は、嬉しそうに話しかけて来たが、

僕はまだ彼女を引きずっていたので、

適当に話して、すぐに別れた。


2度目は、あの夏から7年後、僕が31歳の時だ。

僕が結婚して2年と半年後、彼女の地元の家の山手にある、

大きな新興住宅地に新居を構えた僕の、

その町の夏祭りの場所だった。

後ろから、「岡田さん!」と声をかけられて振り向いたら、

祭り客の雑踏の中に利恵の姿があった。

ひとりだったのか、僕の姿を見つけて

追いかけてきたのか分からないけれど、

相変わらず綺麗な笑顔だった。

僕の腕に抱かれた子供を見て、更に笑顔が明るくなった。


「岡田さんの?」


「あぁ。長女、もう少しで1歳と半年かな。」


「聞いたわ。

金沢の総務のマドンナの林さんを射止めたんでしょう。

さすがにモテぶりは、健在ね」


「バカ言うなよ。本社のマドンナだった

君には手酷く振られちゃったじゃないか。

ところで、元気そうだね。

幸せかい?」


「ええ!転勤ばかりで大変!」


「それを承知で結婚したんだろう!?・・・

じゃっ、元気でね。

さよなら!」


「岡田さんも・・会えて嬉しかった。

さようなら・・」



以来、彼女とは会っていない。


この文章を書いていたある晩に

あの時期以来、彼女の実家への道を車で走った。


周辺は、変わっていたけれど、

建物は、健在でハイビームで照らした利恵の部屋も

道から昔どうりに見えた。


よくあの狭い道をハイビームする方向に車を切り回したと、

今更ながら若かったんだなぁ〜と思った。


ふざけてやってみるかと思ったけれど、

僕は、もうやがておじいちゃんだ。


それにもう、あの部屋には、

利恵はいない。


過去にはもう戻れない。

やがて40年前の物語です。

この恋によって自分は、大人になってしまった。なってしまったのです。

それは、大事なものを亡くして初めて大人になることを教えられた恋でしたね。

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