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8. ラッセラード男爵家 余話


「何だ気持ち悪いな……」

 応接室へ戻った私は兄のそんな言葉に表情を戻した。知らず緩んでいた頬に手を当て、気を抜けばまたにやけそうになる顔を引き締める。

「それほどに……」

 呆れるように息を吐く兄に肩を竦めてみせた。


「はい、ぞっこんなのです。兄上、承諾して下さりありがとうございます」

 にこにこと笑うと兄は眉間を揉んだ。


「神殿勤めも階位が上がれば権力となる。信心など持ち合わせていないお前には無理だと思っていたからな、私は素直に喜んだんだ。それなのに良縁を紹介しても必要無いの一点張りで……遣いに出したフェンリーが腹を抱えて笑っていたぞ。お前の恋に浮かされた馬鹿面が見られたと」


「……ほお」

 甥の台詞を心に留め置いていると兄が首を振った。

「間違いではあるまいよ。詳しく聞いて別れさせようとした私は親切心の塊だろう。まさか人妻に(うつつ)を抜かすなど」

 腕を組んで溜息を吐く兄に渋面を作る。

「付き合ってはおりませんでしたよ」

「……待て、何故残念そうに言うのだ。何かあったら、お前も夫人も、ただでは済まなかったんだぞ」


 まあそうではあるが……

 それでも何度も早まりそうになるのを思い留まった。彼女の方はそれどころではなかったから、こちらの気持ちなんて知る由も無かっただろうし、それをもどかしく感じもしたけれど。だがそんな事より、


「兄上、レキシーはもう夫人ではありません」

「……」

 表情を無くす兄の反応を諾と受け取り、淹れ直されたお茶に手を伸ばす。

 神職も階位が上がれば所作もはったりとなる。

 この辺も手を抜かないよう心掛けて来ていたので、貴族との対面に臆する事も無くなった。だからこんな一言も付け加えておく。


「邪魔しないで下さいね」

「……せんよ」

 おやと思う。

 この兄は男爵家の繁栄を望んでいる。その為に利用出来るものは何でも使いたいだろうに。高位の神職なら嫁ぎたいと思う貴族令嬢はやぶさかではないのだが……


「フェンリーの話ではいまいち分かりにくかったが、お前の意思が固い事は認めよう。無粋な真似はしないと誓う」

「そうなんですか……」

 また何を言われるかと覚悟していた分、拍子抜けした。兄が男爵家の為に心血を注いでいる事を良く知っているから。


「お前が神官にまでなった事が、それほど僥倖だったという事だ」

「……」


 神殿の力は流動的なところもあるが、その歴史は古く、既に民から切り離す事は不可能だ。人から神を取り上げる事ができないのと同義でもある。

 特に今の王族は信心深い者が多いので、ある意味王家の後ろ盾を得ている状態だ。


 今のセセラナ教の力は強い。

 けれど兄は神官として成り立つ私がラッセラード家の縁戚であるだけで良しとしたようだ。

「ありがとうございます、兄上」

 機嫌よく礼を言えば兄の方は何だか読みにくい表情をしているけれど。


「……その努力をレキシー殿の為に積み重ねたと言われれば、頷かざるを得ないというだけだ。……会った印象も悪く無かった」


 ──そもそも一部でも金が返ってくる事に驚いた。察するに差し出せる額ほぼ全額を提示されたように思う。

 誠意も悪くない。そんな人物であるなら今後、我が家に従順であるだろうという目論見もある。というのが男爵の心情だ。


「いいですか、兄上」

 そんな兄の内心をあっさりと見抜いたイーライはにっこりと告げる。

「レキシーが従順であるのは、私に対してだけでよいのです。ラッセラード家に従うよう言い含めるつもりはありません」


「……そうか」

 何だか遠い物でも見るような眼差しで兄は続ける。

「お前、その本心だか本性だかは、無事結婚式が終わるまで隠しておいた方がいいぞ。……レキシー殿に逃げられても知らんからな」


 ここまできてそんな失態をするなら、とても自分を許せたものでは無いが……

「ご助言頂きありがとうございます、兄上。仰せの通りレキシーを困らせない距離感を保つ事にします。それにいい加減、私の気持ちも伝えなければ……」


 馬鹿な家族のせいで、また機会を逃してしまった。レキシーは暫くフェンリーの婚約者を探すので忙しいだろうし、このタイミングでは追いつめ、最悪断られてしまうかもしれない。


 ぶつぶつ呟き出した弟に微妙な顔を向け。男爵は、そうかと言って頷いた。


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