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32. 結局


 レキシーは逃げて行った。

 私の事もあっただろうが、彼女は密かに婚家から戻って欲しいと懇願されていたのだ。


 彼女は揺れていた。

 ドリート家の記憶が鮮明になり、今や神官職を賜わる私の伴侶に相応しいだろうか迷惑を掛けないかと、迷いが生じた。


 子供の事はそれらの後押しとして、レキシーを決断させた。



 ドリート家はウィリアムとレキシーによって家を取り纏めていたから、急に二人がいなくなった事で、今やすっかり立ち行かなくなっていった。


 家督を継いだウィリアムの弟は、当主なんて簡単に出来ると踏んでいたのだろうが、ウィリアムが病に倒れた間に代行を行っていたのはレキシーだし、夫の不貞が明るみになっても毅然とした彼女の態度は、周囲の信頼を勝ち取っていた。


 ドリート家の姑と弟は、そんな妻をあっさり見限り追い出した。薄情者と周囲から距離を取られるのも仕方がない。

 その癖自分たちの立場が危うくなると、恥も外聞もなく捨てた嫁に取り縋る。挙句ウィリアムの弟の妻にしてやっても良い等と言い募るのだから、どの面下げてと言いたくなるものだ。


 ……因みにそれらの情報はレキシー宛の手紙の宛名から探りを入れた。流石にその手紙に手を出そうとしたらエルタとマリーから拳が飛んできたので、触れてもいない。


 そんな事もあったから、レキシーが王都辺境へ移動したのは、良くもあった。遠慮なくあの家に止めを刺す時間が出来たのだから。


 けれど私への好意がゼロとなり、傷心の状態で他の誰かに攫われたらと思うと気が気でない。

 レキシーはそんな相手はいないと言っていたけれど、神殿で熱心に祈る彼女に興味を示した神職は少なく無かったのだ。


 彼女が出て行ってから、何度もレキシーの元へ押しかけようとしたのだが、彼女の様子を慮ったフォー子爵夫人の意を汲んだ、フォー子爵から拒まれた。そうなると実家の兄も是と言わない。

 口の端を歪めながら憐れんだフェンリーが、マリーを通し、彼女の様子を恩着せがましく知らせてくれるのがやっとだった。……あの小僧。


 仕方がないのでその間、私はドリート家を痛めつけて二度と戯言を抜かさないよう、しっかり躾けておいた。

 震え上がる彼らを前に、もう色々と面倒だから取り潰しに踏み切ろうかと目を据わらせていると、ふと眼裏にレキシーが浮かんだ。


『──また私の為に何かするつもりでしょう?』


 腰に手を当てて、ぎゅっと口元を引き結んで、怖い顔を作ってみせて……

 そんな妄想を前にしても、だって君が大切なんだと、言い訳じみた説明しか思い浮かばなかった。

 勝手をして起き上がれなくなるくらい怒られたのに、また同じ事をするのかと。


 咎めるレキシーの顔が浮かんでは躊躇いを感じたし、本当は彼女に喜んで貰える事をしたいけど、自分にはこんな事くらいしか思いつかなくて。……結局ドリート家には、二度と彼女に関わるなと捨て台詞を吐くくらいしか出来なかった。

 

 そうしてこの先離れていても彼女を守り続けるのだと、そう決めていた矢先。彼女からの手紙を受け取り泣きそうになった。


 何か言おうとしてるマリーを無理矢理馬車に乗せ、レキシーの元に急いだ。

 レキシーに会いたい。

 直接会って話したい。

 馬車の中で恐る恐る彼女の手紙を開いて、謝罪が書かれた文面に涙が溢れた。


 捨てられてしまうと。

 彼女はいつものように自身の強さで過去を乗り越えようとしている。辛い時に寄り添って助けになりたいと思っていたのに、よりによって自分が彼女を苦しめる元凶となり、切り捨てられそうになっている。

 ……嫌だ。

 

 暴走に近い速さで疾走する馬車の中、悲鳴をあげるマリーの声を聞くともなく聞きながら、只管レキシーの事を思って。

 馬車から飛び出し真っ先に告げたのは、相も変わらない彼女への気持ちだけだった。

 

「……馬鹿ですね。…… 私も、ずっとあなたが好きだったんですよ」


 だから彼女から返された思いが胸に溢れ、嬉しくて苦しくて堪らなかった。


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