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11. 折角上手くいっていたのに


 それから私は自分のやるべき事に打ち込んだ。

 そうして二ヵ月後、フェンリー様は私が勧めたアリーゼ様と、無事に婚約して下さった。

 出会いから演出を頑張った甲斐があるというものだ。


 最初に湖のある公園に併設されたカフェで三人でお茶をし、雰囲気が悪くないようだったら、池のボートで二人で会話を楽しんで貰う計画を立ててみた。

 室内で話すよりも、話題が生まれやすいかも。なんて気を利かせてみたつもりだが、どうだろう。

 一人はらはらとカフェから様子を見守るのは、案外根気がいった。


 そんな時ふとイーライ神官の顔が浮かんでしまっては、慌てて振り払う。

 本当にもう、頼り癖がすっかりついてしまっているのだから、嫌になる……

 私は頬をぱんっと叩き、気合いを入れ直した。



 カフェで三人で話している時も、印象は悪く無かったし。お互いに気を配る様子は微笑ましくて。紳士にリードするフェンリー様に、一歩下り応じるアリーゼ様は対の人形のようにお似合いだった。

 

 つい締まりの無い顔で眺めてしまうも、離れた先で会話は上手くいってるだろうかとか、お互いの印象はどうだろうかとか、気が気でなかった。のだが……


 結果、どうやらフェンリー様がアリーゼ様を気に入ってくれたらしく、とても熱心に迫られたようだった。


 アリーゼ様からも相談を受け、この二ヵ月とても仲良くさせて頂き、楽しく過ごしてしまった。

 ……実の妹とは疎遠だったが、他所の姉妹はこういう風に過ごしているのかもしれないな、なんて。羨ましくも、ほっこりと胸が温かくなる。


(ああ良かった)


 諸々本当に良かった。


 ……あの後、イーライ神官に願望成就の札を頼みにいった事もきっと良かったのだ。

 直接会うのは憚られたので、神殿の受付を通して名指しで依頼をし、受取をしてきた。そんなやりようもあったのかと、改めてイーライ神官に依存していた自分に苦笑する。


 意識しなければ、自然とイーライ神官に会いに行ってしまう程、思えば私は彼に頼りっぱなしだったのだから。

 お布施はこんな形でも渡せるなんて、そんな当たり前の事を今更知って。自分は本当にのぼせ上がっていたのだと思う。

 

 この話が纏まったら改めて寄付金を奮発しよう。きっとお祝いという建前を言っても受け取りにくいだろうから。


 そうしてひと仕事終えると共にこの気持ちを畳んでしまおうと思った。

 三日後はいよいよ二家族の顔合わせの場である。最後の役割を全うするべく、私は小さく笑みを作り、気持ちを整えた。


 ◇


 いよいよ明日が顔合わせという、そんな日の午後。

 私の方もいよいよ実家を出て行く準備をしなくては、と。エルタやマリーと荷造りを始めていたところ、慌てふためいた執事が部屋に飛び込んできた。


「──た、大変です! レキシー様!」

「何です! お嬢様の私室に許可もなく!」

「も、申し訳ありません。ですが……」

 まだ年若い執事に眦を吊り上げるエルタを視線で留め、先を促す。

「構わないわ、それでどうしたのかしら?」

「……それが、旦那様と……ビビアお嬢様が……」

「えっ」


 驚きに固まる私を他所に、私室のドアが再び勢いよく開いた。

「あら、お姉様、いたの?」

「ビビア……」


 冷たい声音に彼女の不機嫌な様が窺える。

 十歳も下の子供を怖いとは思わないが、我を振りかざすだけの幼稚な大人とのやりとりは面倒だとは正直思う。


「人の部屋に入る時はノックぐらいしなさい」

 努めて冷静に返せば、嘲笑うようにビビアが口の端を吊り上げる。

「あら、だから言ったでしょ? いたの? って、お姉様がまだここにいるとは思わなかったの。だったら仕方が無いでしょう?」

「……」


 ──出戻りの姉が家に居座るのが気に入らないのだろうか。こちらも好んでいる訳では無いのだけれど、それを選んでいるのが自分である以上、文句を言うのもおかしな話なのだろう。


 当然とばかりに鼻を鳴らすビビアをエルタとマリーは嫌そうな顔を隠しもしない。……こちらも良い態度とは言えないけれど、私の感情に引きずられているのかもしれないと思えば、咎めにくい。

 執事の方は彼女の態度には慣れているのか、目も合わせずに俯いてしまっている。


 溜息を堪え、私はビビアに向き直った。

「そう、ならもういいかしら。見ての通り、ここは私が使っているの。意図しなくとも私室に勝手に入ってしまったのなら、普通は謝るべきなのよ」

「なによ……」


 ビビアは不貞腐れたように渋面を作り、そっぽを向いた。……出て行く気はないらしい。

「ビビア、私に何か用でもあるの?」

「……」

 僅かに瞳を揺らして、けれど口を開く事なく黙ったままだ。

「……黙っていては分からないのだけど……まあいいわ、あなた帰ったばかりでしょう? まずは疲れを取った方がいいわ。お湯を用意して貰うから。話なら夕飯か、その後にしましょう」

 

「決めつけないでよ! 話す事なんて無いわ! 何なのよ、まるでこの家の主人みたいに振る舞って!」

 怒声を張るビビアに首を傾げる。

 何をそんなにピリピリしているのか。

 そこで唯一思い当たる事を、思い切って口にしてみる。


「……ねえビビア、あなたもしかして、婚約解消を取り消したいの?」

「──!」

 動揺を表す(さま)に、やっぱりなと溜息を飲み込んだ。

 我儘が服を着て歩いているような妹だとは思っていたから、鎌を掛けてみたのだが。どうやら自分勝手でもあったらしい。でも何故だろう……?


 フェンリー様を思い出し、惜しくなったのだろうか。

 確かに彼はビビアが憧れるような金髪碧眼の王子様では無いけれど、魅力のある人ではある。


「そ、そんな筈ないでしょう!」

 焦るビビアに、再びやっぱりという気持ちが募る。

 取り敢えずここは先手を打たせて貰う事にした。


「それなら良かったわ、フェンリー様にはもう別のお相手がいらっしゃるの。くれぐれも邪魔をしないで頂戴、我が家の行く末が掛かっているのだから」

「な、なんですって……」

 ビビアは大きく目を見開いた。


「……あなたのサインの入った婚約解消の書類はもう提出してあるの。とっくに受理されているし、もうあなたたちは他人なのよ」


「んで……」

 ふらふらと頼りない足取りで壁に凭れるビビアに声を掛ける。

「ビビア……」

「──何でそんな勝手な事をするのよ! お姉様に何の権利があるというの!」


 言うが早いかビビアは手近にある棚から、置物を手当たり次第に投げつけてきた。

「ちょっ、ビビア!」

「きゃあ!」

「レキシー様!」

 驚くエルタとマリーに構う間もなく、こちらは防戦一方である。

「もし私が行き遅れにでもなったらお姉様のせいだからね! 本当、お姉様って余計な事ばかりして、使えない!」

「……っ」


「ビビアお嬢様!」

 声を張るエルタに身を捩り、勢い余ったビビアは振り上げた小物を床に叩きつけた。ばりんと音を立て、お気に入りの絵を飾っていた額が壊れる。


「何なのよ! 皆して揃いも揃って、私の邪魔ばかりして!」

 捨て台詞のようなものを吐き。忌々しげに私たちを睨みつけたビビアは部屋から飛び出して行った。


 ──本当にあの子はもう……


 フェンリー様との婚約解消は覆せない。無事に受理されていて良かった。しかし果たしてあの子はあの調子で、身を固める事が出来るのだろうか……


 そこまで考えて、首を横に振る。

 自分はもうこれ以上関わらないと決めたのだ。

 室内の惨状を目の当たりにして、片手で目を覆う。

 誰が片付けると思っているのか。全く……


「折角上手くいっていたのに……」

 何故領地で大人しくしてくれないのだろう。

 額を抑え項垂れていると、次いで父母が部屋に入ってきた。


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