表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思ひつつ  作者: 南波なな
39/41

三十九

 家に帰って、まだまだ真っ白なパソコンの画面に向かう。


 飲み屋で考えたことを、どんどん突き詰めて考えてみる。

 考えれば考えるほど、タロの気持ちに気づかない真理子と翔の気持ちに気づかなかった私とは、とても良く似ているように思えた。


 縁起でもないけれど、もし今、タロに何かあったら。


 そしたら私たちはきっと真理子に言うんだろう。タロがどれだけ真理子のことを想っていたか。どうかお墓参りくらいしてあげて。真理子は優しいからちゃんとお墓参りに行ってあげるかもしれない。それでもきっと、衝撃を受けるに違いない。なんで生きているうちに言ってくれなかったの? なんで私は気づかなかったの? そんなこと、全然知らなかった――。


 頭に思い描いた真理子の反応は、中村に墓参りに行けと言われたときの私の反応と全く同じ。違うのは真理子なら優しいから、ちゃんとすぐにお墓参りに行ってあげるだろうってことくらいだ。


 当事者でないとわからないことがある。そう思っていた。

 でも、どうやらそうでもないらしい。


 翔と私のことは、私が一番良くわかっているつもりでいたけれど、やっぱり、周りの方がよくわかっていることもあるのかもしれない。だとすれば中村の話が一番本当っぽいんではないだろか。


 それとも、さらにもっと客観的に見ているサクの話の方が、それっぽい?


 本当の翔を探して、本当の翔に一番近い姿を留めておきたいとは思う。

 けれど結局、本当の翔の姿っていうのがなんなのかは、考えれば考えるほどわからなくなってしまうばかりだ。


***


 受験生なんだから、勉強をしなきゃいけないと自分に言い聞かせていた。


 でもひたすら机に向かうのに飽きてきて、リビングのテーブルでノートやら参考書やらを広げていた。視界の端に映るソファに置きっぱなしのケータイが、時々チカチカと点滅する。


 メールが来ていることも、それが誰からのメールなのかもわかってはいた。

 でも面倒くさくてケータイを開く気にもならない。元々頻繁にケータイをいじる方ではないのに、ここ数ヶ月よく頑張った。彼氏からメールがくれば一時間とおかずに返信するし、電話がくれば極力留守電になる前に取る。

 よく頑張った。そろそろ手を抜いたっていいじゃないか。

 だいたい、受験生にそんなことをしている暇はないはず。


 いろいろと心の中で言い訳を募らせてみるけれど、本当は頑張ったって言うほど苦労したわけではないし、受験勉強だって真面目にやってるわけじゃない。だから理由はそこじゃない。いちいちメールの返信をするのが面倒くさくなってきただけだ。

 なんでだろ。


 夏休み、つまりついこないだ。カラオケルームに入って二人で勉強したのを思い出す。楽しかった。あるいは、今日は息抜きだと言って久しぶりにビリヤードをした日。もちろん楽しかった。

 彼と出かけたり、遊んだりするのが嫌なわけじゃない。


 メールだって電話だって、ちゃんと返せば楽しいっていうのはわかっている。今何の勉強してる? 世界史? 俺も俺も。カタカナ覚えられなくて……何気ないやり取りは勉強さえも楽しいものにしてしまう。それはわかってる。


 だから、彼のことが嫌いになったわけじゃない。

 でも、面倒くさい。


 そもそもなんで付き合っている彼氏と彼女でありながら、メールの内容は「今何の勉強してる?」なんだろうか。いや、今来たメールは見ていないから何が書いてあるかなんてわからないけれど、どんなメールであろうと似たようなものだ。

 どうせ愛の言葉は囁かれないし、デートの約束もたぶん無い。つい昨日会ったばかりだし。


 別に愛の囁きやらデートやらがほしいわけじゃあないけれど、でもあんまりにも色気がないと、ちょっと思っちゃうこともある。私たちって、友達の頃と何か変わっただろうか。


『俺、藤原のこと好きなんだ。付き合ってくれない?』


『ちょ、いきなりなにさ……』


『藤原といると落ち着くんだよなー。な、藤原が今俺のことなんとも思ってないならそれでもいいから、他に男がいないなら付き合ってくれねえ?』


『え、うん。まあ……いいけど』


 数ヶ月前のあの日、強く言う彼に押される形で付き合い始めた。でもさすがに私だって、なんとも思っていない相手と付き合おうだなんて思わない。

 好きだと言われて、私といると落ち着くと言われて、嬉しかった。私も彼といると落ち着くと思った。それがまだ恋愛感情と呼べるものじゃなかったとしても、付き合っていくなかで、きっと彼のことが好きになると思った。


 それから数ヶ月。私はたしかに彼のことが好きだと思うようになったし、彼からは変わらず好かれていると思っている。

 しかし私たちの関係は、あの日以前と、何か変わっただろうか。


 メールが増えた。電話が増えた。互いの呼び方が変わった。

 でもよくよく考えてみれば、好きだからメールをしているとは思えないのだ。好きだから電話をしているとも思えないし、好きだから名前で呼んでいるのだとも思えない。

 ただ、付き合っているならそうしないといけないからそうしているんだとしか、思えない。


 本当は友達の延長であるだけなのに、あの日、付き合うって形をつくってしまったばかりに、メールも電話もたくさんしなきゃいけないような気持ちになった。名前の呼び方も、変えなきゃいけないような気がしたから変えた。


 それでもそれなりに楽しかった。だから数ヶ月、頑張ってこられた。


 でもこれを、ずっとずっと続けるんだろうか。いつからそんなことを考えるようになったのかはわからない。ただそんな気持ちを自覚してしまうと、催促するように点滅するケータイを手に取る気がしなくなってしまった。


 もう、面倒くさい。


 このまま明日まで返信しなかったとして、明日学校で何か言われるだろうか。なんて言い訳しよう。気づかなかったって言えばいいかな。気づいたのが朝だったから、返信するのも気が引けちゃって、とか。完璧だ。


 付き合い始めてから数ヶ月。私は恋という夢の中にいたのかもしれない。夢から覚めてみれば、彼に――翔に対する現実の気持ちなんて、そんなもんだった。


 ずっと夢を見続けていられれば、もっと違う終わり方もあっただろうか。

 でも夢は、いつかは覚めるものだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ