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思ひつつ  作者: 南波なな
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 ものぐさな性格から、手を付けずに放置しているものが二つある。


 一つは葉書。

 明後日までに出さないと欠席になってしまう。


 もう一つはメール。

 返事をしないままに、一週間が経つ。


 二つの間には全く繋がりがないようで、それでいてややこしく繋がっているようにも思われる。少なくとも今朝見た夢の原因は、きっとこの二つに違いない。

 でもやっぱり煩わしくて向き合いたくなかったから、今日受けるべき授業が全て終わっても、家に帰らずにラウンジに向かった。

 そうすれば少なくとも、葉書は見なくてすむ。


***


「あれ、タロだけ?」


 ラウンジの五人がけの丸テーブルを、タロが一人で堂々と占有していた。

 口を開けば明るく気さくなタロだが、一人で黙っているとちょっと怖く見える。それでも私がためらわずに声をかけられるのは、これまでの付き合いがあるから。そしてタロが真理子の前だと可愛くなるやつだと知っているから。


「いずみっていつもそう言うけど、水曜の四限空いてんのは俺らだけだよ」


「そうだっけ」


 昼間の混んでいる頃合いに五人がけのテーブルを二人だけで使わせていただくのは、少しだけ気持ちがいい。朝の空いている時間帯に五人のうち誰かしら、たいてい私以外が、このテーブルに荷物を置いて場所取りをする。だから私たちはいつも、五人そろっていなくても、この大きなテーブルでダラダラしていられる。

 きっと他の人から見たら、鬱陶しいことこの上ないだろう。でも、他人の目を気にする私たちじゃあない。こればかりは祐子も私とおんなじだ。


「ねえ、タロって高校の同窓会とか行ったことある?」


「なんだよ、いきなり」


「同窓会の葉書が来てさ。どうしようかと思って」


 正しくは同期会と言うのだろうか。

 同じ年度に高校を卒業した同じ学年のみんなによる、飲み会だかパーティだかという集まり。

 二十歳を祝って集まろうという話だけれど、成人式の当日だと小学校や中学校での集まりもあるだろうからと遠慮して、なぜか夏。というか梅雨。まだ十九歳の人も、私を含めてたくさんいるから、お酒は飲めないだろうに。

 それでも招待状の葉書までちゃんと届いたのだから、反対する同級生よりも賛成する同級生の方が多かったということだ。まだ二十歳になっていないみんなも、喜んで賛成したんだろう。


「会いたいやつとか、いないの?」


「うーん」


 思いつく友人なら、いないこともない。三年のときに同じクラスだった真希、同じ美術部だった亜矢、同じ図書委員だった岡本、それから何のつながりもないのになぜか仲良くなった小島、そのほか、もろもろ。

 けれど、誰も、ピンとこない。


「あれは? 最近あんま話さなくなったけど、元カレ」


「翔は来ないもん」


 高校三年の春から翌年の春くらいまで付き合っていた元カレ、峰本翔。

 高校に入学した年に同じクラスになって、そのあとずっと、友達として仲が良かった。二年のときにクラスがわかれて少しだけ疎遠になって、三年でまた同じクラスになった。それからすぐに、電話で話しているうちに付き合うことになった。

 けれど人の噂がわずらわしいからと、クラス内では隠していた。そうしたらだんだん隠すことに慣れすぎたのか、疲れてきたのか、私たち自身まで付き合っていることが曖昧になってしまった。

 結局お互い違う大学に進むことが決まった頃には、別れようと言うこともなく、交際の実態がなくなっていた。


 つまり、俗に言う、自然消滅というやつ。


「それ以来、連絡とかしてないん?」


「……してない」


 別れ話をすることすら厭わしくて、メールのやり取りさえなくなるというひどい有り様だった。どちらから連絡をやめたのかも忘れてしまったけれど、たぶん私だったんだろう。


 私のものぐさ具合をよく表す笑い話として、大学に入学して間もない頃は、五人組の中でもよく話の種にした。


「いずみさあ、いくら面倒だからって」


「いいじゃん別に。じゃあ、タロは真理子にコクる?」


 タロはうっと言葉を詰まらせて黙り込んだ。タロを黙らせるには、こうして真理子の話を振るのが楽だ。友達として心苦しいところも無くはないけれど、今ばかりは気にしない。


 けれどタロを黙らせてしまうと、止まった会話を再び始めることも、このまま沈黙を貫き通すことも、堪えがたく思えた。


「……じゃ、今日は帰る。同窓会の出欠なんて自分で決めなきゃだしね。ああ面倒くさい」


「まじかよ。いずみが帰ると、サクがうるさいんだけど」


「ほっときなよ。私だってサクの相手、めんどい」


 私は鞄を持って立ち上がった。真理子と違って私は、私を想う彼の気持ちに気付いていないわけじゃない。気付いていないフリをしていただけ。


 もう気付いていないフリすら、していられなくなってしまったんだけれど。


「じゃねー」


 何かを訴えるタロの目を見なかったことにして、私はラウンジを後にした。


 同窓会の葉書にどう応えるか。何も知らない誰かに聞いても、答えが出るはずもない。

 そして、何もかもを知っているのは、この世に私一人だ。


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