死に損なっちまった哀しみに(少し不思議)
ピッ……ピッ……ピッ……
(……ああ)
私は、うっすら目を開けて、失望した。
(また、死に損なったか)
白い天井。管に巻かれている身体。規則正しい機械音。口元に宛がわれたマスクからは空気が流れて来る。
痛みは無い。感覚も遠い。
ただただ、無様に生き残ったことに対する絶望だけが心と体に染み渡っていく。
(今度こそ、上手く飛べたと思ったんだがなぁ)
最後に見た空は青く、高く、絵具を塗ったくったような見事な夏空だった。
(こんな日に死ねたら、どれだけ倖せだろうか)
そう思ったから、飛んだのだけれど。
人生、最期まで上手くいかないものだ。
(──あ)
「…………………………………………………」
私を見下ろす、小さな影。一人の少女。
「…………………………………………………」
ぽろぽろと涙を零す彼女は、精一杯私をのぞき込んで泣いている。
推定、七歳から八歳。
(やあ)
私は片眉を上げた。……上げたつもりで、たぶん、実際は上がっていないだろう。
(また会ったね)
少女は、私がこうなったときに出て来る……幻影か、座敷童か、守護天使か……何かそういうものらしかった。
「…………………………………………………」
死にかけている私の枕元で、ただただ泣いてくれる優しい存在だ。
(君は……君だけは、悲しんでくれるんだなぁ)
そのことが、死に損なった私をいつも少しだけ、慰めてくれる。
例え、幻の類だったとしても。
(ごめんね、また死のうとして)
ぽろぽろ。ぽろぽろ。
心の底から悲しそうに、少女は涙を零す。零し続ける。
(ああ、まったく)
その涙を拭いたくても、今の私は指一本動かせない。
そして、動かせるようになったら、彼女は私の前から消えてしまう。
(普段から、君と会えていたら)
私は、じっとその涙を見つめていた。
(私はきっと、飛ばないだろうに)
人生は、本当に上手くいかない。
見えないはずなのに、何故か視界の端に美しい青い空を見たような気がした。
END.